4-1 ウルゴス皇帝家の光と闇
前章のあらすじ
邪竜の書に導かれて、DEX+50という破格の報酬に惹かれて、アシュレイはキャラルとヘズ商会を守り、密かに立て直すことに決める。
そこで実の叔父モラクの元に押し掛けてヘズ商会とヒャマール商会の和解を求めるも、交易路の独占を望む彼らは傘下に入れと譲らなかった。
さらに叔父モラクは言う。今の皇帝が崩御すれば、異形のアシュレイは皇帝に処刑されると。それはもう決まっているのだと。
皇帝家の腐敗を突きつけられ、アシュレイは皇族の末席としてふがいなさを覚えると同時に、生きるため、正義を果たすための力を望む。
そこで死に値する救いようもない悪党の情報を黒角シグルーンに教わり、追い剥ぎのダグスを、己の成長のための生け贄として帝都の地中に埋めた。
これによりアシュレイは、スコップLV2という石畳をも穿つ力を手に入れた。
それからアシュレイはキャラルの用心棒となった。西の海運都市ナグルファルへの輸送に付き従い、キャラルと共に街道を進む。
夜、ヒャマール商会に雇われた悪党に教われるも、全て返り討ちにして武器を奪った。
ナグルファルに到着すると、キャラルが商談に向かう。シンザはひとたび別れて、ナグルファルを一周回れという、邪竜の書のミッションを始めた。
ところがその途中、再びキャラルを狙う襲撃者が現れる。
アシュレイは更正の余地無いチンピラたちを大地に埋めて、スコップLV3の力を手に入れ、何事もなくキャラルと合流した。
それから日々が過ぎ去ってゆき、ヘズ商会が立て直されたと邪竜の書が認める日がきた。
DEX+50がもたらす類い希な器用さを手に入れると同時に、キャラルがある決断をした。
今日まで稼いだ金を元手に船を買い、沿海州を拠点にする。そしていつの日か、船団を率いて帝国に戻ってくる。
アシュレイは決断に賛同し、同時にスコップの力を使った提案をした。
今日までの報復にヒャマール商会の倉庫から交易品を奪おう。俺たちは今日から義賊だ。
こうしてスコップの穴掘り能力を活用した、地中からの倉庫破りは成功し、ヘズ商会の物となった中古船に積載された。
旅立つキャラルはシンザの本名を聞き、あなたが大好きだと本当の気持ちを伝えて、遠い沿海州の彼方へと旅立っていった。
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錬金術師ドゥリンとホタルのお兄さん 前編
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4-1 ウルゴス皇帝家の光と闇
キャラルと別れて帝都の宮殿に戻るなり、俺はゲオルグに試合を申し込んだ。
互いに万全の状態で戦ってみたいと付け加えると、試合は三日後の朝に決まった。
それから爺に貸しを返す気持ちで数日大人しくしてみれば、今日がその三日後だ。
明るい朝日が冷たい石の部屋に差し込む中、俺は静かにスコップの手入れをしていた。
刀剣で使うクローブ油をもう一度塗って、歪んだ刃先を小さなハンマーで整える。
そろそろこのスコップも寿命なのかもしれない。
乱暴な用途と酷使にやり全体的にすり減って、刃先もだいぶつぶれてしまっていた。
「さすがに使い込み過ぎたか」
ふとヘリの部分を撫でる。以前ゲオルグのバカ力にやられたところだ。
よく見るとそこにダメージが蓄積しているようにも見える。
こんなことなら先日のうちに鍛冶屋の世話になるか、新品に交換しておくべきだった。
だが昨日は発掘した異界の蔵書を読み返すという、外せない突発的な用事があったのだ。
「それにしても、ゲオルグ兄上か……」
それはきっと、これが節目だと俺が思い込んでいるせいだ。
普段は思い出すことなどないというのに、今ばかりはあの頃のことを思い出す。
ゲオルグ兄上とアトミナ姉上に出会ったのは、俺がまだ6歳のときだ。そうなると、6つ上だった彼らは、当時12歳だったのか。
その頃はまだ思いもしなかった。俺たちが親しくなって、やがてこんなこじれた関係になるだなんて。
