19-11 滅亡都市メルクェル
その日は宿に泊まって一晩を過ごした。
ポート・アケは沿海州最大の貿易港ということで、宿に関してはやたらと充実していた。
こうしてその翌日の昼過ぎ、俺たちはヘズ商会の旗艦に乗せてもらい、帝国への帰路についた。
その道中、沿海州の玄関口ザルツランドに停泊してもらい、奇書の示すミッションを達成するのも狙いの一つだ。
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- 探索 -
【沿海州の玄関口、ザルツランドに到達しろ】
・達成報酬 EXP10
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「えっえっえっ、何がどうなってるのこれっ!?」
それともう一つ。出来るだけ早く帰りたかったので、とある提案を行った。
旗艦(なぜか船名を教えてくれない)を軸に全ての船を鎖で繋げと言うと、即却下された。
しかしそこは食い下がって、何もなかったら何でもいうことを聞くと説得した。
結果は狙い通りだ。
移動速度LV2の補正がかかった旗艦はぐいぐいと他の船を曳航して、異様な高速巡航に水夫とキャラルが声を上げることになった。
「あり得ない……」
「ジラントの加護だ。俺が乗る乗り物は、なぜだか問答無用で加速するらしい」
「それでもあり得ない……。確かに速いけど、ちょっと危なっかしいし、この速度に慣れたら戻れないよっ!」
「ならばずっとシンザを拙者を連れ歩けばよかろうっ!」
「それこそもっとあり得ないってばっ! お願いだから船底だけは壊さないでよねっ!?」
「こ、怖いこと言わないで欲しいキャン……」
「わははっ、信用がないなっ!」
「あんたが甲板で火使おうとしたこと、私まだ忘れてないからっ!!」
シグルーンとの船旅は恐ろしいな。
さすがのシグルーンもそこまで意味不明なことはしないと思うが、何かの拍子でやらかしかねない。
「交代で監視するというのはどうキャン……?」
「それしかないよね……」
「シグルーン、アンタは船倉にだけは絶対に入らないでくれ。俺も不安になってきた……」
「バカなっ、この船倉に詰まっているのは義賊プリティ・ベルの報酬だ! それを沈めるわけがなかろうっ!」
「え、何それ……?」
「義賊の名前だ。テラーという呼びが気に入らんからな、代わりに名乗っておいたぞ」
それは思い出したくない題だ……。
義賊プリティ・ベル見参と、シグルーンが勝手をやらかしてくれたおかげで、俺はプリティ・ベルの正体となってしまった……。
恐怖の方がマシだ……。
「へ……? でも、シンザって男でしょ……? なんで、プリティ・ベル……」
「それがジラちゃんと意気投合してなっ! 気に入ったのでこれにしたっ!」
酷い話もあったものだった……。
「うむ、悪くないと思うぞ。しばらくだな、キャラル」
必要もないのにジラントが光と共に顕現して水夫どもを驚かし、魔法少女プリティ・ベルの話を始めたので俺は船室に逃げた……。
テラーの方がマシだ……テラーの方がまだマシだ……。
・
こうしてその翌日、キャラルも驚きの高速巡航によりたった一日で停泊地ザルツランドに到着した。
その昔、そんな名前のエルフの国があったそうだが、併合により消えてこの地がその名を引き継いだそうだ。
ともあれ、さてこれでどうだろうかと奇書を確認すると――
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- 探索 -
【沿海州の玄関口、ザルツランドに到達しろ】(達成
・達成報酬 EXP10
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- 探索 -
【ザルツランドの西、滅亡都市メルクェルに到達しろ】
・達成報酬 EXP1600、遺物の獲得
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】49
【Exp】10770→10970(アビスアント戦)→10980
【STR】118→120
