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18-6 暗躍する者たち2 / 兄弟だけのピクニック 2/2

「あっ、あれってゲオルグじゃない!?」

「ああ、そこの門をくぐったとジラントが教えてくれた。あれは兄――上?」


 大地が揺れていた。兄上を乗せた馬が、一直線にこっちへと突進してきたからだ。

 帝国の危機でも訪れているかのような、鬼気迫らん勢いで、ゲオルグ兄上がピクニックの会場に馬でやってきた。


「うっ、おぇぇ……」


 案内人ジラントは酔っていた。

 ゲオルグ兄上に馬から下ろしてもらうと、フラフラと危うい足取りで俺の前に来て、両肩にしがみついたかと思えば消えていた。


「消えたわ!?」


 馬は大きく呼吸を乱している。無茶な飛ばし方をしてきたようだ。


『もう、二度と使いなど、せぬぞ……うぷっ?!』


 すまん、兄上の代わりに謝ろう。それとありがとう。


『ふんっ、さっさと兄弟の時間を過ごせ……はぁはぁ、ぅっ、うぐ……我が輩は、少し休むぞ……』


 兄上は馬に水筒の中身を飲ませて軽くいたわり、続いてどっかりとシートに座った。

 それを見て俺たちも腰を落として、ようやく昼飯が食べられるとバスケットを開く。


「仕事があったのだがな、こういう日も必要だろう。しかしこれはまた、ずいぶんと作ったな……」

「急ぎだったから間に合わせよ。アシュレイがお腹いっぱい食べられるように、ドゥリンちゃんに手伝ってもらってがんばったの!」


 大きなバスケット3つに軽食が詰まっていた。

 パンに挟まれた具材はハム、卵、青菜、焼き肉が主だ。最後のはもしかしなくとも、帝都のケバブサンドを参考にしたのだろう。


 オレンジを食べやすく切ったものや、摘まむのにちょうどいいナッツ類、サクサクのクラッカーと、脂肪抜きされたチーズも用意されていた。


 アトミナ姉上が白昼下にまぶしいサンドウィッチを手に採って、俺たちに渡すとゆっくりとした時間が始まった。


「どうかしら? その卵のサンドウィッチ、ドゥリンちゃんから教わったのよ。アトミナお姉さまの卵サンドが食べたいでしゅ、って、ふふふ♪」

「目に浮かぶような話だ。ああ、確かに美味いな」


 兄弟だけの集まりなのに、どうしてそんなに固いのだと姉上が不満そうに兄上を見た。

 昔は心やさしい貴公子様だったのに。それこそが俺たちの不満だ。


 まあ、俺はまず食欲を満たすことを優先したがな。


「ゲオルグ、帝都ではちゃんとご飯食べてる? なんだか心配だわ……」

「食べているに決まっている。食べなければ身体が維持できん」


「そうだけど……もっと食べなさい! なんだか心配だわ、ほらアシュレイくらい食べなさいよっ」

「常人に無茶を強いるな……」


 ゲオルグ兄上とアトミナ姉上を盗み見ながら、俺はやわらかいサンドウィッチを腹に詰めた。

 この焼き肉サンド、やはりおばさんのケバブサンドに似ている……。美味い。

 平凡な幸せについつい微笑みがこぼれた。


「何か喋れ、俺ばかりアトミナにからまれるではないか……」

「何よその言い方、ゲオルグが静かだから私が代わりに盛り上げてるのよ!?」


 俺には兄上と姉上がじゃれているようにしか見えない。

 兄上も独特な人間だからな、一見落ち着いているように見えて、内心ではしゃいでいることもある。


「堅物の兄上が仕事を投げ捨てて来てくれたんだ。その時点で十分過ぎるだろう」

「むぅーー……」


 返答が気に入らなかったのか、姉上が俺の顔を至近距離からのぞき込んだ。

 やはり姉上は美しい。これ以上となるとやはり他にいないかもしれんな。


「アシュレイまで大人みたいなこと言って……。お姉ちゃん寂しい……もっとはしゃぎましょうよっ!」

「俺とアシュレイを呼びつけて、はしゃげと言われても性格的に無理だろう」


「でもーっ、小さい頃のアシュレイはもっとかわいかったわ! ゲオルグだって、なんでそうなっちゃったのよーっ!」


 脂肪抜きチーズをクラッカーで挟んで食べると、恐ろしく美味い……。

 というより、このクラッカーは姉上の手作りか……? これが食えなくなるのは大損失だ。食が進んだ。


「ああ、幼い頃のアシュレイはかわいかった。そこは否定せん」

「そうよねそうよねっ! お姉ちゃんって呼んでくれたあの日、私思ったの! この子と結婚したいって……」


「何を言い出すのだお前は……」

「姉上は変わらんな」


 姉上の口から言われると、何か胸が苦しくなってくるものがある。

 俺だって幼い頃は、己が呪われた子であることを知りながらも、姉上とそうなりたいと願ったものだ。


「だって、心配なんだもの……。私の知らないところで、死にかけてたりしないかもう、気が気じゃないのよっ!?」

「それはある。きっとそれはギデオンも同じ感情だろう。お前はもう少し、俺たちに愛されている自覚を持て」


 よくも堂々とそんな恥ずかしい言葉を言えたものだ。

 恥じらいに食欲がそがれて、俺は高台の下に広がるエリンの町並みと、向こう側に広がる海の輝きを見た。


「自覚はしよう。だが止まるのは無理だ、一日が始まると身体が勝手に動く」

「はぁぁ……困った子ね……」

「せめて出かけるときは、どこに行くかだけでも俺たちに伝えてくれ……」


「善処はしよう」


 もう次はないかもしれない。そんな思いが俺たちの胸にあった。

 だからアトミナ姉上は入れ込み、ゲオルグ兄上も仕事を投げ捨てて飛んできた。


 終わりが近づいている。

 父上亡き帝国は混迷を極め、俺たちに決断を迫るだろう。


「アシュレイ、あーん♪ あーんしなさい?」

「姉上は絶対にブレんな……」

「フフ……大事な姉の頼みだ、付き合ってやれ」


「ゲオルグ、あなたもよ? あーん♪」

「バカを言うな、もしも軍の連中に見られたら、今日まで築いた威厳が台無しだ!」


 俺たちはまたエリンの地でピクニックをしようと約束した。

 もちろん姉上に、俺も兄上も口へとサンドウィッチをねじり込まれたのは言うまでもない。


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