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18-1 病床にて 1/2

前章のあらすじ


 シグルーンの気まぐれをきっかけに、シンザたちは知恵者である有角種の援助を得るため、世界の最果てへと向かうことになった。

 その道中、彼らはたまたま立ち寄った小さな町で、騎士アウレウスと出会う。


 彼はシンザの正体がアシュレイ皇子だと見抜いた上で、結社ベルゲルミルの影への渡りを付けたいと言う。

 これから始まる時代への不安ゆえに、彼は新結社の存在に期待を寄せていた。


 遠征にアウレウスを加えて、一行は最果ての荒野にたどり着く。

 その先に広がる広大な砂漠を進み、異形の怪物たちの襲撃を跳ねのけて砂嵐をやり過ごすと、彼らは苦労の果てに有角種の里へとたどり着いた。


 だが里の者たちはシグルーンを歓迎しなかった。

 彼女もまたアシュレイと同じく、呪われた子として扱われていたからだ。シグルーンが生まれたその年、彼女を除く全ての赤子が死産となった。


 そんな冷たい歓迎とは裏腹に、その地の里長は古いタイプのギャル(死語)だった。

 その里長プレア曰く、自分たちは箱船の守護者であり、外の世界の混乱に関われないという。


 しかしジラントを交えた交渉の結果、箱船の底に存在するアビスの大門を封じることを条件に、里長は協力を約束してくれた。


 かくしてやってきた箱船――有角種の聖域は、清浄だが住民無き抜け殻の世界だった。

 シンザたちがその地下を下り、深部にあった隔壁の向こう側に入ると、そこにアビスの大門と、守護者と名乗るアビスの住民がいた。


 彼は言う。白公爵がアシュレイ皇子をアビスに招待していると。

 周囲は反対したが、シンザはアビスの世界を見てみたいという一心で、その招待を受けてしまった。


 守護者と共に恐ろしいアビスの世界を下る。

 やがて黄昏の終わらない不思議な世界にやってくると、その地にあった館の庭園にて、白公爵と名乗る高位の存在とシンザは茶の席を囲んだ。

 彼はかつて天上で起きた悲劇を語った。


 アビスに堕ちて精神まで怪物と化した彼らも、高潔さという一点だけはいまだ揺るがない。

 果てしない年月の果てに、白公爵は裏切られて当然の存在だったと自らを認め、シンザにとある頼みごとをする。


 天上の土地の一部がアビスに漂着していた。

 かつての己が住んでいたその土地は、アビスの影響を受けて少しずつ汚染されている。汚れの源を穿ってくれ。


 シンザは彼らが相容れない敵であることを理解しながらも、その願いを受け入れ、汚れの渦を払った。

 これにより小さな楽園に輝きが戻り、アビスの者たちの心にほんのわずかな救いがもたらされた。


 シンザは地上に戻り、守護者は言葉を残してアビスの大門を自ら閉じた。

 彼は言う。有角種は最初から、世界を滅ぼしてまで生き延びるつもりはなかったと。


 報告に戻ると里長プレアはシンザに感謝した。

 彼女は自ら技術師団の一人として、エリンへの出向に加わった。


 執政官プィスは突如エリンに現れたプレアに困惑した。

 どうやら彼はギャルがだいぶ苦手なようだ。耽美なのが彼のお好みだった。


―――――――――――――

 終焉 誰が為に鐘は鳴る

―――――――――――――


18-1 病床にて 1/2


・皇帝


 私は幸せ者だ。死を目前にしながらも、時折そう思い返す。

 己の終わりを覚悟するのに十分な時間を与えられ、古い友が付きっきりで、私に昔話をしてくれるのだから。


「初めて会った頃は、お互いにそりが合いませんでしたな。繰り返し申しますが、なぜあなたの小姓に配属されたのか、当時の私は納得がいきませんでした」


 政争に破れ自害した兄たちや、辺境にて夜盗の刃を受ける人々や、子に野へと捨てられる老人たちと比較すれば、今の私はなんと、ゆとりある死を許されていることだろうか。


「貴方もそうでしたな。私に庶民の血が半分流れていると知ると、貴方は私への態度をさらに冷たいものにしました。今思えば、私たちは住んでいた世界がまるで違ったのでしょう」


 ギデオンは私に涙しない。嘆き悲しまれると、病人がかえって苦しむことになることを、彼はよく知っているからだ。

 私は惜しまれながらも、穏やかに今も見守られていた。


「この役目は長くは続かない。私は当時そう思ったものですが、どういうわけか、貴方は私を更迭しませんでした。あの頃の貴方はプライドが非常に高く、意地っ張りでしたから、私を屈服させようとでも思ったのでしょうかね、ふふふ……」


 まどろみながら、ギデオンの昔話を途切れ途切れに聞いた。

 それは私に夢を見させてくれた。


「サイコロ遊びに、姫君たちへのナンパ、下品な大衆文学。貴方に妙な遊びばかり教えるので、私は小姓長に睨まれておりましたな……」


 身体が自由に動く幻想と、まだ精神が磨耗する前の、若かった当時の私が戻ってきた。

 そうだ。当時の私は褒められた人間ではなかった。


「当時の私たちを思い返せば、アシュレイ様を笑えませんな。私たちは若さゆえに未熟で、時に傲慢で、軽率で――そうですな、きっとお互いに我が強かったがゆえに、性格が合わなかったのでしょう」


 だが大切なことをこのギデオンに教わった。

 庶民もまた人の心を持ち、私が羨んで止まぬほどに自由で、精一杯に今を生きているということを。


 私の話は飽きましたかとギデオンに聞かれたので、私は否定として、彼の手を握り返さずに答えた。


「そうですか、それは良かった。転機はやはり、お父上の崩御でしょう。あれを期にこの宮廷のあちこちで陰謀が渦巻き、貴方は身を隠すために私の実家に身を寄せた。不謹慎ですが、あの日々こそが私たちの黄金時代だったのでしょう」


 そうだ。私もそう思う。あの地で私たちは数々の友人を作った。

 兄たちが共倒れとなって、新たな旗印として私が選ばれるその日まで、私は辺境の田舎領主の客人として、自由の味を知った。


 いや、知ってしまったというのが正しいか……。


「貴方は宮廷の権力争いに、終止符を打つことに決めました。今の皇后様と結婚したのもあの頃でしたな。やがて貴方は政争に勝利し、敗北陣営を含む有力諸侯の娘たちを妻として、この国を一つにまとめ直しました」


 だがその代償は、私個人に大きくのしかかってきた。

 愛のない形だけの婚姻だ。必要とはいえ、いくつもの妻を次々と迎える夫に、どの妻も好意的な感情を抱いてはくれなかった。


 内戦を防ぐために、私は多くの女たちを犠牲にした。いや、その子供たちもだ。

 それが歪んだ今の皇帝家を作り出したのだ……。


 秩序を守るために、私はこの赤竜宮での暮らしを続けた。

 私を亡き者にして、皇帝の座を奪い取らんとする者から身を守るために。


 それは歯車のような生活だ。

 私は責任ある皇帝として、やるべきことを徹底するために、孤独と仕事に囲まれた生活を選んだ。


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