3-5 キャラル・ヘズの旅立ち - 沿海州行きの船 -
「しかしなかなか義賊も楽しいものだな」
「シンザ様、あなたはどういう心臓をされておられるのですか……。もし誰かに、見つかったら、どう言い訳すればいいやら……」
盗みは順調だ。馬車の荷台の6割が盗品で埋まった。
「逃げればいい。爺、それは後で俺とキャラルで運ぶ。腰を痛めるから止めておけ」
「私を年寄り扱いしないで下され! こんな、こんな金塊の一本や二本……ウッ?!」
「おい、大丈夫か……?」
「こ、腰が……ぅ、ぅぐ……す、すみませんシンザ様、馬車で、お待ちしております……」
爺は腰を折り曲げたまま、よろよろとトンネルの向こうに消えていった。
まだまだ積めるがそろそろ潮時だろうか。キャラルの姿を探して、悪徳商人の倉庫を歩き回った。
「あっシンザ! ねぇねぇこれ見てよ、なんか大事そうなやつ見つけちゃった!」
倉庫の一角に杭が正方形に打ち込まれていた。
入るなと言わんばかりにロープがその周囲を囲み、中央には台座と布が置かれていた。
「盗んで下さいと言わんばかりだな」
「うわっ、これも金だよシンザ! 純金のアクセサリーがこんなに!」
そのロープを下からくぐり、キャラルがたたまれた布を開くと、中には黄金の装飾品がランプの明かりを反射させていた。
指輪、腕輪、ブローチ、チョーカー、ネックレス。どれも純金だ。
「これ消えたら相当ショックだろね。でもなんでここまで大切に保管してるんだろ」
「さてな」
俺はキャラルの目の前で堂々とあることをした。
飾り気のない純金の指輪と、持参しておいた指輪をすり替えたのだ。
「えっ、何してんのシンザッ?!」
「コイツを盗むのは止めておこう。ところで他に装飾品を保管している場所はあったか?」
これは現皇后への献上品の可能性が高い。そしてもしもこの中に偽物が混じれば、政商ヒャマールは皇帝の妻を騙したことになる。
「いいけど……今すり替えたやつ何?」
「金メッキをかけた、ただの鉛だ。上手く行けば面白いことになる」
そうなればヒャマールと皇后、どちらのメンツも丸潰れだ。
上手く行かなくとも、偽物が混じればヒャマール商会内部は深刻な疑心暗鬼に陥るだろう。
「それって下手したら牢獄行きじゃんっ!」
「なら止めるか?」
「ううんっ、むしろサイコー! もしそうなってくれたら、最高に気持ちいいねシンザ!」
「だが悪い知らせもある。爺が腰を痛めた、このへんで切り上げよう」
金塊やら武器やら重い荷物も多い。
欲張るとろくなことにならんと、故事にも書かれている。
「オッケー! あ、いっそここ焼き払っちゃう!?」
「いや周りの倉庫に迷惑がかかる。それに宝石や美術品に罪はない、何より――」
「うんっそれは義賊らしくないね! じゃいこっシンザ!」
「ああ、ぜひアンタの船を拝ませてくれ」
金の指輪を他の装飾品の積み荷に紛れ込ませて、俺たちは爺の腰の仇、つまり金塊を抱えて悪徳商人の倉庫を抜け出した。
それから地下トンネルの入り口と出口をふさぎ直して、モグラの犯行であることを隠蔽した。
侵入ルートが見つからなければ、ヒャマールは内部犯だと思い込む。
疑心暗鬼が悪の商会を混乱させてくれるだろう。
「シンザ様、キャラル殿はいい方ですな……。これで子爵家ほどの家柄でしたら、あなたの花嫁に――」
「腰を揉んでもらったくらいでなびくな爺。それと余計な情報を彼女に漏らすな」
「へへへー、つまりシンザの家って、子爵家以上ってことだよね」
御者は俺が受け持つことにした。
爺は腰をやっていて、キャラルはこれから大切な門出だ。存在しない男シンザが最適だった。
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その後のことをざっくりと語ろう。
まずはそうだな、彼女の船は中古相応に使い込まれていた。
だが美しい船だ。それは二本マストの小型商船で、いかにも小回りが利いて船足も速そうなやつだった。
しかも思っていたよりでかい。小型と聞いていたからてっきり、荒波一つで沈没するような小舟を想像していたが、それが一軒家ほどの大きさがあった。
弱小商会が持つには恵まれ過ぎているくらいの良い船だ。
その船の前まで俺たちが荷馬車を走らせると、もう東の空が明るくなりかけていた。
「キャラルのお嬢、よくご無事で! おらっ仕事だぞ野郎どもっ、さっさと積み込んで出航だ!」
「ただいまおじさん!」
「後は任せたぞ、船長。キャラルをよろしくな」
これからヤバい物を運ぶんだ。元ヘズ商会員のおっさん、通称船長は荒っぽく水夫たちに積載を命じた。
この港から出てしまえば足は付かない。異境の地では帝国の捜査も権威も届かんからな。
「まさか本当にやってのけるとはな……。俺の負けだ」
「勝ち負けではない。船長、アンタがキャラルを守ってくれるなら俺は安心できる。ただそれだけのことだ」
知り合って10日も経っていないが、この男なら大丈夫だ。
少し前まで、水夫として帝国軍の軍艦に乗っていたそうだからな。
「ちょ、わ、私の目の前でそういうこと言わないでくれるシンザッ?! だって、そういうの照れるじゃん!」
「ふぅふぅ……私も手伝いますかな? ようやく腰の調子が良くなってきましたぞ。はははっ、なんだか船を見たら元気になってきましたぞー!」
「あまり無理はするなよ爺……」
こうして盗品の積載が始まった。その額はちょっとしたものだ。
ヘズ商会はタダで高額な交易品を手に入れた。
対するヒャマール商会は一晩にして輸送費と人件費、仕入れ値をかけた商品を失うことになる。
悪党を実力行使で成敗とはいかなかったがな、やつらは莫大な負債を抱え込む。俺たちの気分は壮快だった。




