20-4 神代の殺戮人形
俺と兄上がヨルドを討った少し前、帝都南部の合戦場では激闘が繰り広げられていた。
同じ帝国人同士が剣と鎧を身にまとってぶつかり合い、十分な防具と経験を持たない徴用兵から順に命を落としていった。
両軍がぶつかり合うたびに大地が血に染まり、息子や父の死という悲劇を帝国中にまき散らした。
誰もがこの戦いに疑問を思ったに違いない。同じ帝国人同士で殺し合う無意味さを。
しかしそれでも内戦は止まらない。
人々は湯水のように消費されてゆく命を見つめながらも、大きな時代のうねりに自らが飲み込まれてゆくのを、受け入れる他になかった。
内戦の敗者には惨めな未来が待っており、勝利者には栄光と恩恵が約束されているからだ。
もしもここで敗者となれば、騎士や下級貴族は地位を失う。いや、責任と地位の重さに比例して、首まで取ぶ可能性が高まる。
同胞の血で大地を染め上げ、亡骸を鳥獣に貪られようとも、合戦が始まってしまった以上はもう誰にも止められなかった。
そんな中、いくつかの番狂わせが起きたと、後日の俺は報告を受けた。
最初は南軍――つまりジュリアス側が優勢だった。
しかしモラク叔父上のコネと権謀術数は、戦争においても脅威だったようだ。
俺が領地エリンを離れた頃には、モラクに内通していた貴族や将軍が次々とジュリアス側の南軍を裏切った。
これにより北軍の勝利が決まったと、誰もが思った。だが――
その翌々日になると、ジュリアス皇子は伏せていた切り札を切った。
死に際のヨルドが言っていた話は、このことだったのだ。
今思えばヨルドはジュリアスの勝利を確信していたからこそ、ヤツは兄上との決着と戦後の栄光を求めて、ラタトスクの地に現れたのだろう。
ジュリアスが血だまりの戦場に解き放ったのは、あの不死の鎧人形ケルヴィムアーマーだ。
またの名を神代の軍勢。人間を材料にして生み落とされる、最強にして最悪の兵器だ。
100を超える数の不死身の鎧人形が戦場に姿を現すと、戦争は虐殺に変わった。
次々と前線が崩壊し、絶対に倒せない存在に逃亡兵が生まれ、モラクたちは窮地に陥った。
ところがだ……。ここからがどうにも腑に落ちない……。
手も足も出ない強敵に、北軍が潰走しかけたその矢先、ケルヴィムアーマーがとつじょ自軍をも攻撃し始めた。
目に映る人間全てに巨大な剣を向け、ありとあらゆる者の虐殺を始めた。
ジラントが言うには、ケルヴィムアーマーは人間以外の全ての種族を滅ぼすために作り出された兵器だったそうだ。
それが今度は人間を皆殺しにする怪物に変わるなど、製造を命じた張本人のジュリアスも想像すらしていなかった。
ジュリアスは謀られたのだ、アビスの連中に。
やがて逃げ出すように両軍がケルヴィムアーマーから距離を取ると、姿を隠していたアビスの白騎士が現れた。
対する殺戮人形は己の肩に乗られようとも、白騎士を排除しようとはしなかった。
それからまるで魔法の言葉で命じられたかのように、白騎士の周囲を取り囲み、円陣を形成した。
「よくぞこの短期間で、これだけのケルヴィムアーマーを作り上げてくれた。108体……これだけあれば、我が主の願いも叶うことだろう。それでは愚か者どもよ、今しばらくの殺し合いを楽しむといい……」
俺は白公爵の方は信頼しているが、白騎士の方は信用してない。
ヤツは大地を黒い底なし沼に変え、ふてぶてしくも戦場のど真ん中からケルヴィムアーマーを強奪して消えていった。
消えると同時に半壊していたモラク叔父上側に、アビスの軍勢スケルトンナイトを与え、わざわざ戦いの均衡を振り戻してからな……。
その気になれば白騎士は第三勢力として、大合戦の勝利者となれただろう。
だが、まるで地上の覇権には興味などないと言わんばかりに、108体の鎧人形を奪って戦場から姿をくらました。
やつらには、永劫の時が流れようと決して譲れぬ、たった一つの悲願があったからだ。
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しかし今の俺たちは、帝都近郊でそんな裏切りに次ぐ裏切りが起きているとは思いもしなかった。
「尻拭いをさせてしまってすまんな……。お前がもう一人いたら、どんなによかったか……」
「そっくりそのまま言葉を返すぞ、兄上。兄上が二人いてくれたら――いや、兄上の小言が二倍になるのは困るな……」
ヨルド皇子を討って、残るアビスの残党を掃討すると、俺とゲオルグ兄上は一度別れることにした。
「バカ話は今度だ、そろそろ行く。帝都のことは俺に任せろ、お前はこっちを頼むぞ」
「早く戻ってきてね、アシュレイ……。ああもう、やっぱり、お姉ちゃんが付いて行く……?」
「姉上は地下帝国の方を頼む。姉上の人望であの地をまとめてくれ」
姉上は旧都ア・ジール、兄上は帝都ベルゲルミルに向かった。
内戦を終わらせるために、全ての種族の力を借り、地下からの奇襲をもって俺たちが勝利をかっさらうためにだ。
俺とジラントはここラタトスク市に残る。
暴走した杭の迷宮を止めるには、次元すらえぐるこの力が必要だった。
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