19-13 次元を渡る竜ジラントと裏切り者のサマエル 1/2
リザードマンたちと俺の共通点は目玉だけではなかった。
彼らは地下に広がる大空洞で暮らしていた。
壁には光を放つコケが群生しており、天を見上げるとぼんやりとした暗い何かが光を放っていた。
いや、驚きはそれだけではない。
なんとリザードマンの国だというのに、天使が俺たち出迎えてくれた。
それは比喩ではなく、本物の天使だ……。
「初めまして皆さん、私はリザードマンの王、アザトの妻です。……久しぶりね、ジラント」
「ぁぁ……久しぶりだ」
リザードマンたちは話してみると素朴でいいやつらだったが、言葉足らずなので意志疎通が少し大変だった。
俺たちは翼のある女に導かれて、暗い地下空洞を進んだ。
「トカゲ人間に本物の天使かっ、わははっ、次は何が出てくるのだろうなぁっ!」
「竜人です」
「なんだつまらん、竜ならもう見たぞ……。悪いがジラちゃんでおなかいっぱいだ!」
「いやジラント様と同じ存在がいることにまず驚こうよっ!?」
その解釈に何か意見があるのか、奥さんが後ろ歩きでこちらに振り返った。
「いえ、主人とジラントは異なる種族です」
「うむ、竜人は神ではない。だがそうだな……。もしもこの世界に我が輩と同じ存在がいるとすれば、それはそこのアシュレイくらいのものだろう」
「俺を巻き込むな、俺は少し変わった普通の人間だ」
「いいや違うな、アウサルはアウサルだ。そなたは我が輩たちにとって、アウサル以外の何者でもない」
わからんがとにかくアザトとジラントは違う生き物だそうだ。
大空洞にある洞窟の一つに入り、少し奥へと入り込むと他の者とは異なる衣装のこもった扉が現れた。
「ここが私たちの家です。さあどうぞ」
天使の翼を持つ奥さんがその扉を開くと、なんとその先には文化があった。
様式はかなり古いものだが、その家は貴族階級の屋敷と変わらない上等な調度品で整えられていた。
こんな穴蔵の中で、リザードマンたちに囲まれながら、彼女たちは俺たちとそう変わらない生活をしている。
「わ、かわいい家……」
「ありがとう。さ、主人はこっちよ」
恐らくはこの奥さんが管理しているのだろう。
キャラルの素直な感想に、奥さんは旦那への愛情いっぱいの微笑みを浮かべた。続いて奥の部屋に通された。
「ただいま、あなた。今日は珍しいお客様を連れてきました」
その部屋には古めかしい書斎が置かれ、その席には赤竜の鱗を持った人間が腰掛けていた。
確かにこれは竜人だ。リザードマンがトカゲ型の人間なら、竜人アザトは竜の姿をした人間だ。
彼は妻の言葉にゆっくりと顔を上げ、そして驚きそのままにペンに机を落とした。
その目はジラントではなく、俺の顔と手ばかりを見ている。
「その顔は……何度見ても、心臓に悪い……。過ぎ去った過去のこととはいえ、やはり慣れないな……」
彼は書斎からこちらにやってきた。
俺の顔ばかりを見つめて、自嘲気味の笑いを妻へと向けていた。
「心臓に悪い? まさかうちの先祖がアンタに何か迷惑をかけたのか?」
「いや、アウサルはいいやつだった……。真実を聞かされたときは、さすがに驚いたものだがな……納得もした」
「真実? わははっ、いきなり思わせぶりやつだな!」
いきなり話が飛んでいて、助力を求めてやってきた俺の方は困ってしまった。
だがジラントはそうではないようだ。
ここにやってきて、明らかに普段のジラントではなくなっていた。
「話してやってくれ。アビスの魔貴族どもが動き出した今、もう黙ってなどいられん。……我が輩の口から言うのはどうもな」
「すっかりなりを潜めていたかと思えば、動き出していたか」
「ふん……。やつらが諦めるはずがなかろう。再び天へと返り咲く。その夢を捨てれば、やつらはアビスの怪物どものように理性を失い、狂うだけだ」
