18-8 帝都巡りと旅の約束 1/2
朝、誰かが部屋の扉をノックした。薄目を開ければまだ日も昇り切らぬ早朝だ。
誰だか知らんが後にしてくれ……。
俺は睡魔の誘惑に従い、夢の続きを求めて再び目を閉ざしていた。
「おはようございましゅでしゅ、アシュレイ様。アトミナお姉さまから、伝言があって来たでしゅ」
しかし肌寒い。掛け布団はどこだろうと手探りして、何か温かな物があったのでそれを引き寄せた。
「ひょぇぇーっっ、ア、アシュレイ様ッ?! 何するでしゅかっ、あっ、やっ、ダメッ、ぴぇぇぇーっっ!?」
この感触、覚えがある。これは大きな湯たんぽだ。
それを胸に抱き込んで、両足を絡めた。ああ、温かい……。
「止めて止めて止めてアシュレイ様っ?! ひーっ、なんか当たってるでしゅっ、当てちゃいけないものがっ、あたっ、ふ、ふぇぇぇ……っっ」
騒がしいな。街の子供たちが敷地に忍び込んでいるのだろうか。
湯たんぽが暴れた。湯たんぽが暴れることは、ままあることだ……。
「本気で怒るでしゅよっ!? もう離して下しゃいっ、ドゥリンには、ドゥリンにはアトミナお姉さまがいるんでしゅぅぅーー!!」
「ああ、子供には……芋でもやって、帰せ……」
「寝ぼけてないで起きるでしゅっ! キャラルちゃんが戻ってきたでしゅよっ!!」
キャラル……キャラルだと……?
「なぜそれを先に言わない! やっと戻ってきたのか!」
目が覚めた。胸の中になぜかドゥリンがいたので解放すると、小動物はベッドから飛び上がって部屋の端まで逃げた。
「こんなことになるとは思わなかったからでしゅ! もうアシュレイ様は起こしてあげないでしゅ! アトミナお姉さまに、言いつけるでしゅ!」
知らんうちに大変なことになっているな……。
しかしアトミナ姉上に言いつけられるのは困る。姉上はこの子のことを、実の妹のように思っているからだ。
「それは困る、頼むから黙っていてくれ。湯たんぽだと思ったのだ……」
「湯たんぽが朝起こしに来るわけないでしゅよぉーっ!? もーっ、アシュレイ様はいつもいつもーっ、周りの迷惑をもうちょっと考えるでしゅ!」
相当にご立腹なようだ。
俺はベッドに腰掛けたまま、いつの間にか妹感覚になっていたドゥリンを、どうなだめたものやら考え込まされた。
「あら、また準備してないの? 早く支度してキャラルちゃんを迎えに行きなさい、これはお姉ちゃんの命令よ!」
そこにアトミナ姉上がやってきた。
「念のため、歯磨きもちゃんとしていきなさいね?」
「わかった。そしてドゥリン、悪かったからさっきのことは黙っていてくれ」
「はぁ……もう、しょうがないでしゅね……。次やったら、ドゥリンが実力行使で成敗するでしゅよ?」
なんの話と姉上が俺たちに目を向けた。
ドゥリンのことだ、姉上に強く聞かれたら喋るだろうな……。
「キャラルちゃんが待ってるでしゅよ?」
「そうだった。次は沿海州に連れて行ってもらわないとな」
「それ、ゲオルグが知ったら軍を率いて止めにくるわよ……」
「かもしれん。目に浮かぶようだ」
俺は領主の館を出て、その高台から街へと自重しない速度で駆け下り、エリン港までひた走った。
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◇
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街が生まれているとは聞いていたが、直接立ち寄るのは今回が初めてだった。
いざ来てみれば、少し目を離した間にとんでもないことになっているなと、俺は人々のたくましさに感心させられた。
人すら住み着かなかった固い岩盤に覆われた土地に、街が生まれている。
崖の上からエリン港を見下ろせば、人々の手により木造の桟橋が3本も作られていた。
小さな漁船に貿易船、内海を得意とするガレー船までそこに停泊していた。
崖の上にはバザー街が生まれ、それを取り囲むように急場しのぎの宿屋や、勝手に住み着いた連中の掘っ建て小屋が立ち並んでいる。
港の方では積み卸し作業が大いに賑わい、よく見るとその中には、ヘズ商会のガレオン船もあった。
キャラルがいるならあそこだろうか。
俺は人と荷物でごった返す下り道を駆け下りて、ヘズ商会の船を訪ねた。
「姐さん姐さん大変ですぜ!!」
「だから姐さんって言うなぁーっ、船長って呼んでよーっ!」
「いやそれどころじゃねぇですよっ、シンザですっ、シンザが姐さんを迎えに来ましたぜ!」
「う、嘘……ッ!?」
すぐに顔見知りの水夫にバレて、キャラルに報告されていた。
大きな足音が響き、ガレオン船からキャラルの顔が生えた。
「シンザ、もうきてくれたの!?」
「ああ、アトミナ姉上にキャラルが帰ったと、叩き起こされてな」
「ああ、そういうこと……。それなら納得かな……」
「それより無事で良かった。そっちに行っていいか?」
「あ、うんっ! この船はシンザに買ってもらったようなものだからっ、いつでも大歓迎!」
約一ヶ月ぶりか。久々に顔を合わせたが、やはり明るくて気持ちのいいやつだ。
俺は接舷部にいた水夫を跳躍力任せに飛び越えて、ガレオンの甲板に乗り込んだ。




