18-2 おっさんとゲオルグ
・帝国最強の将軍
アシュレイが遠征に旅立ったその少し後、帝都宮殿の書斎に手紙が届いた。
差出人はユーミル姫だ。ようやく剣が完成したので、エリンまでご足労願いたいとあった。
「フ……ついにきたか」
アシュレイが新しい得物を得てより、ずっと俺は羨ましいと思い続けてきた。
あの黒いスコップは、帝国の技術力では追い付かない、古代の知恵と素材を使った最強最硬の武器だ。
待ちに待ちかねた報告だった。
しかし仕事が残っている。
将軍という立場になると、練兵所で剣ばかり振るってるわけにもいかなかった。
冷めた茶を一気に飲み干し、鈍っていた作業の手を一度止める。
願うだけでは仕事は消えん。やるしかない。午前中のうちにこの書類の山を片付けて、練兵をキャンセルして、エリンの鍛冶師の元に向かう。
俺は気力の続く限り、書類仕事を急務で進めていった。
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愛馬を飛ばせばすぐにエリンだ。
予定をやりくりして、俺は夕刻前にどうにかエリンにたどり着いた。
「やっときやがったな!」
「お呼び立てしてしまってごめんなさい。けど、この人を連れて宮殿に行くわけにもいかないでしょ……」
エリンの鍛冶工房に向かうと、そこに鍛冶師殿とユーミル嬢の姿があった。
「なんだよその言い方はよぉっ! ああそれより見ろ、やっとできたぜ! この俺ともあろう者が、5回も作り直しちまった!」
「5回も付き合わされましたわ……。腕がもうパンパンよ……」
その鍛冶工房は新設されて間もないものだ。
新築の匂いのする建物の中に、鉄と石炭の匂いが充満している。
ユーミル嬢の手から待望の剣を受け取った。
鞘から抜いてみると、魔霊銀の黒ずんだ輝きが現れた。見ただけでわかる。これはとてつもない業物だ。
「素晴らしい……。だが、これを貴女が?」
「そうよ。だってしょうがないでしょ、みんなこの人を幽霊だって怖がって、ハンマーを握ろうとしてくれなかったんだもの……」
「カカカッ、幽霊が怖いなら、人の命握る鍛冶屋なんて廃業にしちまえ!」
ところで柄の部分に妙な装飾が取り付けられている。
丸い輪のような何かだ。それもまた鉄でも銅でもない奇妙な材質だった。
「それはラウリルの輪だ。アウサルの野郎の倉庫に眠ってたみたいでよ、せっかくだから組み込んでおいた」
「これが初代皇帝、アウサレウスの遺産だと……?」
しかしこれがどんな力を持っているのか、俺にはよくわからない。
偉大なる皇帝にあやかれたおかげか、力がこみ上げてくるかのようだ。
「カカカッ、アイツもヘンテコな名前付けられたもんだな!」
「それはダークエルフとライトエルフが力を合わせて作った物よ。輪の中のスロットに、特殊な宝石をはめ込むと、その道具に魔法の力を持たせることができる。ってこのおじさんが言っていたわ」
よくわからない。
魔法の力と言われても、俺は魔法など見たことがない。
「シンザの実の兄貴とは思えんくらい、頭の固ぇ野郎だな……。つまりよぉ、剣から火とか氷が出るのよ。とはいえ合成した宝石を消費するからな、バカみたいに金がかかるのが難点だ」
「とにかく使ってみればわかるわ。これをはめてみて」
ユーミル嬢から赤い宝石を受け取った。
親指ほどの大きさのルビーに似た石だ。言われた通りに輪へと近付けると、カチリと綺麗にはまっていた。
「ほれ振ってみろ。ああ待て、人に向けて振るなよ、あのへんにしとけ」
「普通の剣で十分なのだがな……こうか?」
その剣は鋼よりも質量が高いようだ。
だが俺の身体にはちょうどいい。力いっぱい振り下ろした。
すると剣から炎の波が生まれて、工房の白い壁を薄く焦がしていた。
「お、安定してるな」
「そうね、ゲオルグ様にはちょうどいいと火加減だと思うわ」
俺は堅物だ。理解が現実に追い付かない。
もう一度剣を振る。また炎が波となって壁を炙った。
「……むぅ」
剣を鞘に戻して、宝石を取り外した。
それから俺は窓辺に立って、両頬を叩いてこれが夢ではないことを確認した。
「本来なら武器の方が先に壊れる。だが俺は天才だ、壊れないだけの逸品を作り上げた! 要するによーっ、宝石の魔力を使い切るまで、お前は最強の将軍であり、魔法剣士ってわけよ!」
「ゲオルグ様、何か不満があるのかしら……?」
「いや、処理しきれない状況を目にして、単に頭が動いていないだけだ。剣にして、槍よりも長い射程距離か……」
「それだけじゃねぇぞ、よしこれ斬ってみろっ!」
「きゃっ!?」
ユーミル嬢が何かをこちらに投げた。
斬れと言われたので、つい訓練の感覚が抜けずに、その何かに向けて魔霊銀の刃を一閃する。
すると軽い手応えが生じて、投げられた鉄鉱石が真っ二つに割れていた。
「ちょっとっ、人の身体を勝手に動かさないでって言ってるでしょ!」
「わりぃわりぃ、説明するのが面倒でよー。で、満足かよ、帝国最強の将軍様よ?」
鉄をも両断する刃か。
これがあれば、アシュレイやヨルドに遅れを取ることもないだろう。
信じられん。こんなものがこの世に存在するなんてな……。
「ああ、とても言い表せんくらいに素晴らしい……。まるで武神にでもなった気分だ……。鍛冶師殿、もっとこの魔霊銀の剣を作れないか?」
「いや、それ一本で結構手間がかかったからな……。だがま、地下帝国の東口、白の地下隧道の先に、古い魔霊銀の鉱床があったはずだ。探せばまだ見つかるだろうな」
「すぐに人を送ろう。何本か部下に持たせておきたい」
「ちょっと、そんなに沢山なんて、私の身体がもたないわよ……」
ヨルドよ、いつかは俺の弟を人質にしてくれたが、次はそうはいかん。
必ず返り討ちにして、お前に法の裁きを下してやる。
この剣、気に入った。
この後エリンの館に泊まってゆくと、アトミナに笑ってばかりで気持ち悪いと言われてしまったほどにだ。
この章は、番外編が大目になっています。
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