表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

175/225

17-7 有角種の誇り

「おおっ、必ず戻ってくると我が輩は信じていたぞっ!!」

「シンザッ、無事でよかったよっ! オレたちもう、心配で心配で、ジラント様なんて泣きそうな――」


「ええい黙れ田舎娘っ、我が輩はそんな顔などしていない!」

「マジで戻って来やがったか……で、何食ってきたんだ?」


 シグルーンの姿がない。いや、いた。

 他の連中は俺のことを心配していたが、ヤツは待つのに飽きたのか、奥の床で寝息を立てていた。


「ふが……? ぉぉ、戻ってきたか……んんー……」

「ああ、さすがにアビスと地上を行ったり来たりは疲れた」


 後は門を閉じるだけだ。

 門に向かって振り返ると、そこにあの守護者が立っていた。


「アンタ、いつからそこにいたんだ?」

「ずっとここにいた。この肉体は言わば、影でな。ともかくよくやってくれた、これから約束を果たそう」

「おいお前たち、向こうが何をしてきた……?」


 親しみを込めて守護者と目を合わせていると、ジラントが疑いだした。


「何をしてきたと言われてもな。茶の席に座って、その後軽く庭仕事をしてきただけだ」

「庭仕事だと? 意味がわからぬぞ……」


「説明してくれ、守護者。俺よりアンタの方が事情に詳しいだろう」


 いきなり話を振られて彼も困ったようだ。

 だが説明しないで門を閉じるわけにもいかないと思ったのか、しばらく考えてから口を開いた。


「魔貴族は元々、天界より地上を支配していた神々だ。その魔貴族の住まう土地に、天界よりはがれ落ちた土地が流れ着いてきた。我々はその大地が、徐々にアビスに汚されてゆくのを、ただ眺めることしかできなかった。それをそのシンザが救ってくれた」

「へぇ、だから門を閉じるって言うのかい? よくわからんけどよ、これはお前さん方かりゃすりゃ、地上を侵略する橋頭堡だろう?」


 おっさんが言うとおり、一番の違和感はそこだった。

 普通なら全力かけて、このアビスの門の支配権を守ろうとしたはずだ。


 だというのに、茶の席と庭仕事をするだけで、ここから引き下がるなど妙だ。


「それは無理だ。この門をくぐれるのは下級の存在、それこそアビスハウンドやアビスアントに限られる。喩えるならば、非常に大きなアビスゲートといったところだ」


 ……どうやら騙されたようだな。

 ここに戦略的な価値は最初からなかったようだ。


「いや、あえて言い換えよう。これを作り出した有角種は、最初から、世界を滅ぼしてまで生き延びる気はなかったのだろう。この門は、有角種の往生際の悪さではない。有角種の誇りそのものだ」


 つまり取り越し苦労に付き合わされたということだな。


「また会ったときは剣を交えよう。さらばだ」


 門番はアビスの門を閉じた。

 するとその肉体は実体を保てなくなって、崩れるように黒い泥へと変わっていった。

 それが黒こげの汚い液体となり、地の底へと消えてゆく。


 ヨルドに魔剣を与えた一方で、俺に魔霊銀を与え、話のわかる態度も示す。本当にわからん連中だ……。


『その時点で十分に帝国の敵であろう。気を抜くな、話のわかるやつと、わからないやつがいるのはどこの世界でも同じだ』


 それもそうだな。その点においては皇帝家も笑えん。

 俺たちは閉じられたアビスの大門から引き返し、有角種の里へと報告に向かった。



 ・



・アビスに堕ちた古き神


「これは驚いた……いったい何があったのですか?」

「戻ったか、ウェントス」


 白騎士ウェントス、私の僕。だが忠実とは言い難い存在だ。

 私の命令に従いながらも勝手な行動を止めない。だが私も処罰しようとは思わぬ。

 彼なら新しい流れを生み出してくれると期待していた。


「客人をアビスに招く機会を得た。そしてその客人は、我らに希望を与えて去っていったのだ」

「汚れの渦があった、その空間そのものが見事えぐり取られていますね……。その客人というのは、まさか……」


「クククッ、我らの宿敵。サマエルの末路だ……」

「やはりあのアシュレイ皇子の業でしたか。これが天上の世界……公爵様の生まれ故郷ですか……。なんと、あまりに美しい……」


 かつてサマエルと呼ばれる天使がいた。

 我々に愛されるためだけに作られた、あえて知恵足らずに設計された、愚かだが愛らしい子だ……。


 我々が愛し、弄ぶためにサマエルは存在した。

 傲慢な行いだ。言うなれば我々は、己の業そのものに焼かれたのだろう。


「一兆年ここで暮らせば、貴方たち魔貴族はアビスの結界をくぐり抜けて、天上に帰れるのでしょうかね……」

「それはわからぬ。自由に行き来できるお前と違ってな……」


 全ては我々が次元を渡る竜、ユランを殺そうとしたからだ。

 愚かなサマエルは天上の秘宝を我々より奪い取り、知恵と力を手にし、ユランという友人を殺そうとした者どもを、このアビスに追放した。


 無論、我々はサマエルを呪った……。


「では、一兆年ここで待ってから、事を起こしますか?」

「希望は絶望でもある。待ってなどいられん……。ウェントスよ、私は帰りたい……もう一度、あの光り輝くあの世界へ……。その地で私は今度こそ、正しくこの世界を管理しよう……」


「では計画通りに、アシュレイ皇子には感謝に堪えませんが、帝国をひっかき回しましょう」

「うむ……」


 だがサマエルもまた、我々と同じ闇に墜ちた。

 天上の高き座に腰掛けると、その者はどこまでも傲慢になれる。


 彼もまた地上の民を弄ぶようになり、我々を裏切る動機となった、ユランそのものに最後は裏切られた。

 サマエルは天上の牢獄に封じられ、長い時間をかけて復活を目論んだが……。


 最後はもう1人の自分自身に、皇帝アウサルによって、自ら牢獄へと戻る選択を選んだ。

 アシュレイは知らぬであろう。まさか己の中に、ジラントと同質の竜、ユランが眠っていようとは。


 そしてそれゆえに、あの二人は惹かれあったのやもしれん。


「会ってみてわかった……。不思議と、アレには復讐する気が起きぬ……。あれほどまでに憎んだのに、今では同類への憐憫を抱く……」


 あのとき、サマエルが我らを裏切らなくとも、別の者が我らを裏切っていただろう。サマエルがユランに裏切られたように。

 私たちは、凡ての支配者ゆえに、一つ一つの命を省みず、身勝手で、ただただ傲慢だったのだ……。


「私も彼が好きです。敵だとわかっていても、つい気にかけてしまいます。世界の混乱を招く――という意味では、彼やゲオルグ皇子が帝王の玉座に着くのは、不味いのですがね……」

「そこが我らの弱さだろう……。我らは永遠。滅びぬがゆえに、徹底という部分が足りない」


 その気になれば、彼をここに幽閉して、永久に私の茶飲み友達にすることもできた。

 しかしそれではつまらない。そんなことをしては私たちの誇りが傷つく。それが私たちの弱さだ。


「サマエルへの復讐はもういい。ただ、私たちはあの天上に帰りたい。頼む、ウェントス、私をこの美しい世界があった場所に帰してくれ……」

「仰せのままに。喩え何千年かかろうとも、その願い果たしてみせましょう」


 神無き天上の世界は、私の帰還を願っているのだから……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活
新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