18-6 暗躍する者たち2 / 兄弟だけのピクニック 1/2
・第三帝位継承者
私の名はオリヴェ。人にはベック侯と呼ばれている。
皇帝家の三男であるが、母が北方の盟主アインベック公爵家の出のため、25のときに叔父から家督を譲られた。
似た立場の次男ジュリアスが帝都に身を置いているのに対して、俺はここアインベックの地で南方をうかがっている。
北方貴族との連携を強化しながら、どう動いたら利益に繋がるか、隙あらば兄弟を出し抜き皇位を獲得するつもりでいた。
「モラク様がいらっしゃいました」
「モラク……わざわざここにか? 元気なジジィだな」
いつものところに通せと従者に命じて、私は5万クラウンかけたジャケットに袖を通してシベットを焚いた。
それから十分に香りが身体に移るのを待って、自慢の博物館に向かう。
「やっとか。お前はことあるごとに人を待たせる男だな……それではまるで姫君のようだ」
「嫌みを言いに、わざわざこんな北方にまで来たのですか、モラク叔父上」
叔父上は私のコレクションに目を奪われていた。
ここはありとあらゆる骨董と芸術品がひしめく、帝国で最も華やかな空間だ。
「話があってきたに決まっているだろう。お前の好きそうな手土産も持参している」
モラク叔父上は桐の箱を机に置いた。
骨董品だろうか。だが箱は最近作られた物だ。
「これは……角。いや、ただの動物の角ではありませんね」
「ふんっ……お前のために大枚を叩いてきた。いらないと言われても困るからな」
シルクの手袋を通して、私はその一角を箱より取り出した。
私の持っている、とある物に似ている。私は白いその角を箱に戻し、博物館の奥から黒い角を抱えて戻った。
「これは……有角種の角……! それも遙か昔に消えたという、白い角の種族か!」
「ふん……気に入ったようだな」
「気に入った! くれるのだな、これを私に!? 代わりに何をすればいい!?」
「オリヴェ、お前は話が早くて助かる。面倒な他の皇子に見習わせてやりたい」
モラクはたびたび私に袖の下を差し出す。
私もそれを拒まなかった。くれるという物を貰わらないのはバカだ。
価値ある物は、私の博物館に集まるべきなのだ。
「美しい……。これがこの地上で、最も栄えた栄光の種族が、その額に掲げていたもの……まさに、この私に相応しい逸品だ……」
「オリヴェ、お互いに思うところや立場があるだろうが、まずは手を結んでみぬか?」
モラクというこの老人の恐ろしいところは、議長という立場だけではない。あらゆる政争に慣れ切っているところだ。
皇帝の兄とは名ばかりの、見下げ果てたクズだが、敵に回すとこっちがとり囲まれかねない。
「くれるならなんだってしよう。よくこれほどの逸品を見つけてくれたな……!」
「年寄りを舐めるな、お前を説得する切り札として、10年前から用意しておいたものだ」
「それが本当なら気の長いことだ……。それで、何をすればいい?」
「ふん……。世継ぎ争いが、力と力のぶつかり合いになれば、俺たちは不利になる。南方貴族を束ねるジュリアス、騎士団のヨルド、帝国軍のゲオルグ。どれも強敵になる」
アインベックが束ねる北方貴族もそれ相応に大きな勢力だ。
しかしモラクが言うとおり、北は鉱物資源こそ豊かだが気温もあって人口が少ない。南と争えば食料の輸入も途絶える。
「ならばどうするつもりだ?」
「帝都に新しい法律を作るのだ。名前は、非常事態法。帝都に限るが、内戦などの緊急時は、議長である俺の命令が絶対となる法律だ」
「つまり私が北の諸侯を説得すればいいんだな?」
「そうだ。そちらの票があれば、後はいつもの買収でどうにかなる」
私は考えた。この法律が私の利益になるかどうかを。
この法案に最も困るのは、帝国中央の守護者ゲオルグだ。モラクに従うか、それとも決起するかを強いられる。
「わかった、協力しよう。ただし諸侯の説得には袖の下がいる」
「もちろんそれも出す」
「エリンと呼ばれる地に、新しい港が生まれて、最近羽振りが悪いと聞きましたが、大丈夫ですかな?」
「ッッ……! だからこそ、あのアシュレイの後ろ盾を潰すのだろう!」
「アシュレイか……。モラク叔父上が毛嫌いしているが、私はアレが嫌いではないよ。あの竜の目玉、前から欲しいと思っていたんですよ。父上とゲオルグがいなくなれば、捕まえてえぐり取るのもいい……」
そして私の博物館の中で、あの竜の目は、哀れな皇子がいた歴史を語り継ぐ。
「ですがゲオルグを追い詰めすぎると、私たちに失望して、クーデターを起こされるかもしれませんよ?」
「そのときはゲオルグを倒す大義名分が立つ。後継者同時を戦わせて、どちらかが滅びるのを待てばいい」
「それは悪くない。わかった、この話乗った」
実際はそう都合よくもいかないだろう。だが、この贈り物が気に入った。
しばらくの間だけ、モラクと口裏を合わせておこう。
どうせ他の皇族も私の性質を知っている。
もっと素晴らしい貢ぎ物が差し出されたら、この哀れな年寄りを見限ろう。
◆
◇
◆
◇
◆
・弟
姉上とのピクニックは結局、領主の館から歩いて5分の場所になった。
兄上が合流できなくては意味がないからな。敷地のなかでも眺めがいいところでやることにしたのだ。
「ゲオルグはまだかしら……ねぇ、ジラントちゃんはなんて言ってるのっ!?」
「そう急かすな、すぐに着く、だそうだ」
「それ、さっきも言ったじゃない! はぁ……先に始めちゃう……?」
「落ち着いてくれ、今日の姉上は少しおかしいぞ」
管理された芝生の上にシートを敷いて、俺たちはその上でゲオルグ兄上を待っている。
姉上はソワソワとしきりに館の玄関口に目を向けては、立ち上がったり座ったりを繰り返した。
昼間の白い日差しが、姉上の美しいブロンドを光に透かせている。
誰もが憧れる理想の皇女の姿がそこにあった。
「もうっ、それはアシュレイがすぐに姿をくらますからでしょっ! せっかくの兄弟の時間が、お姉ちゃんは少しでも長く続いて欲しいのよ!」
「……なら、今度は姉上とドゥリンも遠征についてくるか?」
「あらっ……いいのかしら?」
「いや冗談だ。そればかりは兄上も許さんだろう」
それよりまだなのか、ジラント?
このままでは姉上が何を始めるかわかったものではないぞ。
『ちょうど今、そこの門を、くぐった、ところだ……。そなたの兄は、意外と、ぅっ……乱暴だな……』
それはどういう意味だ?
『イヤでもすぐにわかる……』
俺も姉上の隣に立ち上がって、入り口の方を見た。すると――
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申し訳ありません。
静岡県の飲食店がGW中の自粛要請を受けて、作業場を確保できなくなってしまいました。
現在ストックの維持に大きな支障が出ていまして、近々ペースダウンをせざるを得ない状況に追い込まれています。
自宅での執筆も試しましたが、効率が3分の1くらいになっていまして、連載の維持が難しくなっています。
さらにネット小説大賞二次に落選までしてしまいました。
なので近々、更新ペースの変更をせざるを得ません。ご了承いただければと思います。ごめんなさい。




