17-1 シンザッ、うち寄ってくかっ!? - 田舎騎士 -
そんなことがあって、今はこうして辺境の片田舎にいる。
乗り合い馬車の今夜の終点が、たまたまこの小さな町だったのだ。
だいぶ待たされたが、ようやく注文した前菜とエールとミルクが届いた。
「さあまずは腹ごしらえだ、食うぞ飲むぞ騒ぐぞ、ワハハハッ!」
「うむ、拒む理由もない。特別に我が輩との楽しいディナーのひとときを過ごさせてやろう」
飯のたびにわざわざ顕現する邪竜様と共に、俺たちは前菜のローストビーフサラダを腹にかっこんだ。
足りんな。すぐに素焼きの大皿から料理が跡形もなく消えていた。
「おいっもうないぞ、早く次を持ってこいっ! でなければ、このイスを唐揚げにして食べてしまうぞっ!」
「俺たちは遠慮しよう。それはアンタとジラントだけで食え」
「ククク、そこに我が輩を含めるか。まったく、礼儀のなっていない使徒もいたものだな……」
「いや、皿の肉汁をすすりながら言われてもな……。それなら皿ごと食ってくれた方がまだ上品だ……」
酒場の店員も薄々、シグルーンという客がまずいやつだと察し始めたようだ。
俺たちは先客たちの冷ややかな目線を無視して、この地の名物をかっ食らっていった。
この地方では牛肉が有名だそうで、値は張るが確かにこれは美味い。
西方のトウモロコシを原料にしたここの地酒は、蒸留されていないのもあってか、かなり癖が強くて飲みにくい。
牛肉のトマト煮込み、厚切りのステーキ、トウモロコシ粉の生地で肉と野菜を包んだトルティーヤ。ここではコーン油やバターも名産だそうで、何かにつけて脂っこいメニューが多かった。
「ふぅ食った食った、これで腹五分目といったところか。給仕っ、ビーフジャーキー5人前だ!」
「では我が輩には7人前頼む」
腹にたまるというか、既に口の中がギトギトだ。
これ以上は美味く食べられないだろうと、俺は自重の方を選んだが――やつらは限度を知らんようだな……。
「うっうぷっ……どんだけ食べるのさ、二人とも……」
「ああ、さすがの俺もそろそろ付き合いきれん」
「シンザも大概だよ……。この集まりにいると、自分が小食になったみたいに感じる……」
「シグルーンと俺たちでは、身体の構造そのものが違うのかもしれんな」
しかしジラント、ジャーキー7人前はいくらなんでもやり過ぎだ。
邪竜ジラントの伝説が、塩分の過剰摂取で終わったなんてオチが許されると思っているのか、アンタは……。
『ククク……心配無用だ。成人病で死ぬようでは、竜神など続けられん。……ところで気づいているか? 先ほどから妙な男がこちらを見ているぞ』
すまん、アンタの食いっぷりに気を取られていて、全く気がつかなかった。
それとなくジラントの流し目を追ってみれば、確かに妙な男がカウンター席に陣取って、こちらをしきりに盗み見ていた。
年齢は四十くらいか。色つやのない褐色の髪に白髪が浮いている。
その手入れされていない髭面には清潔感がなく、だというのにその身なりがまた妙だった。
俺の知る限り、彼が身に付けている小盾とマントは、騎士団の騎士階級だけに許された物のはずなのだ。
そんな汚い騎士に店主が半ば媚びるように酒を配膳している。見た目は怪しいが、ここでは一目置かれているようだった。
「よう、随分と景気いいな、お前ら」
「わははっ、一山ドカンと当てた後でなっ! 財布の紐はゆるゆるだぞっ!」
ソイツと目が合うと、ヤツは席を立ってこちらに話しかけてきた。
騎士の位を剥奪された元騎士と名乗られたら、俺はそれを信じるだろう。
「そうかいそうかい、そりゃめでてぇな」
「それに久々の激闘だったからなっ! まさかあんな危険な怪物とやり合うことになろうとはっ! なぁ拙者たちが何と戦ったと思う!? アビスオーガの群れだけではないぞっ、なんと、燃える巨人だっ!」
「おい、シグルーン。口が軽いぞ……」
相手は騎士の装備を身にまとっている。
そして俺たちは、この地の領主の目論見とは正反対のことをした。
町の者が難民として食い詰めれば、奴隷荘園を持つ者たちが得をする。
その妨害をしたも同然だ。逆恨みされていてもおかしくない。
「マジかよ……。お姉さん、アレを倒したのかよ……?」
「拙者だけではない! そこのカチュアとシンザと力を合わせた結果だ! 聞いてくれっ、この二人はなぁ、戦場だというのに思わず胸が熱くなるほどに、燃える戦いっぷりを見せてくれるのだぞぉぉ……!?」
「シグルーン、俺の話を聞け……」
シグルーンは誰の命令も聞かない。
誰にも上下関係を求めない代わりに、誰の指図も受けない。そういう女だ。
「そうかい、やっぱりお前らか。んじゃ、コイツは俺からの奢りだ」
「わははっ、奢りは断らん主義だ! おお~~っ、お前いいやつだなぁっ!」
店の者と話を付けてあったらしい。
騎士が合図すると、店の者が小さな酒樽を運んできた。
こういう贈り物を喜ぶのはシグルーンだけだ。有角の女は満面の笑みで酒樽を抱いた。
さてこの展開。アンタはどう思う、ジラント?
