19-4 帝都争乱 2/2
後少しだ。このまま進めばいずれ帝都の下水道の壁をぶち抜くだろう。
願わくば巨大ワニの巣でないことを祈りたい。
作業一日目は姉上が手伝ってくれたが、あちらの争乱の影響で、地上の仕事に手を取られてしまった。
「アシュレイ。アシュレイよ、おい、いい加減に気付け! そなたはイノシシより融通が利かんやつだな!!」
だから俺は太陽の石を明かりにして、黙々と地中を穿つ。
下手をしたら下水の底を貫いて、汚水まみれになるかと思うと緊張感がある。
黙々と、黙々と土壁を穿った。
「なんだ、邪魔をするな、ジラント」
「気付けと言っているのだっ、そなたは難聴主人公かっ!」
「そっちこそ、ウンコまみれになりたくなかったら俺の集中力を乱すな」
「それどころではない! ゲオルグが帝都を追い出されたぞ!」
「だからそのゲオルグのために――なんだと?」
「ゲオルグ率いる帝国軍一軍が、議会の命令で帝都を出たと言っている!」
貴族議会はアホなのか……?
そんなことをしたら、騎士団から有力貴族の私兵、ありとあらゆる勢力が軍事力を帝都に持ち込むぞ。
「そうだ。状況を理解したな?」
「ああ……。それで兄上はどうしている……?」
「帝都郊外の駐屯地に軍を分散させたようだ。その何割かはここエリンにも来ているぞ」
「バカなことをする……」
兄上と帝国軍なくして、誰が帝都を守るのだ。
「ふん……そこは逆だな、ゲオルグは秩序そのものだ。帝都の守護者だ。その存在は、帝都で政争を行う者には邪魔でしかないのであろう」
「ケバブサンドが心配だ……」
「うむ、そこはカフェのおばさんと言い直しておけ。我が輩もそこが特に心配だ」
作業の手を止めて、俺は領主の館へと戻った。もちろん掘り貯めた芋を背負ってな。
するとさらにろくでもない報告が入ることになった。
「皇太子が戴冠式を自ら行いました。どこの承認も受けずに、ア・ジールの皇帝を名乗ったようです。そしてどうやら、一連の事件には、デミウルゴスの涙と呼ばれる秘宝が関係しているようです」
やはりどっちが領主かわからんな。
書斎に飛び込むと、淡々とプィスがそう告げた。
「涙……宝石の名か?」
「ご名答です。これはダブルスパイの彼からの情報でして、それは人を狂わせる魔石だそうです」
人を不幸にする、曰く付きの宝石は数多い。
だがそこまでの力を持った石など聞いたことがなかった。
「ユーミルの話によると本当みたい。その石は、持つ者に都合のいい夢を見せるんですって」
次期皇帝という地位にありながら、麻薬に手を染める男だ。
それが本当なら、ヤツは喜んで飛びついただろうな……。
姉上は不安になってきたのか、弟の隣にピッタリと身を寄せてきた。
人は姉上のこういった部分に惹かれるのかもしれん。よそ様には見せられんがな……。
「どうやらそれが、皇太子が引きこもりになった理由だったようです。ですがそれが盗難に遭ったそうでして、それがなぜか、三男オリヴェの手元に流れ着いたそうです」
「その情報もアウレウスが提供してくれたのか?」
「はい。彼は実によく働いてくれていますよ」
所持した者に理想の夢を見せる。
ならばオリヴェも、盗品と知ろうとも絶対に手放そうとしなかっただろう。元々からして収集癖のある男だ。
だから皇太子はオリヴェに斬りかかった。夢を取り返すためにだ。
そして己とデミウルゴスの涙を守るために、皇帝を僭称したといったところか。
「しかしヨルドのやり方らしくないな」
「私、仕組んだのはジュリアスお兄さまだと思う……。あの人、いつも手段を選ばないのよ……」
「憶測ですが可能性は高いかと。まあどちらにしろ、この新しい情勢に向けて、私たちは対策していかなければならないでしょう。特にゲオルグ様が率いる一軍の、補給面ですね……」
ゲオルグ兄上と、兄上が率いる帝国軍一軍は世界最強だ。
だがプィスは、その軍の独立を維持するには、安定した補給が必要だと言う。
とは言ってもな……。
悪徳商人潰しで多少羽振りがよくなったところで、軍隊丸ごと一つだ。
とてもではないがエリンだけではまかないきれなかった。
今はまだ予算が国から出てるからいい。
だがこの先、その予算が全額カットされる可能性もあった。
「確かに帝都を追い出されたのは、帝国にとって大きなマイナスだな。だがその反面、以前よりも動きやすくなったのも確かだ。どうにか裏技を駆使して、俺たちで一軍を維持できる土台を作ろう」
これはチャンスでもある。
皇族が皇族を斬り、承認を受けない偽皇帝が現れた今、もはや法律など存在しない。
帝国軍一軍を俺たちの力で、独立させよう。
短くてすみません。




