19-5 初代皇帝の遺産を飯に変えろ
帝国正規軍は、純正規兵と準正規兵に大別できる。
どちらも職業軍人なのだが、後者は期間契約の雇われ兵士で、仕方がないが一軍の過半数がこれにあたった。
今は国から予算が出ているからいい。だが世が荒れればそうはいかない。
そうなった時に、彼らを引き留めるための賃金がやはり必要だ。
ちなみに純正規兵の方は、小さいながらも土地持ちで、免税特権を持ち、封建主義の価値観で染まっているのもあってか、兄上と墓場まで共にする覚悟だそうだ。
そういったわけで、雇われ意識の高い準正規兵には、エリンの産業や開拓を手伝ってもらい、希望する者は一時帰郷させることにした。
帝国の争乱を不安に思い、故郷を守りたいと願う者を止めることができなかったのだ。
一方の純正規兵の方は、引き続き帝都近郊の駐屯地で待機してもらい、帝都と周辺の動きをうかがうことになった。
その純正規兵からより抜きの者が、ゲオルグの指示で諜報活動を始めたとも聞いている。
「では行ってくる。焦って暴走するなよ、兄上」
「それはこちらのセリフだ……。変なことに首を突っ込まずに、必ず真っ直ぐに帰れ」
「俺はお使い頼まれた幼児か」
「幼児の方がまだマシだ。余計なことをしでかさん分な……」
「ホントよ、もう……。心配する側にもなりなさい。お父様に相次いで、アシュレイにまで死なれたら……。そう思うと、もう私たちは気が気じゃないの……、ねぇ、わかった?」
「大げさだな。ちょっとそこまで行ってくるだけだろう」
「どこがちょっとそこまで、でしゅか……」
いつ皇帝を僭称した皇太子が、予算を出し渋ってくるかもわからない。
そこで俺は、かねてより予定していたアウサルの遺産を換金することに決めた。
そのために使者として、まずは東のフィンブル公爵領に向かう。
「俺にとってはちょっとそこまでだ。姉上を頼むぞ、ドゥリン」
「そこは言われるまでもないでしゅ。兵隊さんたちのために、がんばって下しゃい」
旅の目的はそれだけではない。
さらに東の果てにあるという、エルフの国に向かい協力をあおぐ。
そのため今回の同行者は、ユーミル嬢と豪傑シグルーン、それに獣人のヤシュを大使から借りた。
さあ出発だ。俺は台車を引いて帝都郊外の遺跡に向かい、そこからフィンブル公爵領に繋がる古の地下道を進んだ。
荷台に仲間を載せて、自ら馬車馬にとなって走ったとも言う。これはこれで楽しいものだった。
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「おお速い速いっ、わははっ、お前といると拙者は愉快でたまらんぞっ、もっと飛ばせ飛ばせっ!」
「やっぱりこの皇子様、非常識だワン……」
「私なんて、この前これに引かれて帝都を走ったのよ……。もう、恥ずかしいなんてものじゃなかったわ……」
今となってみれば、人選を間違えたのかもしれん。
これこそが適材適所のはずなのだが、よくよく後ろを振り返ってみれば女しかいない。
爺か? 俺の側を離れないと言い張っていたが、さすがに老人を旅に連れていけない。
兄上の補佐をしろと言って置いてきた。
ちなみに荷台の車輪には、有角種の技術が活用されている。
ゴムと呼ばれる弾力のある素材に空気を詰め込んだものが、衝撃を吸収して乗車を快適にしてくれていた。
異界の言葉でゴムといったら避妊具だ。
そう技術者のプレアに伝えたら、何が面白いのやら大爆笑された。それがついこの前のことだった。
「おい、なんか言えスコ男! つまらんぞ!」
「そう言われても特に話題も浮かばない。到着するまで俺のことは、喋る馬だと思って無視してくれ」
「つくづく変な皇子様だキャン……」
荷台に縛り付けた太陽の石を暗い明かりにして、俺たちは東へ東へとひた進んだ。
動き出してゆく時代に追いすがるように、ただひたすらに俺は走った。
