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187/225

18-7 騎士に憧れた少年

 ギルドの昇級試験を受けて、人には見せられない特殊な本を持ち帰ったその日、俺は忘れていた予定を一つ思い出した。


「熱だと?」

「はいご領主様。しばらくは安定していたのですが、今日に来て微熱が出てしまったようで、食事もあまり喉を通っていません」


 それはコッドウォールの蔵から、俺たちが盗み出したあの少年のことだ。

 様子をうかがうつもりが、すっかり忘れていた。それが熱を出したらしい。


「体調が戻ったら私から報告しましょうか……?」


 影の薄い主人にメイドが控えめに言う。

 事実上、この館の主はアトミナ姉上みたいなものだろうな。


「いや、こういう時こそ芋だ」

「……ぇ? お、お芋ですか?」


「そうだ。こういうときはすり下ろした山芋に限る。よし、採ってこよう。厨房の目立つところに、下ろし金をおいておいてくれ、ではな」

「あ、あのっ、ご領主様っ、(いま)夜ですよっ!? あっ……」


 夜は俺のテリトリーだ。

 領主の館を飛び出すなり、瞳を覆うレンズを外した。

 この目のおかげで苦労したが、今となっては便利な特能でしかない。


 俺はエリン北の森に飛び込んだ。

 そして芋を探した。見つけた。せっかくなので5、6本確保して、館へと戻った。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