【VIT】302→305
【DEX】273→275
【AGI】260→263
【Skill】スコップLV5
シャベルLV1
帝国の絆LV2
方位感覚LV1
移動速度LV2
穴掘り30倍
『メルクェルか……。利には叶っているが……奇妙なものだ』
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こっちは予想通りの当たりだ。ページに新たなチャレンジが増えていた。
報酬の経験値も破格で、何やら遺物の獲得というのも思わせぶりだった。
「キャラルお嬢様、先に丘に下った水夫から悪い報告が入りました……」
「え、なら聞きたくない……」
「そう言わず聞いて下さい。また帝都の宮廷で争乱があったようです」
「なんだとぉ!?」
ところが美味しい報酬を鼻先に吊された矢先に急報が入った。
「ジュリアス皇子とヨルド皇子が宮廷で発起し、皇太子の首を狙ったが、失敗して逆に排除された。ジュリアス皇子とヨルド皇子はその後、消息不明――とのことです」
「クーデターかっ! わははははっ、お高く止まった血をわざわざ宮廷なんかで流すとはバカなやつらだっ!」
ならば急いでエリンに戻らなくてはならない。
だが奇書が指し示すのはここから西の果て。海を越えた彼方にある滅亡都市、メルクェルに行けと示す。
しかし返りが遅れれば、この急変した情勢への対応も遅れてしまう。姉上もプィスも文句をたれるだろう。俺はこの魅惑的な寄り道を迷った。
ジラント、アンタはどう思う? そもそも滅亡とはどういう意味だ?
『うむ、よくぞ聞いた、特別に説明してやろう』
アンタは説明が大好きだからな……。それで?
「メルクェルは最果ての世界にある。そのは有角種の隠れ里から見ても南南西側ど辺境でな、そこでは魔石と呼ばれる美しい鉱物が得られる。なので遙か昔に入植が行われたのだ」
魔石とはまた、物騒な名前の宝石だな……。
『一部の者には利用価値があったのだ。だがな、年々最果ての荒野が街に近付いてきて、ついに飲み込まれると、やむなく放棄された。行ったところで得られるのは魔石だけ――と、普通なら思うだろう』
あの最果ての荒野で戦った異形の怪物が街の周囲に現れたら、採掘や生活どころではないだろう。
しかし興味が沸いた。行ってみたい。だが、この状況がな……。
『行け。必要な人員だけスクーナーに詰め込み、他の者は次の停泊地に向かわせればいい。日程に遅れは出るが、キャラルとそなたの能力で簡単に追いつけるはずだ』
それもそうだが……ジラントよ、これは帝国の存亡をかけるほどの寄り道なのか?
『メルクェルは厳密には滅びてなどいない。行けば新たなる邂逅が待っているだろう。戦力が欲しいなら、行くべきだ』
そうか。わかった、行こう。
仮に本当にヨルドとジュリアスが死んだのならば、状況はマシになったと言ってもいい。
主要な皇位継承者が減れば、争いの回数がそれだけ減ることになる。
だがヨルドとジュリアスが生きているとすれば、それは巨大な内戦の始まりだ。さらなる力が必要になる。
「シンザ、さっきから黙り込んでるけど大丈夫……?」
「いや、少し考え事をしていただけだ。それよりも提案がある」
「うん、急いで帰らなきゃ……」
「俺を滅亡都市メルクェルに連れて行ってくれ」
「滅亡っ!? なんだその熱い響きはっ!? いいぞ気に入ったっ、拙者も行くっ!」
「ちょっと待ってっ、帝国が大変なのになんでそんな……ど、どこよそれっ!?」
「ここから西の果てだそうだ」
トラブルメーカーのシグルーンは、向こうの船よりこっちの監視下においた方がいいだろう……。
「あの……ワンはカーハに帰るキャン。ここで情報を集めて、王様に報告しないと……。一応、ワンも外交官だキャン……」
「それは助かる。フィンブルに軍を移動させるなら急いだ方が良さそうだからな」
こんな状況だが、行く価値があるとジラントが言う。
ならば行くしかない。俺はシグルーンとキャラルを主力にして、ごく少数の水夫と共に急きょスクーナーで、西の果てを目指すことにした。
姉上への土産に、魔石を持って帰るというのも悪くない。




