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17-3 アビスと呪われた子 - ギャル -

 有角種の隠れ里と、最果ての砂漠には目に見えてわかる境界線があった。

 奇妙な表現になるが、ここが境界線だと言わんばかりに、空気の色が中と外で異なっていた。


 外の世界は砂塵に染まって薄黄色く、里の中は青白く清浄な空気に包まれている。

 気候も砂漠とは思えないほどに穏やかで、例えるならばそこは、どこかの森がこの砂漠に引っ越してきたかのような妙な空間だった。


「おいおい、なんか穏やかじゃねぇなぁ……?」

「ん、そうか? まあここはこんなものだっ、わーはっはっ、お前らぁっ帰ったぞぉーっっ!」


 住民の姿も確認できた。

 アウレウスのおっさんが言うとおり、俺たちに対する態度はあまり穏やかではない。


 戸惑い、不信、恐怖、怒り、といったところか。

 中には露骨に敵意を向ける者すらいたが、次第に俺たちは気づくことになった。睨まれているのは、豪傑シグルーンであることに。


 シグルーンが陽気に挨拶しても、彼らは誰一人して帰郷を喜んではくれなかった。


「無視されてんぜ……」

「ん、無視ではないぞ。やつらは拙者を畏怖しているのだ」

「畏怖って……。シグルーン様、ここでは何をやらかしたの……」


 シグルーンはトラブルメーカーだ。

 故郷の者からすれば、厄介者の帰郷だったわけか。

 いや、それにしても、どこまでやらかせばここまで恐怖されるのだろうか……。


 黒い角を持つ老若男女に注目されながら、俺たちは木々に囲まれた往来を進んでゆく。


「安心しろ、奥の連中はもうちょっとだけ話が通じるっ! ああだがシンザよ、拙者を心配して一言言ってやろうだなんて考えるなよ、それは余計なお世話というやつだ」

「ダメなのか?」


「言ったところで無駄だ。なにせ、口ではどうにもならんことだからなっ!」

「おうおう、おっさんわかるわー、それ」


 湖畔に出ると漁師が小舟を浮かべて漁をしていた。

 奇妙な土地だ。ここが砂漠の中とはとても思えない。

 それと湖畔の彼方に大きな建物が見えた。恐らくはあそこに里長がいるのだろう。


「どうだシンザ、拙者の里は。美しかろうっ!」

「ああ、アンタの口車に乗ってよかった。これこそ俺が憧れた帝国の外側だ」


 青い湖と有角の人々を眺めながら、俺はシグルーンに導かれるままに進んでいった。

 こうして西の最果てにたどり着いたのならば、次は沿海州と、さらにそのまた向こう側だろうか。


 伝説ではサンドウォームと呼ばれる砂漠の巨大蛇が住まう土地があり、その向こう側にまだ見ぬ世界が広がっているという。

 そこまで行けば追手もたどり着けない。


 最悪の状況に陥った際の、最高の亡命先のようにも思えるが、問題は、海の彼方の世界を誰も知らないという点だ。

 この世界にはたどり着けない場所が数多くあった。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 里長の館は木造の立派なものだった。

 俺は小さな独裁者による豪邸を想像していた。しかしそこは館と呼ぶよりも、大型の公民館と呼んだ方が相応しい場所だった。


「クヒヒッ……やっだ、ウッソォォ~。マジでシグルーンが帰ってきてるしぃ~、うは、うけるんですけどぉ~♪」


 俺たちは里長の政務室に押し掛けた。

 正規の手続きを踏みたかったが、シグルーンが提案を突っぱねたのだ。

 そしてそこに、威厳のへったくれもない妙な喋り方をする女がいた。


「わははっ、久しぶりだなプレア! 相変わらずイライラする喋り方で安心したぞっ!」

「ひっどぉぉ~? これでもぉ、プレアちゃんはぁ~、新しい里長としてがんばってるんですけどぉー?」


 聞き間違えだろうか。

 これが里長、なのか? さすがにそれは嘘だろう……。


 里長プレアは細身で若々しいが、けばけばしい格好を好む女だった。

 ありとあらゆるアクセサリーをフル装備で身に付けて、半裸の服装を身に付けている。


 そしてすまん。

 あまり褒められた表現ではないが、他に適当な言葉が見つからん。

 俺には里長プレアが娼婦に見えた……。


「あ、もしかしてそれ客? 人間が里にきちゃった系? うっそぉ~~」

「ただの客ではないぞ。この男の名はアシュレイ、ア・ジール帝国の皇子だっ!」

「ぁ……? それよー、俺の前でバラしてもよかったんですかい……?」


 もうバレているようなものだ。アウレウスに隠しても意味などない。

 彼は逃げずに最果ての冒険に付き合ってくれた。覚悟は本物だろう。


「うっそぉ~、この薄汚いおっさんがー? うはっ、うけるぅー♪」

「薄汚いってお姉ちゃん、あのよぉ……。もうちょいと、おっさんにやさしくなろうぜ……」


 きっとわざとやっているな。

 プレアは盗み見るようにこちらを見ていた。突っ込むのも面倒なので放置でいいな。


「あ、怒った? ごめんね~、皇子様♪ キャッ、皇子様っていい響きぃ♪」

「むぅ……再会は嬉しいが、そろそろウザ過ぎて叩っ斬りたくなってきたぞ。それになっ、アシュレイはアシュレイだがアシュレイではないっ! これは義の漢シンザだっ!!」


 シグルーンが剣を抜こうとするので、柄を押さえて止めさせた。

 しかし義の漢な。シグルーンの紹介はいつだって大げさだ。これではかえってうさん臭い印象を与えかねない。


「俺が冒険者のシンザで、ア・ジール皇帝の末子のアシュレイだ。ここに来たのは他でもない、俺たちに――」

「聞けっプレアよっっ!! 拙者たちはある結社を作ったっ、名を霧の巨人になぞらえて[ベルゲルミルの影]という!! 帝国の暗雲を晴らすためにっ、拙者たちは手を結んだのだっっ、さあわかったら力を貸せっっ!!」


 困り果てた顔を、アウレウスと里長プレアに笑われた気がする……。

 シグルーンは段取りをまたもやぶち壊しにしてくれた……。


「ん、断る」

「そりゃそうだよなぁぁ……っ!」

「シグルーン様ッ、ちょっとこっちきてっ、こっちっ!」


 カチュアが部屋の隅っこにシグルーンを引っ張ってゆく。

 目を向けると、さっきまでだらしなくしていた里長が背筋を整えて、急に行儀よくし始めた。


「すまん……」

「いいんです、むしろ謝るの方はこっちの方ですから。アレがさぞ皆さんに迷惑をかけたかと思うと、申し訳ない感情しかわきません」


 喋り方まで急に変えて、プレアは里長の威厳を見せてくれた。

 それに他の有角種とは異なり、彼女はシグルーンにかなりの部分まで心を許しているようだった。


「アレが口を挟んでこないうちによ、話進めたらどうだい、あんちゃん」

「それもそうだな。といっても、要点はシグルーンに全て言われてしまったが。……俺たちは本気で帝国の未来を憂いている。俺たちは帝位を目指すのではなく、帝国を混沌から守るために力を合わせることにした。どうか頼む、あの偉大なる有角種の力を貸してくれ」


 頼み込むと、プレアはしばしの時間を思慮に使った。

 その間、俺は視線を外さずに返事をただ待った。

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