「はい……どうぞ……」


 扉をノックすると中から弱々しい少年の声がした。

 どうやら起きていたようだ。ランプに明かりが灯されていて、少年は窓の向こうの木々をただ眺めていた。

 その顔がこちらに振り返る。


「えっ……!? あ、アシュレイ様ッ!?」

「覚えていてくれたか。体調はどうだ」


「え、体調……あ、はい、だいぶ落ち着きました……。何もお返しできないのに、僕なんかを看病してくれて、ありがとうございます……」


 少年はかしこまった。だがそういう態度をされても俺は嬉しくない。

 そこで俺は、とろろ芋のお椀を彼に突き出した。


「熱を出したと聞いてな、芋を掘ってきた。さあ食え、これなら喉も通る」

「あ、あの……ぇぇ……? これ、僕のために、採ってきたんですか……?」


「せっかく救ったのだ、死なれては寝覚めが悪いからな。さあ遠慮するな、ぐいっといけ、それがアンタのためだ」

「ぅ……っ」


 受け取らないので踏み込んで突き出すと、少年が身を縮こまらせた。

 綺麗な顔をしている。まだ虐待の傷を身体中に残していたが、変態が好きそうなかわいらしさがあった。


「すまん、少し乱暴だったようだ」

「い、いえ……これは僕の問題ですから、アシュレイ様は悪くないです! い、いただきます……」


「まだ男が怖いか」

「はい……ごめんなさい、自分でも、情けないです……こんなの……」


 彼はトロロ芋を口に付けると、身体が栄養を求めていたのか、美味そうにすすりだした。

 さじで碗を擦って、綺麗に食べ切ってくれた。


 ……そういえば、自分の分を忘れていたな。


「ふぅ……すみません、お腹すいてたみたいで……」

「そのようだ。それだけ美味しそうに食べてくれると、採ってきたかいがあった」


「貴方は……やさしいです……」

「それはどうだろうな。俺は直感に従っているだけだ。元気になったようでよかった」


 こうして話してみると、ずいぶんと話しやすいやつだった。

 控えめで、謙虚で、この館に集まる連中の中じゃ希少な存在だ。どいつもこいつも自己主張が強いからな……。


「バルドゥールと申します、アシュレイ様。人からはバドとよく呼ばれます……」

「勇ましい名前だな。よろしくな、バド」


「はい、よろしくお願いします! そして、改めて、僕を助けて下さりありがとうございます……! ずっとお礼を言いたかったのに、タイミングを逃してばかりいました……」

「というより、単に俺が一カ所に留まれない人間なだけだろうがな」


 バドか。バルドゥールという顔ではないが、バドというのはかなり似合っている。

 歪みなく真っ直ぐで、応援したくなるようなところがあった。


「行動力がある証拠です。アシュレイ様、この身体がもう少し治ったら、僕に貴方のお手伝いさせて下さい!」

「手伝いか……。だが俺たちを手伝っていると知れると、アンタの家族が脅されるかもしれんぞ。それがヨルドの手口だ」


「僕は孤児ですから大丈夫です。父親が従者だったので、父が死の際に騎士団へと僕を紹介してくれたんです」


 身寄りない少年を狙ったか……。

 コッドウォールの末路に、多少の罪悪感を覚えたこともあったが……こんな子を狙うなど最低だ。


「だが男が怖いのだろう。今はいいからゆっくり身体と心を癒せ」

「そ、それは……平気です……。怖くなんかありません……」


「なら試してみよう」

「ッッ……?!」


 少年の手を取って彼の顔色をうかがった。

 青い顔をして震えている。これはまだ社会復帰は無理だ。


「へ、平気です……っ、僕は、男です、男なんて怖くない……ッ、ッッ……」

「アンタは偉いな。そうやって辛いものと向き合おうとする。俺は面倒ごとから逃げてばかりだ」


 せめてもの慰めに、彼の手のひらをやさしく撫でた。

 こんなもの見せられては、慰めずにはいられんだろう。性別は関係ない。


「いっぱい……酷いことをされました……」

「だがこうして切り抜けた。もう悪夢は終わっている」


「苦しむ僕を見て喜んでいました……。助けてと、僕が懇願すると、アイツは嬉しそうに笑った……悪魔のようなやつだった……」


 それはサディストというやつだろうな。

 そこに良心の欠落という欠陥が加わると、暴力を心から楽しめる怪物が生まれる。これも異界の本に教わった。


「赤く燃える焼きごてを押し付けられて……。なんの理由もなくいきなり殴られて……。あばらが折れそうなほどに、臭いアイツの身体が僕を締め付けた……」

「だがコッドウォールは死んだ、もういない。悪行に相応しい無惨な死に方をした。アンタはもう安全だ」


 口にせずにはいられないのだろうな。

 自分が何をされたのか、誰かに話したかったのだろう。


「貴方は、素晴らしい人です……」


 彼は身体から震えが止まった。

 こちらの手を握り返して、何やら俺を勘違いし始めたのか、何やら幸せそうに妙なことを言った。


「お願いします、僕に身の回りのお世話をさせて下さい。今の僕には、そのくらいしかできないですから……」

「悪いがそれは断る。俺は放蕩皇子だ、一カ所に留まるのが苦手でな、小姓など必要ないのだ」


「ではついて行きます!」

「なおさらダメだな。それは俺の自由を阻害する。ん……?」


 ノックが鳴った。何かと思い振り返ると、それはアトミナ姉上とユーミル嬢だ。


「あらアシュレイ、意外なところにいたわね……」

「そっちもな。ん、それは?」

「厨房に山芋があったのよ。これならバドくんも喉を通ると思って、私たち擦ってきたの」


 誰も考えることが同じだな。

 俺が掘ってきたとは言わないでおこう。


「よかったなバド、腹が減っていただろう」

「え……っ?」

「ちゃんと食べなきゃダメよ?」

「つい作りすぎてしまった気がするわ。けど何も食べてなかったんだから、このくらいいけるわ。がんばって、バド!」


 しかしさすがに三人前も食わされたら吐くか。


「あの、僕はもう、アシュレイ様から貰いましたから……」

「なんの話だ?」


「とぼけないで下さいよぉっ!?」

「あら……あの山芋、貴方が採ってきたの? 意外に良いところあるのね……」

「大丈夫よ、三人前くらい入るわ♪ だって男の子ですもの♪」


「無理です、そんなにいっぱい入りませんよぉっ!!」

「そんなのダメよ。ちゃんと食べなきゃ良くならないわ。それにアトミナ皇女様が、下ろし金で手を少し擦ってしまった下ろし芋よ? ちゃんと食べないと罰が当たると思うわ」


 性格的に姉上とユーミルは合うようだ。

 笑い合いながら少年にとろろ芋の入った碗を押し付けていた。


 山芋は見た名以上に腹が膨れるからな。バドはもう腹がいっぱいだろう。

 ただそのことを説明しても、この状態になった姉上は止まらない。これは経験則だ。


「だが三人前は死ぬな。よければそっちは俺にくれないか?」

「あら、アシュレイくんは私の手料理が食べたいの? そうね……いいわ、特別にあげる」


 芋を擦っただけで手料理と呼ぶのはどうなのだろうな。

 ユーミル嬢からお椀を受け取ると、さじを使って口へとかっ込んだ。


「ひうっ!? お、お腹っ、本当にいっぱいなんですっ!」

「遠慮しちゃダメよ。まともに食べてなかったんだから、ちゃんと食べなさい」


「だ、だから……そんなに一気に入らない……」

「皇女命令よ。食べなさい、バドくん」


「ひぅぅっーー!?」


 口へとトロロ芋を一方的に押し込むそれは、もう半分虐待だな。

 だがそれも愛ゆえだ。俺は姉上の愛を否定できるほどに偉くなどない。


 俺は同情からバドの肩を軽く叩いた。

 すると彼は男性恐怖症をほんの少しだけ克服したようだ。

 スキンシップに震えたり、声を上げるようなことはなかった。


「食欲がなくてもちゃんと食べなきゃダメよ。アトミナ様、私が押さえつけておくわ」

「えっ!?」


 ただ女性恐怖症はどうだかわからんな。

 一瞬止めようかとも思ったが、姉上に介抱されるその姿を見たら気が変わった。


 たまには荒療治も必要だろう。

 ああ、断じて俺は、こんなに弱った少年に嫉妬などしていない。

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