20-3 帝国最強を決める戦い
兵員の移動に時間こそかかったが、それでも夕方前に後方からの奇襲の準備が整った。
目指すは敵本陣。ヨルドを取り逃がしたら俺たちの負け、倒せば俺たちの勝ちだ。
敵本陣をより後方に下げさせるために、ラタトスクの城門より本陣を狙っての遠距離射撃を集中させると、狙い通りの敵布陣が完成した。
隙だらけだ。後はこの高台から駆け下りて、本陣になだれ込むだけだ。
「俺と兄上がこうして手を組めば、世界征服すら簡単に出来てしまえそうだな」
「フッ……お前がそんなことを言う日が来るとはな」
「もちろん本気ではない。帝国がこれ以上でかくなれば、歪みが広がるばかりだ。帝国には、帝国に対抗できる勢力が必要だ」
「その発言も、お前らしくないぞ……。早くこんな戦いを終わらせて、自由人に戻ったお前を見たい」
「ゲオルグこそ、無理をしちゃダメよ? ヨルド兄様と無理に決着を付けようとしないで、アシュレイと二人がかりでやっつけなさい!」
ゲオルグ兄上は眉をしかめるだけで、そのオーダーに返事を返さなかった。
「ゲオルグッ、なんで無視するのよっ!? 後ろで待ってる私の気持ちを少しでも理解したことあるのっ!?」
「ドゥリンもアトミナお姉さまに賛成でしゅ。ゲオルグ様がお怪我をしたら、アトミナお姉さまが悲しみましゅ……」
それでもゲオルグはうんともすんとも言わなかった。
俺からは強く言えない。幼い俺が人質に取られなければ、当時兄上はヨルドに勝利していたはずだった。
「そろそろ時間だ。お前たちは下がっていろ」
「もうっ、ゲオルグの分からず屋っ!!」
「アシュレイ様……」
ドゥリンにゲオルグを守れとすがられた。
二人の気持ちはよくわかる。だが、兄上がヨルドに負けるはずがないだろう。
「わかった。いざとなったらタオルでも槍でもなんでも投げて、二人がかりでヨルドを討つ」
「何を言っているのよアシュレイッ、最初から二人で行ってっ!」
無理だ。ゲオルグ兄上は頑固だ。
それに俺だって、兄上が積年の恨みを晴らすこところを見たい。
「行くぞ、アシュレイ! アビスと手を組む卑劣な軍勢に一矢報いらんとする勇士たちよっ、全軍……突撃!! 目指すは敵本陣っ、ヨルド皇子と将軍の首だ!!」
ゲオルグの号令に従って、次々と各部隊に突撃命令が下る。
ゲオルグ兄上と、帝国1軍の精鋭中の精鋭に、スコップを背負った俺が混じって、指揮官自ら最先鋒として丘を駆け下った。
敵はこちらに気づいていない。後ろから敵援軍が来るとは予想もしていないからだ。
やつらが俺たちと、帝国最強のゲオルグ将軍に気づいた頃には、既に目前まで肉薄していた。
わずかにしか形成されていない敵防衛部隊を弾き飛ばし、俺たちはいともたやすく敵本陣に入り込んだ。
本陣の防衛部隊は騎士団の連中が主だ。重武装の騎士たちが俺たちの道を阻むが――ゲオルグ兄上を止められるものではなかった。
「奇襲だと!? なぜ城壁の中の軍勢が――ウギャッ?!」
「ん……今、俺がどついたやつは――もしかして5軍の将軍だったか?」
「ああ、顔に覚えがある。捕縛しておけ、俺はヨルドを探す」
「突っ走るな兄上……! 姉上に言いつけるぞ!」
「好きにしろ」
5軍の将軍はでっぷり太ったおっさんだった。
首を斬るつもりだったが、捕獲できるならば捕獲も悪くない。
1軍の兵が将軍を拘束するまで、俺が群がる敵軍を撃退した。
「俺は兄上を追う。お前たちはソイツを使って5軍に降伏勧告をしろ」
