表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

196/225

19-3 炎と署名 - 酢 -

 それはそれ。これはこれだ。

 翌日とんでもない事実を突きつけられるとは知らずに、俺たちはエリン港へとたどり着いた。


 すぐにヘズ商会と獣人たちによる積載が始まった。

 俺も仕事を手伝おうとしたが、恒例のようにキャラルと共に現場を追い出されていた。


「またね、ユーミル。少しだけシンザを借りてくね」

「うん、そっちも船旅気を付けてね。アシュレイくんじゃないけど、今度は私も沿海州に連れて行って」


 それともう一点、俺が沿海州に同行するつもりだった極秘情報が、ユーミルに漏れていた。

 喋ったな? とキャラルに目を向けるもキャラルは少しも悪びれない。


「いいよっユーミルなら大歓迎! 帰ったら一緒に買い物に行こう!」


 俺とキャラルは慌ただしい桟橋から離れて、港の外れに場所を変えた。

 ちなみにここの海岸にあった翡翠たちは、大半が回収されて港の装飾に使われた。


 かき集められてただの金に変えられるより、翡翠たちも満足な使われ方だろう。


「ごめんね?」

「何の話だ?」


「さっきのことだよ。ユーミルに話しちゃった」

「そのようだな。思っていたより仲が良くて驚いた」


 港の外れは薄暗く、キャラルの顔もよく見えない。

 竜の目を覆うレンズを外せば夜目が利くが、それでは同じ夜を共有できない気がした。


「シンザはさ、自分の立場に無頓着だけど、一応皇子様なんだよ? そんな人が船旅について行きたいって言ってきても、私だけじゃ判断なんてつかないよ……」

「それが仲良くなったきっかけか?」


「そうだよ。ユーミルは、結婚したら最高の奥さんになるよ。私が保証するよ、私が男だったら惚れちゃうくらいいい子だから!」

「……話が飛んだな。だがよくわかる。ユーミルは貴人らしくないところがいい」


「あははっ。アシュレイくんにだけは言われたくないわ! って言われちゃうよ」


 親しいキャラルと、共通の友人が出来たのが嬉しかった。

 明日の見えないこんな時代だ。友情が安心感をくれた。だが……。


「キャラル、情勢次第では、また会えるかもわからん。アンタが帰ったら、俺は暗殺されているかもしれん」

「うん……そうだね」


「だがそれでも、俺たちは己の持ち場を守らなければならん。引き際がくるまでな。必ずまた会おう、アンタが帰るその日まで、俺は俺なりにあがいておく」

「シンザにしては大げさだね。……何かあった?」


 楽園で父上と別れてより、少し俺もおかしくなっているのかもしれない。

 人との別れは突然来るのだと、あの一件で突きつけられた。後悔がないようにしたかった。


「悔いがないようにしたいだけだ。必ず戻ってこい、キャラル・ヘズ」

「言われなくとも戻ってくるよ! またおばさんのお店で、ケバブサンド食べようね!」


 キャラルが胸に飛び込んできて、俺の胴体に腕を回して締め付けた。

 この前の不意打ちの口づけもそうだが、避けようと思えば避けられた。だが俺はしなかったようだった。


「ユーミル、元許婚に逃げられたって」

「知っている」


「責任取ってあげたら?」

「それには同情するが俺の責任ではないな」


「はぁ……。ダメだよっ、ユーミルにはもっとやさしくして! じゃあね、シンザ!」


 何を考えたのか、彼女は俺の両手を取った。

 それを片方ずつ自分の背中に回して、俺に自分を抱かせた。彼女が目をつぶってぬくもりに浸ったのは一瞬のことだ。


 俺は矢となって遠ざかってゆくキャラルを目で追って、船が港を去ってゆくのを見守った。

 キャラルのぬくもりが頭から消えない。

 俺も次男ジュリアスを笑えないくらいに、マザコンだったようだ。


 あの船に俺も乗ってゆくつもりだったのに、船団が軌跡を残して消えてゆく。

 夜目の利く竜の目で、ずっとずっとそれを見送った。



 ◆

 ◇

 ◆



 見ればもうじき夜明けだ。

 帝都がそびえる東の空が青白く光を灯している。


「行ってしまわれましたな」

「ああ……明るいキャラルが旅立つと、寂しくもなるな」

「あら、これは良い傾向なのかしら……」


 振り返ると爺だけではなくユーミルもいた。

 もう二人の目には船は見えないのだろう。俺も竜の目を元に戻した。


「シンザ様、これからどうするおつもりですかな……?」

「さあな。俺たちまで政争に加わって、混沌をまき散らすわけにもいかん。今は力を蓄えるしかないだろうな」


「はい。お父上も当時は争いを避けて、辺境に身を寄せられたものです。あなたが望むなら、今からキャラル様を追ってもかまいません。しかしもう二度と、私はあなたの下から離れませんぞ」

「今さら逃げるなんて、そうも行かないと思うけれど」


 ユーミルの言うとおりだ。結社ベルゲルミルの影が生まれ、ゲオルグ兄上とアトミナ姉上ががんばっている。

 辺境に逃げるときはあの二人も一緒だ。


「しかしシグルーンは、全くどこに消えたのだろうな……」

「アシュレイ様、ユーミル様はよしとして、私はあの方だけは認めませんぞ!! きゃつめ、先日私の茶に酢を入れたのでございますっ!! なぜ笑うのですかっ、父親代わりの私が、おとしめられたのでございますぞっ!?」


 アレは本当にとんでもない女だな……。

 だが、少し想像するだけで、茶を吹き出す爺が頭に浮かんで笑ってしまった。


「アシュレイくんはあの人を大目に見過ぎよ……」

「全くでございますっ、絶対にアレだけはダメでございますぞ!」


 塔に閉じ込められ、外の世界に憧れるだけだった俺が、こんな人生を歩むことになろうとは、夢にも思わなかった。

 もう少しだけ帝国に留まり、俺によくしてくれた人々のためにあがいてみよう。


 何よりあのケバブサンドが一生食えなくなるような事態だけは、可能な限り避けたいからな。


投稿ペースを落としてしまい、あらためてごめんなさい。

この調子ならどうにか立て直せそうです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活
新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
[良い点] いつも通りの爺が最高。もっと困らせてあげてください。 [一言] 色々とあると思いますが、更新お待ちしてます。作者様のペースで楽しく書き上げてくださいー。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