『シグルーンもバカではない。しばらく泳がせてみよ。我が輩が嗅いだ限りでは、酒に妙な物が仕込まれているわけでもなさそうだからな』
酒樽がすぐに開けられて、大きなジョッキにエールが流し込まれた。
ジラントがちゃっかり自分のジョッキを突き出して、苦くて酒臭いエールを注いでもらっていた。
「警戒しねぇんだな……」
「ああっ、する必要がないからなっ! んぐっんぐっんぐっ……ぷはぁぁっっ、美味いっっ!!」
「ククク……ジャーキーが進むな」
アンタの姿形で酒を飲まれると、こっちは何か悪いことをしている気分になるぞ。
ジラントから目線を戻せば、中年騎士とシグルーンは早くも意気投合を始めていた。
「兄ちゃんたちも遠慮しないで飲んでくれ。コイツは礼みたいなものだ」
「……わかった、少しだけ貰おう」
邪竜の書により鍛え上げられたこの肉体ならば、多少の毒を盛られたところで腹を下す程度で済むだろう。
苦くて喉ごしのいい液体を、ひと思いに一気飲みした。
「よっ、シンザ! 帝国一の飲みっぷりだねぇ!」
「さあ飲め、もっと飲めっ、ドーンッと飲んで酔いつぶれて、拙者にお持ち帰りされてしまえっ!」
だがそれは過ちだったようだ。
木のコップで机をトンと叩くと、新しいエールがこぼれるまで注がれていた……。
「いやさぁ、いくら上にアレの討伐を提案してもよ、全く取り合ってくれなくてよぉ……。俺も手が出せなくて困っていたんだな」
「ククク……出さなくて正解だったであろうな。アビスオーガを倒せところで、あの燃える巨人の前に、撤退は確実だったはずだぞ」
「うむっ! シンザがいなければ、さすがの拙者もあれは相手にしかねたぞ!」
そうなのかと、騎士が俺に興味の目を向けた。
それに対して、はいそうですと答えられるほど、俺はうぬぼれてなどいない。
シグルーンの馬鹿力と戦闘センスがなければ、アレを水に突き落とすのも難儀だ。
「まっ! これで奴隷荘園を広げるという、やつらの計画も遅れる。あんちゃんたちのおかげだよ」
「アンタ、あの法律には反対なのか」
この騎士、見た目は汚いが知恵が回るようだ。
そんな二面性を持った男が、シグルーンと一緒にぐいぐいとエールをあおり、やたらと楽しそうに笑っている。
「反対も何もアレには未来がねぇよ。地方の荘園がでかくなるってことはよ、荘園を有する貴族や国教会が強くなるってことだ。いつまでも奴隷扱いに甘んじるほど、民もそう辛抱強くねぇ……。下手したら、この帝国を吹っ飛ばしかねん悪法だわ」
プィスと兄上が似たようなことを言っていた。
そうなると思想的に、この男は俺たち寄りということだろうか。とはいえ、騎士団を束ねるヨルド側の立場にあることは変わらん。
「アンタ、結構考えているんだな。アンタがそう言うなら、きっとそうなんだろう」
「はははっ、シグルーンも変なやつだが、あんちゃんもちょいと変わってるなぁ……。お、そうだ、よかったらうちに泊まっていかないか? もっと詳しい話を聞かせてくれよ?」
親しげだが、この男がヨルドの回し者だったとしたら厄介だ。下手に情報は漏らせない。
とはいえな、わざわざ騎士の装備を身に付けて、俺たちを探りにきたとすれば、ソイツは大バカ者だ。
ジラント、アンタはどう思う?
『酒場宿より寝心地が良さそうだ』
そっちの話じゃない……。信用していいかどうか、アンタの意見を聞いているんだ。
「あんちゃんよ、帝国軍が一枚岩じゃないように、騎士団もそうとは限らねぇんだわ。帝国軍と騎士団の仲が悪いというのは、両者の立場上仕方がないがな……」
「なんだシンザ、お前まだ疑っているのかぁ~?」
「そうだ。警戒するにこしたことはない」
俺が包み隠さぬ返答を述べると、中年騎士は気分を害するどころか笑った。
俺たちへの好意をそのままに表情へと現して、笑い顔でつれないぜ兄ちゃんと言ってきている。