後はヨルドだ。見れば左翼側では巨竜の姿をとったジラントが暴れ周り、退路をふさいでくれていた。
ならば右翼側だろう。乱戦となっている本陣を右手側に駆けると、ゲオルグとヨルドの姿を見つけた。
ヨルドはやはり汚い。一騎打ちをしたがるゲオルグ一人に対して、騎士を引き連れて迎撃していた。
「無粋な連中は俺に任せろ」
「アシュレイ……ッ、こ、この奇襲、やはり貴様が……!!」
「知らん」
重装甲の騎士は俺からすれば格好のカモだ。
剣も、槍も、鎧も具足も籠手も、斬鉄スコップで全てを丸裸にした。
次から次へと援軍が飛び込んできたが敵ではない。
アビスの戦士たちもまた、人間の騎士と戦闘力はそう変わらなかった。
一般兵が騎士クラスの力を持っているという時点で、通常ならば脅威なのだろう。
だが帝国1軍と、獣人と、エルフを含む混成部隊の敵ではない。
「ヨルド兄上、まさかここまでして、俺と決着を付けようとするとは思わなかったぞ」
「なぜ斬れない……。なぜ、なぜそんなものを貴様が持っているッッ!!」
「この剣は愛する弟が俺にくれたのだ。お前と対等に戦えるようにな」
「ゲオルグゥゥッッ、貴様さえいなければっ、貴様さえいなければ俺は、俺はッッ!!」
伝説の鍛冶師が作った剣は、アビスで作られた剣と対応にやり合っていた。
ならばゲオルグ兄上に負けはない。一撃一撃がヨルドの魔剣を弾き返し、圧倒していった。
「降伏しろ、ヨルド。お前には恨みがあるが……俺は兄を好き好んで斬りたくはない」
「俺をコケにするなァァッッ!! 俺は、貴様に、絶対に、勝つ!! 貴様さえいなければ、俺が、帝国最強の男だからだッッ!!」
「ならばアシュレイと戦うべき――というのは無粋か。わかった、決着を付けよう、ヨルド」
「上等だッッ! 後から来た弟がっ、兄にっ、勝つなどという道理は、絶対に認めんッッ!! この杭の地にて死ね、ゲオルグゥゥッッ!!!」
人生、どこで道を踏み外すかわからん。
兄上さえいなければ、ヨルドは真っ当に成長できたのだろうか。
いや、それはヨルドの言い訳だろう。
魔剣と魔法剣が交差し、アビス生まれの刃が砕けた。
兄上の剣はもはや止まらず、ヨルドの軽鎧ごと胸を切り裂き、流血と共に膝を突かせた。
「……。この、化け物め……ゲハッ……」
「人格はともかく、俺はヨルド兄上のその剣を尊敬していた。見事だった」
「ク、ククク、クハハハハハ……。その高潔さが、気に入らん……。ハハ、ハハハ、だが、残念だったな……この内戦、ウッ……。も、はや、ジュリアスに、勝てる者など、いない……。あの、禁断の兵器……前にして、お前たちの……武勇、など……ハ、ハハハハハ……ガハッ……」
ヨルドが討たれると、騎士団の連中は清々しいほど素直に剣を棄てて、自ら武装解除を行った。
5軍の連中も同じだ。国境の防衛という任務を投げ捨てて、内戦に加わりたがる者などそういない。
「武装解除はまだ早い、剣を持て! これよりアビスの軍勢を掃討する! 全軍、軍人としてなすべき仕事を果たせっ!」
やはり、国軍出身という政治的立場こそあるが、兄上こそこの国皇帝に相応しい。
ジュリアスの気になる言葉もあったが、今は地上に姿を現したアビスの軍勢を掃討し、ラタトスク市の杭の迷宮を封じなければならなかった。
以降、完結まで毎日投稿となります。
もう少しですので、どうか最後までお付き合いください。
また、本日新連載【ダブルフェイスの転生賢者】を開始しました。
どうかお気が向きましたら、読みに来てください。




