19-1 国葬 / 新たなる標的
前章のあらすじ
ある結末までを描いたサイドエピソード集。
肉体を持たぬ伝説の鍛冶師と、令嬢ユーミルの尽力により、ようやく魔霊銀製の剣が完成した。
ゲオルグは宝石を触媒とする魔法剣、シグルーンには自ら震動する剣が与えられ、これにより将軍と豪傑の戦闘力が増強された。
一方、アシュレイは冒険者ギルドの昇級試験を受けた。
昇級を達成するたびに光るアシュレイに、試験官である学校教師は深く困惑したが、子供たちには大人気だ。
アシュレイがランク・御影石に到達すると、邪竜の書は『ギルドで帝国外での任務を達成しろ』と、新たな挑戦を提示した。
ゲオルグと騎士アウレウスが顔を合わせた。
アウレウスは自ら、ヨルド皇子との間の二重スパイになると申し出る。
彼はまだ身の振り方を迷っていたが、従者の少年バルドゥールが監禁と虐待を受けていた事実を知り、ヨルドを見限ることに決めた。
またその一方、皇族たちは暗躍を始めていた。
次男ジュリアスは父親の死が間近に迫るなり、叔父モラクと叔母のドゥーネイルが皇帝に毒を盛っているという噂を流す。
対するモラクは北方を拠点とする三男オリヴェと接触して、非常事態に帝都の指揮権が自分に移る法律を作ろうとしていた。
またある日、少年バルドゥールが熱を出した。
それを知ったアシュレイが気まぐれを起こす。彼は夜中に山芋を掘りに行き、すり下ろしたそれを少年の部屋に届けた。
バドは小姓になりたいと言うが、まだまだ男性恐怖症と、痛めつけられた身体は癒えそうもない。
その翌日、キャラルが船団を成長させてエリン港に帰ってきた。
朝一番でアシュレイは港に駆けつけて、次の航海に連れて行ってくれと彼女と約束する。しかしその約束は恐らく果たされることはない。
ジラントの住まう楽園にて、父は子を待っていた。
彼は子に別れを告げ、同じ墓には入れないので、己の形見を母に届けてほしいと願う。
冷酷と言われようと、己の役割を最期まで貫き通した男は、帝国の未来をアシュレイに託して、満足げに消えていった。
この日、ア・ジール帝国の皇帝が死んだ。鳴り止まぬ鐘は、新たな時代の始まりを告げていた。
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帝都争乱
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19-1 国葬 / 新たなる標的
帝国の秩序を守り続けてきた男、皇帝フェルディナンドの死は世界中を駆け巡った。
葬儀は崩御の翌々日と決まり、それまでの間、ありとあらゆる者が不安を抱えて過ごした。
叔父上と叔母上が皇帝に毒を盛っていたという、妙な噂が流れていたのもある。
だがそれはあり得ん。暗殺を防ぐための赤竜宮であり、そもそも爺が毒に気づかぬはずがない。
これは空位となった皇帝の座を狙って、既に情報戦が始まっていたということだった。
「アシュレイ様、喪に服すおつもりはないのですね……」
「爺か、もうあっちはいいのか?」
もう一つの変化と言えば、爺が俺の下に帰ってきたことだ。
そこはきっと、父上の亡骸よりも俺たちが心配だったのだろう。
「はい、今日までお側にお仕えできず、申し訳ありません。今日からは、またあなたの爺でございます」
「そうか……では俺よりアトミナ姉上を頼む。そんな顔するな、ちゃんと葬式には出る。だが、それまでは好きにさせてくれ」
「悲しまれないのですな……。まだ心の底で恨んでおいでで?」
「死んだやつを恨んでどうする。部屋で嘆き悲しんでいれば、それで死者が喜ぶとも俺は思えん。だったらやれることをやるだけだ」
国葬が行われるその日まで、俺はエリンの開拓や街道整備に力を入れた。
何かをしていなければ落ち着かん。
目元を赤く腫らした姉上や、友を失って寂しそうにしている爺を見ていると、俺まで一時の感情に負けてしまいそうだった。
だから俺は人々が少しでも暮らしやすいようにと、管理の行き届いていなかったわき道を整備して、日が傾いてからはエリン港の方にも向かい、規模の割に狭いその用地を密かに拡張した。
「シンザ……?」
