18-8 帝都巡りと旅の約束 2/2
「私たちの船にようこそ! ほら見てみてシンザッ、あそこのガレオンも! うちの商会の船なんだよっ!」
「すっかり船マニアだな。綺麗な船だな、新品か?」
「そうっ! シンザのおかげで儲かったからっ、もう一隻買って来ちゃった! 後は運んできた積み荷を元手に、こっちで2隻買い足そうと思ってる! あ、もちろんシンザたちにも出資するよ、いっぱい稼げたから!」
ついつい微笑んでしまった。
あまりにキャラルが明るくて、まるで少年みたいに目を輝かせていたからだろう。
当時のキャラルを、モラク叔父上に苦しめられていたあの頃を思い返せば、この笑顔が嬉しくないわけがなかった。
キャラルは崖っぷちから栄光を手に入れたのだ。
「あ、ごめん、私ばっか話してた……でもシンザに見せたかったんだよっ、凄いでしょ!」
「ああ、俺も自分のことのように誇らしい。ああそうだ、兄上と姉上には止められると思うが、次の航海には俺も乗せてくれないか?」
「へ……?」
「ポートアケと、ザルツランドに俺を連れて行ってくれ」
奇書に記された報酬は無きに等しい。しかし何かが得られるはずだ。
得られなくとも俺の冒険心が満たされる上に、航海を加速させることもできる。損はどこにもない。
「えっ、でも帝国は!?」
「信じてもらえないかもしれないが、10日で行き来する秘策がある。一隻限定になるがな」
「何言ってんのっ!? そんなことできるわけないじゃんっ!?」
「とにかく俺を乗せて、出港してくれればわかる」
理屈で説明しても絶対に伝わらん。
邪竜の書がもたらした不思議な力により、俺の乗る船が二倍に加速するなどと。
「ん……けど、今回の航海……風向きもよかったし、信じられないくらい調子がよかったんだよね……。なんだったんだろ、あれ……」
「ああ、それはジラントの加護だ」
「神様の加護かぁ……そう考えると楽だけど、うん、わかんないや」
「それよりそっちの仕事が終わったら、また俺と遊びに行かないか?」
と、姉上に誘えと言われた。
久々に会えたのだから、それも悪くないだろう。
「でもプィスさんたちに報告したり、入金したりしなきゃいけないから……。そうだなぁ、午後からでもいいなら……私も、いいよ……?」
「ではそうしよう。早速積み卸しを手伝ってくる」
「手伝っちゃうんだ……皇子様なのに……」
「今さらだろう。そんなもの。俺はアシュレイである前に、アンタの用心棒のシンザだ」
莫大な富を抱えて、キャラルが沿海州から戻ってきた。
ならば次の標的を探すのもいいだろう。
準備のいいプィスのことだ、既にプランを立てていてるかもしれんな。
◇
◆
◇
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◇
その日の午前はキャラルの仕事を手伝って回った。
一通りの引継が終わった頃にはもう昼だ。
「ごめんね、こんなこと手伝わせちゃって」
「いや、十分に面白かった。俺が一生行くことのない店にも、入ることになったしな」
いきなりだが、エリンの館にキャラルの部屋を用意することになった。
キャラルは俺たちにとって、極めて重要な幹部だ。これは当然のことだった。
姉上の手により家具は既に用意されていたが、キャラルは生活雑貨を自分でそろえたいと言うので、午後の予定は帝都での買い物に変わった。
「あははっ、確かにシンザがぬいぐるみ屋さんに入る姿は想像つかないよっ」
「そっちこそ、意外と少女趣味なのだな」
「女の子なんだから当然でしょ! 姐さんとか、呼ばれ慣れちゃったけどさ……」
「慕われている証拠だ」
一通り買い込むと、俺たちはカフェで腰を落ち着かせた。
キャラルは久々の丘での食事に舞い上がっていた。
「ところでこのケバブサンドってやつ、本当に美味しいねっ!」
「それはそうだろう、ここのケバブサンドは帝都一だ。カツサンドはカーハ王国のベガル大使が通うほどだぞ」
「それ食べてみたい! おーいっ、カツサンド2つお願いっ!」
自分が好きな物をキャラルが幸せそうに食べてくれると、不思議な多幸感を覚えた。
しかし陸の食事に飢えていたのなら、もっとちゃんとしたメニューを選んだ方がいいのだろうか。
「あいよっ。ところでお嬢ちゃん、あんたアシュレイの彼女かい?」
「ぇ……そ、そう見える……っ!?」
「おばさん、若者をからかうなど人が悪いぞ」
「からかってなんかないよ、あんたいつだって一人で来るじゃないかい。それが女の子を連れてきたんだよっ、おばちゃん嬉しいよぉ~♪」
「そういうものか」
しかし美味い飯の席だというのに、ジラントが現れないのがまた妙だ。
珍しいこともあったものだな。
そう心に思い描いても、ジラントは口をはさんですらこない。
「上手くやりなよ? あたしゃ応援してるからね!」
「ありがとうおばさん! うんっ、私がんばるよーっ!」
なぜ俺の周囲の人間は、俺を蚊帳の外において結託するのだろうか。
まあいい。久しぶりのカツサンドは身に沁みる美味さだった。
「ねぇ……シンザ、今日は私の部屋にくる……? えと、か、飾り付けも手伝ってもらいたいなって!」
「いいな。ならばそれが終わったら、おすすめの異界の物語をアンタに読み語ろう」
なぜだかわからないが、キャラルにお気に入りの話を聞かせたいという欲求が働いた。
断られると悲しい。
「あ、うん……。なんか予定と違うけど……でも、それはそれで面白そうかも!」
「本当か?」
「うんっ、航海中は退屈だからね、面白い話は大歓迎だよ! いっぱいして!」
「そうか、ならば朝まで語り明かすとしよう」
胸の中で楽しい気持ちが膨れ上がるのを感じた。
朝まで一緒なら、もう名残惜しい感情を抱くこともない。
幼い頃、ゲオルグ兄上とアトミナ姉上と親しくなるにつれ、ずっと一緒にいたいと思うようになったことを思い出した。
「あ、朝まで……。う、うん……いいよ、朝まで一緒にいよ……」
「決まりだ。夜食にケバブサンドをテイクアウトするか」
「いいねっ、私気に入っちゃった!」
こうして、俺たちは買い物を済ますとエリンへと戻った。
その後、夕食を二度食いしてからキャラルの部屋の飾り付けを手伝い、それが済むと異界の物語を語った。
どういうわけかキャラルの寝間着が薄着で、最初は戸惑ったがな。
キャラルが夢中で話の続きを待ってくれるので、そんなことは気にならなくなった。
やがてプリベルの話になると、ジラントまで姿を現した。
キャラルはなぜか不満げだったが、やがて物語に夢中になり、2巻を発掘してくれと俺に頼み込むようになった。
楽しい一日だった。布教もできた。満足だ。
もう空が明るい。俺はキャラルと同じベッドを借りて、昼過ぎまで惰眠をむさぼったのだった。
ああ、湯たんぽが温かい……。




