19-9 白い杭
シグルーンのせいでどっと疲れた。できることなら宿でも探して寝たい気分だったが、まあそうもいかん。
アビスアントが現れたとなれば、その次に元を絶たなければならなかった。
そこで獣人の軍勢にも要請して、敵の出現が顕著だった西側の森の中を探すと、案の定白い杭がそこにそびえていた。
「あっさり見つかったな、よしここは拙者にまかせろっ!」
「バカ抜かすんじゃねぇぜ、姐さんっ! その剣だけはもう止めてくれよっ!」
全ての獣人がヤシュの言葉に賛同し、有角種の姿を持つ雷様にひれ伏した。
「俺がやる。俺の力はコイツと相性がいい」
「そうはさせるかっ、いくぞっ、ギュォーンッッ、おりゃぁぁーっっ!!」
シグルーンの人格面は最初から期待などしていない。
やると思ったので真っ先に耳をふさぐと、獣人たちも地に伏せて耳を抱え込んだ。
震える剣は白い杭を少しずつ少しずつ削ってゆき、あまりに長い雷鳴が過ぎ去った頃に、ようやく杭が破壊されることになった。
「すまん、硬かった! だが拙者にも壊せたぞ、シーンザッ♪」
「お、恐ろしい人だ……」
「うるせぇから止めてくれって、言ったじゃじゃねぇですか、シグルーン姐さんっ!」
言って聞く人格ではない。ともかくこれで発生源は途絶えた。
やつらの女王が紛れ込んでいたらまずいが、その念のための捜索は俺たちの仕事ではないだろう。
「アンタと一緒にいるとこっちは疲れるぞ……」
『ククク……キ○ガイにチェーンソーといったところか。最悪の組み合わせだな』
見ているだけのジラントは気楽でいいな……。
シグルーンは天下無双の戦士だったが、やはり誰にも使いこなせない厄介者でもあった……。
誰なのだ……。シグルーンにこんな、騒音の塊みたいな剣を持たせようと考えたバカは……。
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こうして俺たちは、畏怖されるような形で王都へと入った。
すぐに王との謁見の準備が整い、カーハ王に精鋭をよこしてくれた礼を言うチャンスがやってきた。
「まさかこれほどの男だとは思わなかった。俺はこのダ・カーハ王国を束ねる王、ヤシュという」
「あ、あぅ……。こっち見ないでキャン、アシュレイ様……。この国は、ヤシュさんが多いキャン……」
「ああ、そういうことなので俺のことはカーハとでも呼べ。しかし本当に助かった。アシュレイ殿を選んで正解だったと、胸を撫で下ろしているくらいだ」
「……なるほど、色々と納得行った。アンタのその性格なら、気に入った相手に援軍の一つくらいよこしてもおかしくないな。援軍のあいつらは気のいい連中だ。こっちが見習いたいくらいにな」
王は精悍な雰囲気を持った大柄な狼種だった。
一目見ただけで、信頼できるやつだと思った。さっぱりしていて、理屈より直感を重視する方だろう。でなければ俺たちに精鋭なんてよこさない。
「そして、そちらが恐怖の雷様だったか」
「拙者のことかー? うむっ、ちょっと暴れ回ったら、兵隊どもが怯えた目で拙者を見るようになってなぁ! 精進が足りんぞ、お前んところの兵はっ!」
「アンタな……。仲間がいるところで、その剣はもう使うな……」
「なぜだ、これがそんなに気に入らんかっ!?」
無礼なことを自覚している俺も、謁見の間で騒音の塊を起動させる覚悟などない……。
だがシグルーンにはあった。とんでもない爆音を放たせて、玉座のカーハ王を騒音でひっくり返した……。
「な……なるほど、確かにこれは雷様だな……。俺としたことが、ションベン、チビるところだったぜ……」
「アンタも何を言ってるんだ、カーハ王……」
「まあ、白い杭だったか。原因も取り除いてくれたようで感謝する。で、獣の地下隧道な……」
「ああ、開通させておいた。アレを使えば敵に気づかれることなく帝都に乗り込める。いざというときは援軍を頼む」
「ならそれを使って、フィンブルに主力を置かせてもらうのも手だな……。わかった、ドンパチ始まったら俺たちを呼んでくれ」
ここでも話が早すぎる。もう少しゴネくれたっていいのに、彼は俺たちに国の未来を賭けると言った。
