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19-9 白い杭

 シグルーンのせいでどっと疲れた。できることなら宿でも探して寝たい気分だったが、まあそうもいかん。

 アビスアントが現れたとなれば、その次に元を絶たなければならなかった。

 そこで獣人の軍勢にも要請して、敵の出現が顕著だった西側の森の中を探すと、案の定白い杭がそこにそびえていた。


「あっさり見つかったな、よしここは拙者にまかせろっ!」

「バカ抜かすんじゃねぇぜ、姐さんっ! その剣だけはもう止めてくれよっ!」


 全ての獣人がヤシュの言葉に賛同し、有角種の姿を持つ雷様にひれ伏した。


「俺がやる。俺の力はコイツと相性がいい」

「そうはさせるかっ、いくぞっ、ギュォーンッッ、おりゃぁぁーっっ!!」


 シグルーンの人格面は最初から期待などしていない。

 やると思ったので真っ先に耳をふさぐと、獣人たちも地に伏せて耳を抱え込んだ。


 震える剣は白い杭を少しずつ少しずつ削ってゆき、あまりに長い雷鳴が過ぎ去った頃に、ようやく杭が破壊されることになった。


「すまん、硬かった! だが拙者にも壊せたぞ、シーンザッ♪」

「お、恐ろしい人だ……」

「うるせぇから止めてくれって、言ったじゃじゃねぇですか、シグルーン姐さんっ!」


 言って聞く人格ではない。ともかくこれで発生源は途絶えた。

 やつらの女王が紛れ込んでいたらまずいが、その念のための捜索は俺たちの仕事ではないだろう。


「アンタと一緒にいるとこっちは疲れるぞ……」

『ククク……キ○ガイにチェーンソーといったところか。最悪の組み合わせだな』


 見ているだけのジラントは気楽でいいな……。

 シグルーンは天下無双の戦士だったが、やはり誰にも使いこなせない厄介者でもあった……。

 誰なのだ……。シグルーンにこんな、騒音の塊みたいな剣を持たせようと考えたバカは……。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 こうして俺たちは、畏怖されるような形で王都へと入った。

 すぐに王との謁見の準備が整い、カーハ王に精鋭をよこしてくれた礼を言うチャンスがやってきた。


「まさかこれほどの男だとは思わなかった。俺はこのダ・カーハ王国を束ねる王、ヤシュという」

「あ、あぅ……。こっち見ないでキャン、アシュレイ様……。この国は、ヤシュさんが多いキャン……」


「ああ、そういうことなので俺のことはカーハとでも呼べ。しかし本当に助かった。アシュレイ殿を選んで正解だったと、胸を撫で下ろしているくらいだ」

「……なるほど、色々と納得行った。アンタのその性格なら、気に入った相手に援軍の一つくらいよこしてもおかしくないな。援軍のあいつらは気のいい連中だ。こっちが見習いたいくらいにな」


 王は精悍な雰囲気を持った大柄な狼種だった。

 一目見ただけで、信頼できるやつだと思った。さっぱりしていて、理屈より直感を重視する方だろう。でなければ俺たちに精鋭なんてよこさない。


「そして、そちらが恐怖の雷様だったか」

「拙者のことかー? うむっ、ちょっと暴れ回ったら、兵隊どもが怯えた目で拙者を見るようになってなぁ! 精進が足りんぞ、お前んところの兵はっ!」

「アンタな……。仲間がいるところで、その剣はもう使うな……」


「なぜだ、これがそんなに気に入らんかっ!?」


 無礼なことを自覚している俺も、謁見の間で騒音の塊を起動させる覚悟などない……。

 だがシグルーンにはあった。とんでもない爆音を放たせて、玉座のカーハ王を騒音でひっくり返した……。


「な……なるほど、確かにこれは雷様だな……。俺としたことが、ションベン、チビるところだったぜ……」

「アンタも何を言ってるんだ、カーハ王……」


「まあ、白い杭だったか。原因も取り除いてくれたようで感謝する。で、獣の地下隧道な……」

「ああ、開通させておいた。アレを使えば敵に気づかれることなく帝都に乗り込める。いざというときは援軍を頼む」


「ならそれを使って、フィンブルに主力を置かせてもらうのも手だな……。わかった、ドンパチ始まったら俺たちを呼んでくれ」


 ここでも話が早すぎる。もう少しゴネくれたっていいのに、彼は俺たちに国の未来を賭けると言った。


「カーハ王よ、なぜ俺とゲオルグに手を貸す気になったのだ?」

「そんなの決まってるだろ、気に入ったんだよ。俺たちの仲間を助けるために、俺たちの仲間を悪党からさらい返すバカなんて、お前の他にいねぇよ、アシュレイ皇子。俺たちはお前の行いに感動したんだ」