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フィンブルでユーミルを降ろして、俺は全ての雑務を押し付けるつもりだった。
だがユーミルを含むフィンブル公爵家の連中は有能で、俺たちが到着する頃にはほぼ全ての段取りが済んでいた。
既に遺産の売却が進んでおり、まとまった資金が出来ていた。
その金をフィンブル公爵の連中は、アウサルの遺産はアウサルの物だと言い張り、全額を俺たちに寄越してくる始末だった。
俺たちの代わりに、残りの売却を受け持つとまで言ってくれた。
初代皇帝が築いた地下道を使えば、より短期間で安全に運搬出来るので、使わせてくれとも言っていたな。
俺より地下隧道の使い方を心得ていて困るくらいだ。
「お父様、私たちの仲間に大船団を持つ方がいます。なので沿海州向けの商品は、エリンに回して下さいね」
「女提督キャラル・ヘズか。噂は聞いている。だがユーミルよ、その娘はお前のライバル――」
「お父様、そんなこと言っていられる情勢ではありませんよ」
「むぅ……」
約一時間で話がまとまり、俺たちはフィンブル名物を抱えて再び地下隧道へと下った。
地下帝国ア・ジールの跡地は、何度来ても寂しい場所だった。
かつてこの地下世界に都市があり、今はその役割を終えて闇に沈んでいる。
東西南北に繋がる地下道により、この地は世界の中心となっていたはずだ。
なのになぜ、この都市は放棄されたのだろうか。
『棄てられたのだ……』
棄てたのではなく、棄てられたとジラントが口を挟んだ。
『再びこの地を照らす力は、この地上のどこにもない。よって再びここが世界の中心となることは、もう二度とないだろう』
それは惜しい話だ。知れば知るほどにここは最高の立地だった。
初代が築いた地下隧道がここと世界を一つに繋ぎ、ありとあらゆる不可能を可能とするだろう。
地底を拠点にして、ここから望む場所に兵を送れるのだ。軍人でなくともわかる、それは正に敵無しだ。
フィンブル名物のチーズや肉、アップルジュースをエネルギー源にして、俺は地下帝国東部の隧道に入り、またひた走った。
「止まれ、スコ男! 見ろっ、これは魔霊銀の坑道ではないか!?」
「ああ、そういえばあのおっさんが言っていたな」
ここに古い鉱床があるので、採掘してこいと言われていた。
ヨルドの魔剣に対抗するために、正規兵にもっと魔霊銀の剣を持たせたいところだ。
「はぁ……こんなにいっぱいあるの? 作らされる私の身にもなってほしいわ……」
「そういうの、代役とか見つからないワン?」
「それが私の身体が一番馴染むんですって……」
「よくわからないけど、あのおじさんに言われたくない言葉だキャン……」
酷い言われようだな。
台車を離してスコップを手に取り、鉱床からいくつかの魔霊銀を削り落とした。
あちこち手頃な場所を探してみると、同じようにスコップでえぐり抜かれたような痕跡が無数にある。
……非常識なやつもいたものだった。
「おっさんのいないあちら側に持って行っても、仕方ないか。これはここに残して先に進もう。……確か、なんとかシルという国だったか」
「エルフィンシルよ。元々は別の名前だったけど、併合とか色々あって変わったの」
「ああ、そんな名前だったかもしれんな」
「なんだか心配だわ……。アウサルくん、もう一度説明するからちゃんと聞いてね? エルフィンシルは――」
エルフィンシルは人とエルフが共存する国だそうだ。
帝国に隣接しているというのに、今日まで独立を保ってきたのは、アビスを封じるという役割を密かに担っているからだという。
エルフの寿命の長さから、富裕層の大半をエルフが占めるが、過去の歴史から対等な関係を維持しようとしているそうだった。
俺は進んでは崩落部の整備を続けながら、東へとひたすら走った。
投稿するエピソードをまた間違えていました。
差し替えました。




