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17-1 シンザッ、うち寄ってくかっ!? - アウちゃん -

「そりゃつれないぜ兄ちゃん。まあ……ヨルド皇子はあんなやつだが、騎士団の利益を優先してくれる人だ。だからアレに逆らおうとか、意見しようだなんて、考えるやつはそういない」

「ならまずいんじゃないか? 俺たちを接待したことが、上にバレたら大変だぞ」


「ま、こんな片田舎だ、たぶん大丈夫だろう。なあっ、お前ら黙っててくれるよなぁっ?」


 こんななりだが人望があるようだ。

 酒場の者は口を揃えて、騎士の言葉に同意していた。


「俺の名前はアウレウス。騎士団長ヨルドのやり方に、不安を覚えている者の1人だ。これは正義とか、そういう青臭ぇやつじゃなくてね、もっと単純な、不安だ……」


 ただこればかりは大声で言えないらしい。

 声を潜めて、酒臭い騎士アウレウスは本音を述べた。


「ほぅ……面白い、続きを話してみよ」

「うむっ、拙者もヨルド皇子は嫌いだ。弱い癖に高慢で、何かとつまらん男だっ」

「ちょっとみんなっ、騎士団領でヨルド様の悪口は止めようよ……っ!?」


 陰口を喜ぶのはどうかと思うが、ヨルドはゲオルグ兄上の敵だ。

 そのヨルドが配下の騎士に吐き捨てられると、俺としては悪い気分ではない。


「あの方は短気で酷薄だ。確かに武将としては一流だがね、騎士団長の器かと言えば、まあ怪しいところだわ。度量が小さいっていうかよ……あ、ここだけの話な?」

「わかった。オフレコだな」


「なんだそりゃ? 帝都の流行り言葉か?」

「このシンザは読書家でな! 拙者たちの知らない言葉を、たくさん知っているのだっ、えっへん!」


「へぇ~~、学者肌ってわけかい」

「否。どちらかというと、ただの行き過ぎた道楽者だな、こやつは……」


 妙な言葉を使って話の腰を折るなと、ジラントが冷たい目を向けてきた。

 その隙に俺がジラントのジャーキーを奪い取ってかじると、眉が険しく不機嫌につり上がった。


「ならば、アンタは誰を支持するというのだ?」

「はははっ、ヨルド様以外を支持なんてしたら、俺ちゃん騎士団にハブられちまうわ。だが、まあ、オフレコってやつで言うならばな……。やっぱよ、ゲオルグ皇子が無難かね……」


 兄上を支持すると耳にするなり、俺は笑みを抑えられなくなった。

 兄上は俺の誇りだ。感情を押し隠せなかった自分に恥じ入りつつも、やはり嬉しいものだった。


「同感だ、ゲオルグ皇子は平等で公平だ。苛烈な男だと勘違いされているが、心根のやさしい貴公子だ」

「はははっ。あー……それか、案外よ。アシュレイ皇子様なんかも、いいかもしんねぇな……」


 かと思えば不意打ちで驚かされた。

 ただのシンザでいられる旅先で、いきなり俺のもう一つの名前が飛び出してきたからだ。

 見透かされるとわかっていても、ついエール酒をあおらずにはいられない。


「……ほほう!? なかなか見る目があるではないか、アウちゃん!」

「それ、まさか俺ちゃんのことか……?」

「シグルーン様ッ、一応これでも騎士様だよっ!?」


「そこは一応って付けなくてもいいだろ……。なぁ、カチュアちゃんに、シグちゃんよ?」

「おおっ、拙者のことをあだ名で呼んでくれるかっ! はぁぁ、なんでかなぁ……なんでかみんなっ、拙者をあだ名で呼んではくれんのだっ!」


 これでは焦った俺がバカみたいだな……。

 衝撃を受けているのは俺だけで、シグルーン界隈はバカなやり取りを続けていた。


 シグルーンはトラブルメーカーだ。

 あだ名で呼び合うような深い関係は、平穏な生活に騒動を招くと皆察しているのではないか。


「俺ちゃんが呼んでやるよ。シグちゃん!」

「おおっ、アウちゃん! お前いいやつだなぁっ!」

「だからシグルーン様ッ、見た目汚いけどこの人騎士だってばっ!」


「はははっ、男らしいって言ってくれよ、カチュアちゃんよぉ……?」


 ジラント。よくわからんが、このアウレウスという男、俺たちの正体を見破ってはいないか?


『そうだな。それは十分にあり得るな。そなたはともかく、シグルーンは目立つ女だ。悪名も名声も、どちらもちょっとしたものらしいぞ』


 兄上は練兵でシグルーンと付き合う機会が増えて、一時期かなりげんなりしていた。

 情報に聡ければ、シグルーンを経由してゲオルグ将軍にたどり着き、俺に至ることもできなくはない。


「だがな、あんちゃん。ゲオルグ皇子にも問題がある」

「いや、そうは思わんな」


 妙なことを言い出したので、即答で俺は否定した。

 兄上に問題などない。あの男こそ皇帝の器だ。

 そんな俺の態度に、騎士アウレウスはおかしそうに笑っていた。


「ゲオルグ皇子は帝国軍の将軍だ。騎士団から見りゃ、これ以上は出世してもらいたくない相手なんだよ。そして俺ちゃんたち騎士団と、同じ都合を抱えた連中がまた多いんだよなぁ」

