18-6 暗躍する者たち1 / シンザの日常
・マザコン
「なぁ、いつくたばる?」
「もって後、半月といったところかと。今すぐ様態が悪化して、崩御されるかもわかりません」
それは朗報だ。父上が赤竜宮に閉じこもって、健康的な生活を徹底してくれたおかげで、皇子である僕たちに出番が回ってくることはなかった。
それがもうじき終わる。あまりの嬉しさについ表情が緩んでも、それは仕方がない。
「そうか。じゃあ今のうちに噂を流そう」
「噂、ですか?」
「うん、ママがねぇ、言うんだよ……。勝つために手段を選んじゃいけませんよ、ジュリアスちゃん♪ ってさぁ」
「はい」
ママの言葉は絶対なんだ。ママは絶対に間違いを犯さない。
ママのアドバイスに従って、僕はここまで上り詰めてきた。
「だからさ、皇帝は毒を盛られてるって、噂を流そう」
「……そうなると犯人が必要になりますね。誰にされるのですか?」
「ドゥーネイルのババァとモラク叔父さんだね」
「それは……向こうも黙っていないのでは……?」
あの二人は狡猾で厄介だ。片方は議会と学校機関、もう片方は国教会を掌握している。
軍事力は大したことないけどね、放置するとこっちが追い込まれる。
「何言ってんの? だってママが言ってたよ? バレない嘘は、積極的に使いなさい、かわいい私のジュリアスちゃん♪ ってさぁ!?」
「はぁ……そうですか」
小姓は困惑していた。
だけど僕は、自分がマザコンであることを誇りに思っている。
息子がママを愛することを、恥じらうことの方がおかしい。僕はそう思うんだ。
「あ、引いたでしょ今?」
「いえ……」
「ママの実家はさ、前の世継ぎ争いでバカを見た家でさぁ? その時、ママは学習したんだって。どんなに汚い手を使おうとも、勝った方が正義を決めるんだって」
「それは……真理の一つですね」
「だろぉ!? 勝つやつはさ、だいたい卑怯な手を使うんだよ。だから勝つ。当然非難されるけど、結局最後は汚いやつが勝って、みんなが黙るんだよ。それが歴史の真実だよ、勝利者はみんな最低なのさ!」
ママは悔しく思っていた。
前の世継ぎ争いで、自分たちの家が負けて、家を守るために皇帝へと輿入れするしかなかったことに。
父上との結婚生活は最低だったと、そうママは言っていた。
僕の愛するママを傷つけるやつは、父親なんかじゃない!
「ではお言葉の通りに……」
「次の議会は荒れるだろうね、あははっ! 野党にモラク叔父さんが糾弾される姿が見えるよっ! ……あ、皇太子のバカはどうしてる?」
「例の宝石を抱えて眠ってばかりいるようです」
「そうか。廃嫡にはモラク叔父上も反対しないはずだ。その後、誰と争わせるかだね。ここは慎重に考えないとな」
変人のアシュレイはともかく、ゲオルグは世継ぎ争いに勝利した方を立てるだろうな。
それにヨルドを潰すには、帝国の将軍ゲオルグが必要だ。ゲオルグは選択肢から外そう。陥れるには人気も高すぎる。
「貴方は恐ろしい方です……。つくづく手段を選びませんね……」
「当然だろ。ああそうだ、白騎士がくれたアレはどうなった?」
「捕らえた錬金術師によると、釜の方は完成したそうです。後は素材だと」
「素材かぁ……」
「古くは、老兵を使ったとアレに書かれていましたが」
「老兵か、いいね。なら身よりのない年寄りを使おう。縁のない若い奴でもいい。そういう連中をうちの領地からかき集めて、使っちゃって。今はゲオルグとヨルドに対抗できる軍事力が必要だからね」
使えない年寄りは経済の邪魔だ。
老いた親を山に捨てるくらいなら、溶かして神代の軍勢に変えてやった方が幸せだ。
「は、お言葉のままに……」
世継ぎ争いが内戦にまで発展したら、それこそ僕の時代の始まりだ。
誰にも傷つけることのできない最強の鎧巨人たちが、僕の皇帝としての栄光を約束するだろう。
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・本の虫
疲れていたのでその日は休暇にした。
自室に引きこもり、溜めに溜め込んだ本に目を通した。
ジラントも付き合ってくれたが、あいにくこの本は彼女の好みではないようで、彼女はベッドに寝そべってうたた寝していた。
「読書そのものは有意義な趣味だ」
「ん? ああ……」
「だがな、主人である我が輩を放置して、本にばかり目を向ける。これはよくない、わかるな?」
「ああ」
「いいやわかっておらんっ! 貴重な休暇を、このまま部屋に閉じこもって過ごすつもりか!?」
「別にいいではないか。外に出れば健康的というわけではない」
要するに一人で遊べないから構えというなら、カチュアあたりに絡むといい。
今の俺は忙しい。久々に当たりの冒険小説を引き当てて、三巡目の読み返しに入っていた。
◇
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◇
しばらくして、そこにアトミナ姉上がやってきた。
まだ昼を前にした時刻だった。
「アシュレイ、お休みならちゃんと言いなさいよっ! さ、お姉ちゃんと、ピクニックに行きましょっ!」
「ピクニックか、悪くないな。ゲオルグ兄上は?」
「残念だけど今日は帝都勤めね……」
「そうか……」
兄上がいないと兄弟の休暇という感じがしない。
それに姉上は世話焼きだからな、兄上がいないと歯止めが利かん。
「おいこら待てっ! 我が輩とアトミナで態度が違うだろうっ!?」
「ごめんなさいね、ジラント様。うちの弟っていつもこうなのよ。私のことがよっぽど大好きなのね」
「なぜそうなる……」
ジラントとはこの先、死ぬまで一緒なのではないかと思う。
だが姉上は別だ。いつ別れることになっても、悔いがないようにしたい。貴重な時間なのだ。
「む……。ゲオルグを呼べばいいのだな……? そのくらいの使いなら、我が輩が手伝ってやってもいいぞ……」
「いいのっ!? そうね、ジラント様の頼みならあの子も断れないはずだわ! お願い、ゲオルグを呼び出して!」
これはまた頭の中を読まれたようだ。
嬉しい反面、全て筒抜けなのかと思うと、余計なことを考えて嫌われやしないかと思う。
『うむ、気にするな。そなたが誰よりも我が輩を敬愛しているのは、もはや疑う余地もない。我が輩にどんな劣情を抱こうとも許そう』
まあ、そういう面もあるかもしれないな。心の片隅のどこかに。
こうして俺と姉上はジラントに連絡を頼むと、久々のピクニックに出かけることになったのだった。




