3-5 キャラル・ヘズの旅立ち - キャラルの恋 -
「悪いキャラル、爺に付き添いたい。じゃないとまた変なプライドで腰をやるからな」
「それはダメ、シンザはこっちきて! 私と!」
俺とキャラルは手が空いていた。
そこで俺は意向を伝えのだがな、ダメだそうだ。
「やり残しはもう無かったと思うが……わかった、少し付き合おう」
「ちょぉーっ?! シンザはサッパリし過ぎ、私からしたらやり残し大ありだよっ!」
「そうか。見当も付かんが、ヘズ商会の発展は俺の利益だ、ぜひとも聞こう」
「えーー……。違うよ~もうっ、そっちじゃないないってっ! とにかくこっちこっちきて!」
わからんが俺は桟橋の奥に引っ張られていった。
それからキャラルに合わせて東の空に振り返る。正面側から見るスクーナーの雄志が俺たちの胸を熱くさせたよ。
そいつは今日まで俺がヘズ商会を支援してきた結果だ。
それにどうやら俺は船が好きなようだ。帝国という土地に縛られた俺にとって、船と冒険者は自由の象徴だった。
「そろそろ夜が明けるね……」
「そうだな。焦って爺が無理をしなければいいが……」
しんみりとキャラルがらしくもない口調を使った。
見れば青白かった東の空が薄ピンクに染まりだしている。
「そうじゃないよ、お爺ちゃんの心配は私が旅立った後でして!」
「わかった。それで今度はどんな商売の話だ?」
「チガーウッ! しばらく会えないんだから別れを惜しんでよーっ! って言わせんなぁぁ~っ!」
「……なるほど」
つい手のひらを拳で叩いていた。
キャラルがそんな俺の反応を不機嫌づらで見ていたようだが、わからん、なぜ怒っているのだ……。
「なるほどじゃないよシンザぁ……」
「すまん、アンタが言うとおり俺は朴念仁だ。だが……」
空ではなくキャラルの横顔をじっと見つめた。
このさっぱりとした明るさも、これでしばらく見ることもできなくなる。
「正直に言えば寂しい。行くなとは言う気すらないがな、アンタと会えなくなるのは寂しいよ」
「シンザぁ……私もだよぉ……っ。って、言う気すらないとか、そこは口にしなくていいからっ!」
「正直な感情を述べただけだ」
気づいたらまた俺はスクーナーに目を向けていた。
羨ましいとすら思った。これで彼女は仲間たちと共に沿海州に旅立つ。
アトミナ姉上、ゲオルグ兄上、爺、皇帝である父を捨てて、一緒に行きたいとすら思った。
「一緒に行く……?」
「見透かされたか。いや止めとく、どうしても勝ちたい相手がいてな。それに姉上も心配だ……」
どうも妙なのだ、姉上が帝都の宮殿に入り浸っている。
夫の元にろくすっぽ帰らず、俺やゲオルグ兄上、昔の女友達とばかりつるんでいるようだ。
「ふーん……シンザって謎だらけだね」
「ああ、自分でもそう思う」
それからまたぼんやりと船と空を眺めた。
やがて朝焼けの空に日が昇り、新品の白い帆がそれを照らしだす。
「あのね、シンザ。私必ず帰ってくるよ」
「当然だ、でなければここまでしたかいがない」
「あの悪徳商人と張り合えるくらい強くなって、大船団を率いて帰ってくるよ!」
「あまり目標を高くし過ぎると、帰るに帰れなくなるぞ」
だが大船団ときたか。彼女の目利きがあれば、元手もたんまりあることだ。じきにこれよりでかい船が買えるだろう。
「あ、それもそうかも。それでね、シンザ……1つだけお願いと、誓いがあるの」
「では順当にお願いの方から聞こう。しばらくの別れだ、なんでも言ってくれ」
「よっしゃっ! その言葉っ、嘘じゃないよね!?」
「さてな、誠意は尽くそう」
キャラル・ヘズという女は俺の予想も付かない行動を取る。
それが商才の片鱗なのかもしれん。いきなり正面に回り込まれると、右の手の甲を両手で握りしめられた。
「シンザの本当の名前が知りたい」
「そうきたか……」
「だってそうでしょ! あの海の向こうでシンザのこと思い出しても、偽名のままだったら名前も呼ぶこともできないよ!」
「俺の名を呼ぶのか……? それは恥ずかしいな、教えたくなくなってきたぞ」
公式に俺は存在しない。アシュレイという名を知る者は、限られた皇族、それに近しい貴族、宮殿に仕える一部と、あとはあのカフェのおばさんくらいなものだ。
公言するのはまずいが、キャラルに名乗る分には問題なかった。
「えぇぇぇぇーっっ!? そんなぁ教えてよぉーっ、お願い!」
「アシュレイだ」
「へ……っ。え、アシュレイ……? シンザが?」
「俺はどこぞの放蕩息子のアシュレイだ。まあホタルのような命だ、明日には死んでいるかもしれん」
母は俺を産んだ際に死んだ。父上は俺を憎んでいるのかもな。
しかし鬼にもなりきれず、母親殺しの異形の赤子を今日まで生かしてしまった。
「ちょっ、ちょっと待った! 何ソレどういうことっ、聞いてないんだけどぉーっ!?」
「俺は色々とまずい立場にあるのだ。だから明日死んでも後悔の無いように生きている。それで、誓いというのはなんだ?」
「生きなよっ!!」
「努力はしている。しかし相手が悪すぎるのだ」
帝国は世界最強。次の皇帝が俺を処刑すると決めたら、どこに逃げても追っ手がくる。
「で、誓いとやらはいいのか? そろそろ積載が終わりそうだが」
「うへぇ……いくらなんでも割り切りすぎ……」
ゲオルグ兄上を倒せるほどの力を手に入れれば、何かが変わるかもしれん。
スコップを極めれば、今回の倉庫破りのような奇跡を引き起こせる。まだ希望はある。
「あのね、アシュレイ……私、必ず帰ってくるから……負けないで生きていて、絶対に」
「わかった、アンタの凱旋を見るためにどうにか生き延びよう」
