20-2 アビスから来た軍勢
それからさらに四日後――地上のフィンブル公爵領を介して急報が飛んできた。
それを聞くなり俺は、なぜすぐにゲオルグ兄上の手伝いに向かわなかったのだろうと、深く後悔した。
兄上は今、あの高い城壁を持つラタトスク市で籠城戦を強いられている。
敵はアビスの怪物だけではない。
そこに現れるはずのない男が、軍勢を率いてアビスの魔物と戦うゲオルグ兄上を襲った。
帝国南部の合戦場で、騎士団を束ねているはずの、ヨルド皇子だ……。
ヤツが率いる騎士団の精鋭と、兄上を裏切った帝国第5軍が、辺境守備の役目を投げ捨てて、兄上とラタトスク市を強襲した。
やられた……。まさかこんな手を打ってくるとは、想像すらしていなかった。
もしもゲオルグ兄上が討ち取られたら、俺たちはカリスマを失うことになる。兄上がいなければ、この内戦は止められない。
俺は竜の目を持つ忌み子であり、隠され続けてきた皇子だ。
兄上と同じ役割はこなせない。絶対に救い出さなければならなかった。
幸い、地下帝国には各地より兵が集まってきていた。
それはエルフや獣人たちだけではない。俺たちの可能性を信じてくれたフィンブル近郊の領主も兵を出してくれた。
報告によると敵側も数はそう多くない。
そこで俺たちは、まだ拓いていなかった北部方面の地下隧道を用いて、ラタトスク市近郊を目指した。
こちらの兵員は三千人。戦闘力に秀でた獣人と、魔法を使えるエルフの混成だ。
数に劣ろうとも兄上率いる一軍の精鋭たちと、実戦経験豊かな冒険者たちばかりのラタトスク市民が手を結べば、勝算十分だ。
アビスの軍勢が、なぜかヨルドが共闘する戦場を目撃するまでは、俺はそう考えていた。
厳しい状況だ。こんなことならシグルーンを引っ張ってくるべきだった。
ヤツは帝都南部の合戦が気になって、エリンを動きたがらなかった。
「どうするの、アシュレイ?」
「どうもこうも、途中までの約束だっただろう、姉上……」
「こうなったものはしょうがないでしゅ。ドゥリンとアトミナ様は、お薬を作っておくでしゅ」
もう一つの問題はアトミナ姉上だ……。
ゲオルグ兄上の窮地に、姉上が地下帝国でおとなしくしているわけがなかった……。
「危なくなったらすぐに退いてくれ……」
「そんなのわかってるでしゅよ。アシュレイ様、そこはドゥリンに任せてほしいでしゅ」
「頼んだ……。俺は中の兄上と接触する」
地下隧道の出入り口は魔法で巧妙に隠蔽されている。
高台のここから眺めると、一際大きな天幕があるので、ヨルドら指揮官はそこだろう。
俺がこれから作る通路を脱出路にして、兄上と市民を地下からこちらに逃がすという手もある。
ラタトスクの民をあの地下帝国に匿うこともできるだろう。
だがここでヨルドを倒さなければ、将来的に俺たちはアビスの軍勢とも手を結んだ南軍と戦うことにもなる。
その前に、叔父上らが率いる北軍が崩壊し、アビスと組む暗黒王朝に手も足も出なくなる可能性だってあった。
俺は地下隧道に下り、初代が築いた道に新たな支道を掘り拓いていった。
「父上、上の様子を我が輩が見てこよう」
「ああ……。しかしジラント、俺たちは昔のノリにいつ戻れるのだ……?」
「何を言う、父上。これこそ我らのあるべき姿だ。あの地下帝国を蘇らせたそなたは、父上に他ならん」
「もう戻れないということか……」
座標は俺の勘でどうにでもなったが、ジラントの助力により、より正確な座標を突けた。
すなわちそれは――
「兄上、来たぞ」
作戦会議のど真ん中であり、兄上の正面足下だった。
「ククク……特別に我が輩と父上が助けてやろう。……いや、ここはゲオルグ叔父上と呼ぶべきか」
「そのお姿はジラント様!? 我々を助けに来て下さったのですか!?」
どこかで見たお偉いさんもいた。
確かここの都市長だったか。足下から生えてきたシュールな俺たちに感激していた。
「どこから現れるのだ、お前は……」
「ああ、もう少し常識的な接触方もあったのだが、戦況を考えれば一秒でも急ぎたいところだろう。そちらの状況を教えてくれ、兄上」
兄上の手を借りて、地中から這い上がると俺は作戦会議に加わった。
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要約すると、ラタトスク市は内側と外側の双方から攻撃を受けているそうだ。
最悪のタイミングで杭の迷宮が暴走したと、都市長は言った。
そのせいで迷宮よりアビスの魔物のみならず、知性を持ったアビスの軍勢までもがあふれ出している。
最大の問題は町の中央にそびえる一番大きな杭で、そこから現実もアビスの勢力があふれ出しているそうだった。
これはどうも、潰しておかないと後々まずいことになる。脱走というプランは早々に崩壊した。
「こちらの残存戦力が2000人、お前が連れてきた混成部隊が3000人か。覆せんでもない数字だ」
兄上ならば嘘でもそう言うだろう。
対する向こうの軍勢は――わからんが数では倍を超えている。それでも兄上の顔には勝算が浮かんでいた。
「お前が俺の弟で良かった。お前が作った地下隧道を使えば、敵の背中を突ける。必要最低限の兵をラタトスクに残し、敵本陣に後方より突撃。奇襲をもって片を突けよう」
「不意打ちと力ずくではないか……」
「お前は己の力に慣れすぎているのだ。考えてみろアシュレイ。包囲しているはずの敵軍が、真後ろに現れる。正面はラタトスクの城壁、後方は我ら精鋭、敵からすればお前の力は悪夢だ。お前の力は、用兵において最強の力だ」
「クク……我が輩は賛成だ。貴様がヨルドを斬るまでの間、時間稼ぎくらいは付き合おう」
作戦は地下道を使った後方からの反撃で決まった。
本陣のヨルド皇子と帝国5軍の将軍を討ち、ゲオルグ兄上のカリスマで残党を掌握する。
その後はアビスの軍勢を排除し、杭の迷宮の異常を正す。これは勝てる戦だ。
再三となりますが、明日より新作『ダブルフェイスの転生賢者』の連載を開始します。
勧善懲悪、悪党ザマァのテイストは本作に似ていますので、本作が好きならきっと楽しめると思います。
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また、完結を目指しての毎日更新の目処が付いたので、本日より「毎日更新を再開」いたします。
最後まで突っ走りますので、どうか新作共々応援して下さい。




