19-3 炎と署名 - 候 -
「つまらん……。なぜわざわざ油を使う……」
「アンタの魔法で焼き払うと、焼け跡が不自然なことになるからだな。それに自然発火ではなく、放火されたことにしたい」
「放火! ワクワクする良い響きよ!」
「うむ、我が輩もそこは否定しない。よかろう、では油を撒いて、放火するとしよう」
俺が指示するまでもなく、彼らは麻薬倉庫の適所適所に油をぶっかけていった。
妙に的確だ。以前どこかに火を点けたことがあるのか?
そう聞くのが怖くなるほどだった。
少なくともシグルーンは曇りなき瞳で『ある』と答えるだろう……。
「ジラントが手伝ってくれたおかげで、予定よりも早く片付いたな。ん……なんだこれは?」
一角に奇妙な物を見つけた。
水薬だが、綺麗なガラス瓶にピンク色の液体が詰まっている。麻薬という見た目ではなかった。
「ああ、それは媚薬だなっ!」
「ほう、ならばシンザよ、一つ拝借して帰るか」
「誰に使うつもりだ……」
「うむ、一時の情欲から、愛が生まれる可能性もあるかもしれぬ」
「ろくな使い方ではないという点だけはわかった。おいシグルーンッ、それは持ち出すなっ、足が付くぞ!」
媚薬は麻薬成分を含むと本で読んだことがある。
麻薬の敷き詰められた倉庫にあるのだから、この薬の成分は想像するまでもない。
「むむむ……だがシンザよっ、これをバドに盛ったら、元気になるのではないかっ!?」
「教えてくれ、どこをどうしたら、そこまではた迷惑で最低の発想が出てくるんだ……」
「うむ、それはさしもの我が輩も引くぞ……」
俺が気づかなかったら、あのいたいけな少年バドが大変なことになるところだった。
ユーミルがいまだに警戒し、獣人たちが畏れおののき、酒場宿の態度の悪いあの主人がシグルーンの来訪を本気で嫌がる姿に、全て納得がいった。
「あいたたた……」
「大丈夫、お爺ちゃん?」
「ああキャラル様、あなただけが私の希望でございます……。辺境に土地でも買って、アシュレイ様とあなたと暮らせたら、どんなにいいでしょうな……」
「それいいねっ! でも、私にはそうなる未来が想像付かないな……」
「あの性格でございますからな……。すみません、いつになったらあの方は落ち着きを――」
「聞こえているぞ、爺」
どうやら向こうの運搬が片付いたようだな。
俺たちが振り返るとトンネルから爺とキャラルがひょっこり現れた。
「聞こえるように言っているのでございますぞっ! あなたは落ち着きや自重を、いつ覚えて下さるのですかっ!」
「お待たせ、こっちは終わったよっ! うっわ……これ、全部麻薬……?」
片付いたか。ではそろそろ焼き払って撤収だな。
「おおっ、もう焼いていいのか? では火種を頼むジラちゃんっ!」
「ククク……古典的な火計も、たまには趣があるな」
ジラントが手のひらに炎を生み出すと、用意しておいたたいまつに火を移した。
たいまつの先で赤々と輝く炎に、シグルーンが子供みたいな笑顔を浮かべている。つくづく恐ろしい女だと思った……。
シグルーンとジラントが半周ずつ倉庫を駆け巡ると、すぐに炎の輪が俺たちを取り囲んでいた。
この二人が火遊びに慣れていて助かったな。赤い炎が灯火となって倉庫を輝かせ、俺たちに全焼を約束してくれていた。
「撤収だな。爺、背中に乗ってくれ」
「私を年寄り扱いするつもりですかなっ!? あなたが赤子だった頃から、私はあなたを抱いてきたのですぞっ、そんな辱めはお断りですぞ!」
「私が背中を押すよ。いこ、ギデオンお爺ちゃん」
「キャラル様ッ! ああっ、キャラル様はおやさしいですな……早く孫の顔が見たいくらいでございます」
年寄りというのは、どうしてこう面倒なのだろうな……。
自分が抱いて育てた赤子におぶられたくない、か。
俺の方はその逆で、アンタに感謝しているからこそ、少しでも恩を返したいのだがな……。
俺は最後尾に立って、お得意のシャベルを取り出して地下通路を隠蔽し、地下から地上へと引き返した。
そこから先はあの夜と変わらないはずだった。
盗品は二台に増やした荷馬車に乗せて、俺たちはゲオルグ兄上の手配で帝都の西門を抜けて、エリン港を目指す。
「……おい待て、シグルーンはどこにいった?」
「えっ、そっちの馬車にいないのっ!?」
しかしシグルーンが姿を消していた。
シグルーンはあの角がどうしても目立つので、馬車に押し込んだはずだ。
なのに中を見てみれば、最重要危険人物が消えてホロ馬車の天井が斬られていた……。
「ぇぇ……嫌な予感がするんだけど、私……。だって航海中もね、あの人、甲板で釣った魚焼き始めてさ、もう私ら青ざめたよ……っ!」
「まぎれもないアホでございますな……。アシュレイ様、シグルーン様とは今後、お付き合いしてはなりませんぞっ!」
「いやそんな話より、ヤツがどこに消えたかの方が問題だろう……」
まさか、義賊の仕事だけでは飽きたらず、直接成敗にでも行ったのか……?
『クククッ……それはおいおいわかることだ。今は捨て置いて問題ないぞ』
ジラントだけが答えを知っていた。
ジラントよ、アレと波長が合うということは、そういうことだぞ……。
『当事者であるそなたたちには迷惑な台風でも、我が輩から見れば愉快なトリックスターなのだ。嫌いにはなれぬ』
◇
◆
◇
その翌日、俺たちはプィスからとある報告を受けた。
麻薬商人の屋敷、内側を早き払われたその外壁に、何者かの署名が赤い文字でデカデカと書き殴られていたそうだ。
『義賊プリティベルここに見参!! 天に代わり、薄汚い麻薬商人に仕置き候!!』
さしもの俺も、頭を抱えて床に片膝を突いた。
シグルーン、ジラント、アンタたちは何を考えているのだ……。
かくしてこの日より、義賊プリティベルは謎の女怪盗として、帝都市民からの絶大な支持を獲得していったという……。
連絡
本日より、週1更新に変更させて下さい。
ストックが回復次第、短いスパンに調整していこうと考えていますが、しばらくは気持ちの整理のために新作を作ってゆく予定です。
一過性のものだと思います。ごめんなさい。励ましの感想に心癒されました。
打ち切るつもりはないので、ゆっくり追って下さると嬉しいです。
新作もスコップに負けずなかなかの仕上がりになっているので、楽しみにしていて下さい。