「それは……まあ、そうだな。そこは俺も否定はしない」


 兄上に敵が多いのは本当だ。

 しかしそれは兄上が誠実で、数少ないまともな皇子だからだ。


「議会、国教会、大貴族たち、あと犯罪組織とかもだな……。帝国軍が力を付けられると困るのよ。この帝国の、力の均衡が崩れかねん」

「ジャーキー食うか、アウちゃん?」


「おうありがとよ、シグちゃんよ」


 シグルーンが人に譲ったのだから、俺にもくれとジラントに期待の目を向けた。

 するともう盗ませんと、ジャーキーの皿を強欲な竜が抱え込んでいた。


「シグルーン、俺にも一つくれ……」

「いいぞ。ただし拙者をシグたんと呼べっ!」

「たんっ!? シンザの口からそれ言わせたら勇者だよっ!」


「……止めておくか。アンタをたん付けする度胸は俺にはないようだ」

「そんなっつれないぞぉっ、シンザァァーッッ?!!」


 シグルーンはシグルーンだ。こんな女豪傑を捕まえて、シグたんだなんて呼ぶなど無理がある。違和感しかない。


「で、話戻すぜあんちゃん。その点、アシュレイ皇子は一応中立だろ? どこにも属していないからこそ、国の皇帝として最も無難かなってな……俺ちゃんは思うんだよ。……なぁ、あんちゃんよ?」


『うむ、これはバレているな。ククク……そなたも大物になったものだな』


 ジラントに同意だ。騎士アウレウスは俺をアシュレイとして見ていた。

 だからこうして接触してきたというのか。しかしそうだとして、コイツの腹が見えん……。


「国は皇太子が継ぐ。ゲオルグ皇子その他に出番など最初からない」

「いや……皇太子はもうダメだと聞いている」


「なんだと?」

「聞かされてないのか? 皇太子は心の病気にかかってしまったそうだ。ぶっちゃけまずい状況だ。もし皇太子が廃嫡になれば、皇位は奪い合いになるだろうな。第二継承者のジュリアス様は、自分こそが皇帝だと宣言するだろうが――認めるやつは少ないだろうな」


 アウレウスは淡々と言ってのけたが、言葉が事実ならば帝国の混乱が約束されたも同然だ。

 これから皇位継承権を持つ者たちが争い合うことになる。最悪は内戦だ。


「そうか! よくわからんがっ、クソみたいな状況だなっっ!!」

「はっはっはっ、違いないな。いや笑えねぇから困る……苦しむのは領民だ。俺ちゃんもこの町を守りたいのよ」


 ゲオルグ兄上とアトミナ姉上が政争に巻き込まれる。

 どちらも皇帝の子として、この国のために身を捧げるのもいとわない性格だ。


「あんちゃん、こぇぇ顔してっと、カチュアちゃんがおっかながるぜ?」

「ぁ……。シンザ、気持ちはわかるけど落ち着いて。アタシもシンザを手伝うから……」


 どうしてもあの二人を守りたい。

 そう思い詰めるあまり、感情が表に出てしまっていた。


「動揺などしていない。真剣にまずいと考え込んでいただけだ」

「違いねぇ……誰にだって守りたいものがある。内戦なんてクソ食らえだ」


 騎士階級からすれば戦乱は出世のチャンスだ。

 しかしアウレウスは、貴族の義務の方を大切に思う人種だった。


「ま、そんな中、皇位を目指すのではなく、帝国を混沌から守ろうっていう組織が生まれた。あの有名な、黒角のシグルーンもそいつに加わっているって話だ。……なあ、あんちゃん、俺ちゃんは[ベルゲルミルの影]に渡りを付けたい。エリンのアシュレイ様のところに、俺を連れてっちゃぁくれないか?」


 俺たちの正体を見破って、味方になりたいと、少しうさんくさい男が言う。

 頭がキレるという面では確かに優秀だ。しかし立場は騎士、ヨルドの内偵である可能性はやはり消えない。


「……悪いが無理だ。寄り道の予定が入っている」

「へぇ~、どこいくんだ?」

「最果ての荒野のその先、我が有角種の里だっ! 帰省してな、このいい男をっ、故郷の連中に紹介しようと思ってなぁっ、ワハハッ!!」


「は、この四人でか……? うわ、こりゃ予想以上のバカ野郎どもだな……」

「うん……。シンザとシグルーン様が揃うと、だいたいこうだよ……」


「なら俺ちゃんも同行しよう。これでも騎士だ、それなりに戦える。それに信用されてぇからな、あんちゃんたちに命捧げてみるわ。ファストフード感覚で」


 信用のために危険地帯に身を投じるのか。

 悪くない。命惜しさに途中で逃げ出すようならば、それまでの関係だ。


「アンタはこの町の領主だろう。離れていいのか?」

「ああ、あんちゃんたちのおかげで、厄介ごとが消えたからな。むしろ釣りが出るくらいだわ。ま、詳しい話は飲みながらしようぜ」


 新しい酒樽が開けられて、その日は騎士アウレウスの屋敷で一泊することになった。

 ヨルドの間者にしては開けっぴろげで、ヨルドへの評価があまり低すぎる。


 しばらくの間だけ、このうさんくさい男を信用してみることにした。


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