俺はこのアザトに興味を覚えた。妻の天使にもだ。
彼らは俺の知らないジラントを知っている。
つまりはとんでもない月日を生きてきた存在なのだろう。
「名前は?」
「俺のことか? 俺はアシュレイだ。アシュレイ・グノース・ウルゴス。ア・ジール帝国の皇子だ。一応な」
「ア・ジール、それにウルゴス家か……。懐かしい名前だ……」
「そうね……。あの黄金の小麦畑が懐かしいわ……。それに街中に花と果樹が咲いていて……」
よっぽど幸せな思い出があったのか、夫婦は感慨に浸り込んだ。
「ちょっと待って、初代皇帝って、とんでもない大昔の人間ですよね? だったらお二人って、いま何歳なんですか?」
「歳か……。もう数えてなどいないが、俺たちがそこのジラントよりも歳を食っているのは確かだ。妻にいたっては、俺よりもさらに古い存在となる」
「わはははっ、なんだぁジラちゃん、そうなるとお前、意外と若造なのかぁ~?」
「やかましい……。年齢がどうであろうと、我が輩が偉大なことには変わりなどない。もう少しそなたは我が輩を敬え……」
シグルーンにその要求は無理な注文だ、諦めろ。
この二人より若いというのは、正直意外だったがな。
帝国でいずれ起きる内戦を解決するために、力を貸してくれと話の本題を切り出すべきだが、俺はこの彼らの話に興味があった。
俺たちが慕うジラントの真実を知ることが出来るかもしれない。
「さてどこから話したものか……」
「なら、サマエルの話からがいいと思うわ」
「それもそうか。ではまず、俺が君の姿に驚いた理由から話そう。全ての禍根は、サマエルの裏切りと悪行から始まったのだからな……」
「私はそのサマエルに仕えていたの。サマエルに命じられて、失敗作の種族を狩ることが私の役目だったわ。でも、それは突然終わった」
「サマエルの気まぐれだ。創造主サマエルは、アビスから這い上がってきた俺を弄ぶことにしたようでな、俺の願い事を曲解し、すぐ隣にいた天使から知能を奪い、不老の人間に変えた。それが彼女だ」
「私は彼の妻として、差し出されたの。私にリザードマンという、やられ役の種族を産ませるために……」
悲惨な話のはずなのに、夫婦はイチャイチャと手と手を取り合った。
しかし今の奥さんの姿は天使だ。色々あったが、元の姿に戻れたということになるのだろう。
とにかくそれがこの二人のなれそめだそうだ。
「ただの壮大なのろけ話ではないか……」
「まあそうだな。だが君には知ってほしかった」
「サマエルは数え切れない罪を犯したの。世界を、種族を、ありとあらゆる命を弄んだの……」
「わからん。つまり何が言いたい……?」
「では単刀直入に言おう。君のご先祖様、初代皇帝アウサルは――サマエルと同一の存在だ」
それはまた信じがたい話だ。そもそもだとしたら、おかしいだろう。
だったらアビスの連中は、なぜ俺に危害を加えなかったのだ。
俺はアビスに行った。向こうが招待してくれた。
自分たちをアビスに堕とした者の末裔を、なぜやつらは許した?
「事実、アウサルは天界へと至った後、己がここではない別世界のサマエルであることを、認めました。サマエルとして、ア・ジール帝国の皇帝として、彼は不死の肉体をもって世界を見守り続けました。だから夫は、貴方の姿に驚いたのです」
要約すると俺は救世主の末裔にして、世界を苦しめた最低の創造主のそっくりさんだそうだ。
とても信じがたい話だ。だがジラントが沈黙が保つ以上、それは実際に起きた伝説なのだろう。
アビスの連中は俺の裏切り者の血族だというのに、俺に公平な態度で接し、地上へと返してくれた。
知れば知るほどヤツらが憎み切れなかった。
まあ、先祖がどうであろうとも、俺が俺である事実は何も変わらん。
アウサルの真実などどうでもいいので、俺はジラントの秘密が知りたい。