「それで、それからね、あのねアシュレイ……」
目が疲れているのだろうか、急にキャラルの血色が良くなったように見えた。
泥酔しているのかと思うくらいに、その顔は赤く、とても暑そうだった。
「その時は、私をアシュレイのお嫁さんにしてね……っ!!」
返事を返す間もなかった。キャラル・ヘズが桟橋を駆けてゆき、そのまま振り返りもせずスクーナーに乗り込んでしまった。
俺の方は呆然と立ち尽くしていたようだな。こういうのは生まれて初めてだ……。
船の方から水夫たちが俺とキャラルをはやし立てて、そいつらを船長がどやしていたな。
爺か? キャラルを気に入っているからな、文句は言わなかった。
間もなくして爺が下船した。すぐにイカリが上がり、高いマストで潮風を受け止めて、船が朝焼けに照らされながら進み出す。
「忘れないでねシンザ! 私もう決めたからっ!」
「ああ、俺もせいぜい生き延びることにする。行ってこいキャラル・ヘズ、俺はアンタを待っている。だがもしかしたら、墓に入ってるかもしれんぞ。……爺がな」
「シンザ様っ?! 私を勝手に殺さないで下さい!」
「アハハハッッ、シンザーッ、私シンザに惚れちゃったっ、あなたがだーーい好きっっ!!」
どうしてか妙に暑くなってきた。
爺がニヤニヤとどこか嬉しそうに、俺の横顔をわけもなく眺めている。
遠い遠い南を目指して、白帆の快速船が水面に軌跡を作ってゆく。
希望に満ち満ちたその姿はやはり美しく、心の底からこう思った。
「爺、やっぱり付いて行けば良かったかな……」
「何を言われますかアシュレイ様。あなたは皇族、陛下の御子息でございます。あなたには、あなたにしかできない役割が必ずあるはずです」
「さて、それはどうだろうな」
「しかしアシュレイ様、成長なされましたな……。爺はもう、このたびの感動で、涙が、ぶぇぇぇぇぇ……! 奥方様、アシュレイ様は立派な男になられましたぞぉぉ……は、はうあっ?!」
締まりが悪いがな、俺は最後の最後に光った。
船出がきっかけだろう。奪い返される可能性が消えて、邪竜の書の条件を満たしたのだ。
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- 粛正 -
【汚れた富を100000クラウン盗め】達成
・達成報酬 AGI+50(受け取り済み
・『義賊よ、もう少し女心を学べ。とんだ唐変木めが』
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- 粛正 -
【汚れた富を300000クラウン盗め】
・達成報酬 AGI+100
・『貴様は金持ちの天敵だな。だがもう少し入念に計画を立てろ』
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】12
【Exp】1320→1330
【STR】26
【VIT】100
【DEX】90
【AGI】27→77
【Skill】スコップLV3
『ゲオルグが貴様を待っているぞ』
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「帰るぞ爺。食い歩きに付き合え」
「ひ、光ってないで年寄りをもっといたわって下され、アシュレイ様ァッ!」
「そうもいかん、今頃倉庫街は大騒ぎだ。すぐに帰るぞ爺」
俺は生き延びる。だからアンタもがんばれよ、キャラル・ヘズ。
アンタが帰ってくる日までに、俺は帝都をもう少しマシな都に変えておこう。このスコップで悪を屠り、富を奪い取りながらな。
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【邪竜の書】
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- 冒険 -
【冒険者ギルドで仕事を3つ達成しろ】
・達成報酬 EXP450/???
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- 探索 -
【帝都をもう10周しろ】
・達成報酬 VIT+100
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- 探索 -
【海運都市ナグルファルを1周しろ】1/3 達成
・達成報酬 EXP100/VIT+5
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- 事業 -
【ヘズ商会を成長させろ】
・達成報酬 DEX+100
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- 粛正 -
【悪党を5人埋めろ】残り2人
・達成報酬 EXP900/スコップLv+1
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- 粛正 -
【汚れた富を300000クラウン盗め】
・達成報酬 AGI+100
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- 投資 -
【合計1万クラウン使え】775 / 10000
・達成報酬 EXP1000/出会いの予感
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次から4章となります。
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