 理屈や打算でばかり考える俺たちとは、発想からして異なっているようだった。

 当たり前のように情を選ぶその姿は危うく、だが一人の男として好ましく思う。


「それは参ったな……」


 敗色が濃くなったら俺は逃げるつもりだった。

 だというのにこれでは逃げられない。何が起ころうとも、力を貸してくれる連中のために必ず勝たなくてはならない。


 大きな戦いに己が飲み込まれてゆくの感じた。


「今、飯作らせてるから少し待ってくれ。帝国でのドンパチ、楽しみにしてるぜ」

「でかいワンワンに拙者も同意だ! 派手にやるぞっ、スコ男ッ!」

「派手にやったらそれだけ被害が出るだろうが……。なんで内戦が始まること前提なのだ……」


 俺たちは獣人の国で、陽気な連中からの大歓迎を受けた。

 集まると獣臭いがみんないいやつだ。それだけにやはり、愛情深いこいつらから戦死者を出したくなかった。


 地上の全ての種族が獣人として生まれていたら、世界はもっと救いようのある形をしていただろうな。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



・ゲオルグ


「また白い杭か……。ただでさえ政争で秩序も何もないこの状況で、アビスの怪物に足を引っ張られるとはな……」


 アシュレイが旅立ってよりほどなくして、状況は次々と最悪を更新していった。

 もはや内戦の勃発は止められん。暗殺されかかったジュリアスとヨルドは、武力による帝都制圧の大義名分を手にした。


 父上の時代に起きた古い因縁は、まだ断ち切れてなどいなかったのだ。

 こんな状況で各地に白い杭が現れた。戦争の準備を進める地方貴族が、これにまともな戦力を傾けるはずもない。


「どうしますか? これ以上の兵を分散させると、内戦を押さえ込むのも難しくなります」

「ああ。だからといって見捨てていては、他の連中と変わらん……。行って俺たちが杭を破壊するしかないだろう」


「ではそのように。こうなるとアシュレイ様が調達して下さった軍資金が輝きますね」

「ああ……。モラク叔父上たちは辺境を無視して待機しろ、と言っているがな。やつらは俺たちを盾にしたいだけだ」


 やつらがジュリアスとヨルドを殺し損なったせいで、内戦を引き起こすことになった。

 なぜ俺たちが、その尻を拭ってやらねばならん……。

 帝国の将軍が言う言葉ではないかもしれないが、こんな戦いに意味があるようには思えん……。


「帝国一軍は今日より独立する。各地に兵を送れ、俺たちはラタトスク方面に行くぞ。あっちの連中に、弟が世話になったらしいからな……」

「必ずアシュレイ様が味方を引き連れて帰ってきますよ。あの少し軟弱だったアシュレイ様が、あんなふうになってくれるなんて、さぞ兄冥利に尽きるでしょうね」


「ああ、今も昔も自慢の弟だ……。俺がジュリアスとヨルドをあそこで討っていれば、迷惑はかからなかっただろうがな……」

「どちらにしろ内戦は起きたと思います。誰が皇帝になろうとも、誰もその皇帝を認めないのでは……。平和なんて訪れませんよ」


 後を継がないかと、一度だけ父上に聞かれたことがある……。

 だが俺は断った。兄たちが認めるはずがない。だから俺は軍人として帝国を守ると言った。


「そうだったな。最初から詰んでいるのだったな……。では俺はラタトスクに遠征する。後を頼むぞ」

「は! 行ってらっしゃいませ、ゲオルグ将軍! 帝都とアシュレイ様はお任せを!」


 止むを得ない。俺は俺はアビスの魔物と白い杭を破壊するために、最も被害の顕著なラタトスク方面に出征した。

 その隙に南北の諸侯が帝都近郊でぶつかり合うことになるだろう。帝都に残した第一軍には、決して争いに加わるなと厳命した。


 やつらの始めた戦いだ。勝手に争えばいい。アシュレイならきっそそう言うだろう。


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