あの頃の俺にとって、二人はずっと年上の、キラキラと輝く見知らぬ皇子様とお姫様だった。
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「アシュレイ様、アシュレイ様、貴方のために王立図書館より本を借りてきましたぞ。虫の図鑑が良いですかな? それともこちらの……」
「ちょっとっ、あの子は今お昼寝中だよっ、やかましい声上げるんじゃないよっ爺さん!」
6歳を迎えるその日まで、俺はずっと塔に押し込められて育った。
周囲にいるのは乳母と、小姓の爺。あとは俺と喋ることも許されない陰口ばかりの使用人たちだった。
「やかましいのはお前だわっ、そう言って私の手柄を、また横取りするつもりだろう!」
「もうボケたのかい? アシュレイにその本は難し過ぎるよっ」
「私が読み聞かせるに決まっておろう! それにアシュレイ様は天才だ! さすがは陛下の血筋よ!」
「とにかく静かにしなよ爺さん!」
俺は歪な環境で隠されるように育った。
皇帝である父上が来るのは年に2,3度だったか。ほとんど喋った記憶がない。
来ても遠巻きに俺を見て、ときにため息を吐いてそのまま帰ってしまうことが多かった。
そういえば父上と小鳥の話をした気がする。
鳥が好きだと俺が言うと、鳥になりたいかと返された。
なりたいと俺が返すと、何も言わず父上は立ち去ってしまった。
罪悪感を抱いたのか、それとも皇子とはほど遠い俺に失望したのか。俺には父上が何を考えているのかいまだにわからん。
ただ一つ確かなのは、俺が歪まなかったのは爺と乳母のおかげだということだ。
やがて6歳を迎えると、存在しない皇子アシュレイは塔から出ることを許された。
内密の集まりに連れて行かれ、他の兄弟や親族に初めて引き合わされた。
彼らがその時どう思ったのかはわからない。とにかくよそよそしかった。
そのときモラク叔父上は俺に話しかけて、ずいぶん喜んでいたな。皇帝として完璧な父上が、異形の子という己の汚点を認めたのだから。
「アシュレイ、私がお姉ちゃんのアトミナだよ。こっちはゲオルグ、こんなにかわいい弟がいたなんて夢みたい……!」
「ゲオルグだ。それにしてもずっとあの塔に閉じ込められてたんだって? 酷いな父上は……」
ただ親族の中にも例外がいた。ゲオルグとアトミナだけは俺に対する態度が違った。
母の異なる、竜の眼を持つ俺を弟として受け入れてくれた。
「どうした? 俺はお前のお兄ちゃんだ、守ってあげるから怖がらなくてもいいよ」
「あなたが、おにいちゃん……?」
「私がお姉ちゃんよっ、アシュレイ!」
「お、おねえちゃん……」
当時のゲオルグは今みたいに厳しくなかった。いやむしろ、やさし過ぎるほどだ。
若い皇子として、絵になる理想的な資質を持っていた。アトミナ姉上の方は、今と変わらんおてんば姫様だ。
「はぁぁっかわいい! 私が守る、ゲオルグには渡さないわ!」
「アトミナに任せるのは心配だな……」
その姿はまさに皇子様と皇女様だった。
父上と同じブロンドが子供心から見ても綺麗で、しかし俺と同じ血が流れているとは、とても思えなかった。
ゲオルグとアトミナが皇帝家の光なら、俺は表舞台に立つことすらできない闇だ。
その光が俺をかわいがって、いつだってやさしくしてくれた。
兄上が士官学校に、姉上が王立学問所に入って、その後諸侯に嫁いでしまったあの日まで、俺はそれなりに幸せだった。
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昔は昔、今は今だ。道具を片付けて俺はイスから立ち上がった。
もう過去には戻れないのだ。ゲオルグ兄上は頭の固い軍人に、アトミナ姉上も夫に尽くすべき人妻だ。
それぞれにこの帝国を支える大切な役割があった。
「キャラルにああ言った手前、もう死ねんな……行くか」
俺はゲオルグ兄上に勝って、戦士として価値があるのだと示さなければならない。
そして同時に、二人を安心させるためにも、武勇だけでも兄上を越えなければならなかった。