「カーハ王よ、なぜ俺とゲオルグに手を貸す気になったのだ?」
「そんなの決まってるだろ、気に入ったんだよ。俺たちの仲間を助けるために、俺たちの仲間を悪党からさらい返すバカなんて、お前の他にいねぇよ、アシュレイ皇子。俺たちはお前の行いに感動したんだ」
理屈や打算でばかり考える俺たちとは、発想からして異なっているようだった。
当たり前のように情を選ぶその姿は危うく、だが一人の男として好ましく思う。
「それは参ったな……」
敗色が濃くなったら俺は逃げるつもりだった。
だというのにこれでは逃げられない。何が起ころうとも、力を貸してくれる連中のために必ず勝たなくてはならない。
大きな戦いに己が飲み込まれてゆくの感じた。
「今、飯作らせてるから少し待ってくれ。帝国でのドンパチ、楽しみにしてるぜ」
「でかいワンワンに拙者も同意だ! 派手にやるぞっ、スコ男ッ!」
「派手にやったらそれだけ被害が出るだろうが……。なんで内戦が始まること前提なのだ……」
俺たちは獣人の国で、陽気な連中からの大歓迎を受けた。
集まると獣臭いがみんないいやつだ。それだけにやはり、愛情深いこいつらから戦死者を出したくなかった。
地上の全ての種族が獣人として生まれていたら、世界はもっと救いようのある形をしていただろうな。
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・ゲオルグ
「また白い杭か……。ただでさえ政争で秩序も何もないこの状況で、アビスの怪物に足を引っ張られるとはな……」
アシュレイが旅立ってよりほどなくして、状況は次々と最悪を更新していった。
もはや内戦の勃発は止められん。暗殺されかかったジュリアスとヨルドは、武力による帝都制圧の大義名分を手にした。
父上の時代に起きた古い因縁は、まだ断ち切れてなどいなかったのだ。
こんな状況で各地に白い杭が現れた。戦争の準備を進める地方貴族が、これにまともな戦力を傾けるはずもない。
「どうしますか? これ以上の兵を分散させると、内戦を押さえ込むのも難しくなります」
「ああ。だからといって見捨てていては、他の連中と変わらん……。行って俺たちが杭を破壊するしかないだろう」
「ではそのように。こうなるとアシュレイ様が調達して下さった軍資金が輝きますね」
「ああ……。モラク叔父上たちは辺境を無視して待機しろ、と言っているがな。やつらは俺たちを盾にしたいだけだ」
やつらがジュリアスとヨルドを殺し損なったせいで、内戦を引き起こすことになった。
なぜ俺たちが、その尻を拭ってやらねばならん……。
帝国の将軍が言う言葉ではないかもしれないが、こんな戦いに意味があるようには思えん……。
「帝国一軍は今日より独立する。各地に兵を送れ、俺たちはラタトスク方面に行くぞ。あっちの連中に、弟が世話になったらしいからな……」
「必ずアシュレイ様が味方を引き連れて帰ってきますよ。あの少し軟弱だったアシュレイ様が、あんなふうになってくれるなんて、さぞ兄冥利に尽きるでしょうね」
「ああ、今も昔も自慢の弟だ……。俺がジュリアスとヨルドをあそこで討っていれば、迷惑はかからなかっただろうがな……」
「どちらにしろ内戦は起きたと思います。誰が皇帝になろうとも、誰もその皇帝を認めないのでは……。平和なんて訪れませんよ」
後を継がないかと、一度だけ父上に聞かれたことがある……。
だが俺は断った。兄たちが認めるはずがない。だから俺は軍人として帝国を守ると言った。
「そうだったな。最初から詰んでいるのだったな……。では俺はラタトスクに遠征する。後を頼むぞ」
「は! 行ってらっしゃいませ、ゲオルグ将軍! 帝都とアシュレイ様はお任せを!」
止むを得ない。俺は俺はアビスの魔物と白い杭を破壊するために、最も被害の顕著なラタトスク方面に出征した。
その隙に南北の諸侯が帝都近郊でぶつかり合うことになるだろう。帝都に残した第一軍には、決して争いに加わるなと厳命した。
やつらの始めた戦いだ。勝手に争えばいい。アシュレイならきっそそう言うだろう。