「ああ、少し近くまできてな……。せっかくだから様子だけ見に来た」
帰りにキャラルのガレオンを見てから帰ろうと思っていた。
するとこんな時間だというのに、その甲板にはキャラルの姿があった。
「もう……シンザのこと、みんな心配してるよ。帰ったらアトミナ様とギデオンお爺ちゃんに声かけなよ?」
「そうするべきなのだろうな。だが刺激したらしたで、泣かれてしまいそうでな、近づき難い……」
「私は、泣くことは悪いことじゃないと思うけど」
「そうだな。だが涙を流せば立ち止まることになる。そこは難しい問題なのだ」
やり切るまで俺は泣かん。それは父上との約束だ。
「そういうこと言わないでよ! なんだかシンザのことが、余計に心配になってくるじゃない!」
いい奴だ。だが俺にやさしくしないでくれ。今押し込まれると感情に負けてしまいそうだ。
今はまだ、悲しみに心を縛られるわけにはいかない。
「すまん……。一緒に沿海州に行く約束は、あれはまた今度にさせてくれ……。今は姉上と兄上が心配で、ここを離れられん」
「うん、私も手伝う。私がシンザを守るから、そんなに気張らないで。シンザはさ、ちょっと無責任なくらいがちょうどいいよっ!」
キャラルが少し寂しげに微笑んで、背伸びをして俺の横髪を撫でた。
俺には母親がいないからかな、こういうのに弱いのかもしれん……。
「止めてくれ……」
「もう強情だなぁ……子供みたいに泣いてもいいよ? もっと私を頼ってよ!」
「アンタには十分過ぎるほど頼らせてもらっている。それよりもそろそろ、アッチの積み荷を確保しないとな」
しかしこういうのは俺たちのノリではない。
元のシンザに戻って、俺はキャラルに不適な笑みで返した。
「お、アッチって、アッチだよね? 今度はどんな悪人を狙うの?」
「麻薬商人だ」
俺はキャラルに次の計画を語った。
キャラルの船団がこちらに滞在している間に、俺たちは盗品を盗み出そう。
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久々に宮殿へと戻り、俺たちは皇帝の葬儀に参列した。
父上の棺が宮殿から運び出され、国教会の大聖堂まで喪に服したパレードが行われた。
茶番だ。だが皇帝フェルディナンドの存在は巨大だった。
帝国のありとあらゆる人々が気持ちを切り替えるためにも、この儀式は必要だったのだろう。
やがて大聖堂にて、皇族、貴族、有力者、世界各国の大使が集まった。
悪い噂を流されて、モラク叔父上とドゥネイル叔母上は、相当にイライラと周囲の者に敵意を向けていた。
いや、その二人が顕著なだけで、ありとあらゆる勢力が、敵と味方を見分けようと、それぞれの顔色をうかがっていたとも言える。
彼らが不安を抱くのも無理もない。これは異常だった。
その国の皇帝が死んだというのに、参列者の中に皇太子の姿がなかったからだ。
大げさな葬儀は延々と続いた。父上の棺が皇帝家の有する霊園へと運び出されるまで。
「私はエリンに戻るわ。二人はどうするの……?」
「ああ……俺はしばらく帝都を離れられん。アトミナはエリンの屋敷を離れるな、いつ襲撃を受けるかもわからん」
「あら、アシュレイには言わないのね?」
「アシュレイにはアシュレイにしかできないことがある。だが気を付けろ、父上はもういない、お前はいつ暗殺されるかもわからない状態だ」
邪竜の書と出会ってなければ、こうも気軽に構えられなかっただろう。
書を兄上に見せて正解だったな。
「そうよっ、死んだら承知しないわ! だって、あなたまで死んだら、私……堪られないわ……」
「それは兄上と姉上もだな。二人とも迂闊な行動は避けてくれ」
そう口にすると、二人は不満たっぷりに目を細めたり、眉を八の字にして俺を睨んだ。
「アシュレイ、あなたが姿をくらますたびに、私たちがどんなに心配するか、考えたことはある……?」
「ああ……お前にだけは言われたくない。お前は、迂闊の塊だ……」
二人ともご立腹だった。
かくして姉上は寂しさをまぎらわすようにエリンの開拓に尽力し、兄上は帝国中央の守護者として諸侯の監視に入った。
残る俺は悪党退治だ。
どんなに帝国が変わろうと、俺は俺のやり方を守ろう。




