16-4 復讐に燃えた村 - 殲滅戦 -
8日かかるはずだった旅は、5日目で目的地に到達した。
俺たちは交易品を卸し、現地のギルドでバリスタを2つレンタルして、それを馬車の左右に添え付けて戦車にした。ホロは当然ながら外すことになった。
巨大なアビスの悪鬼も強力なバリスタでズドンと射抜かれれば、ただでは済まない。
下手に近接戦闘を選ぶよりも、ずっと確実で効果的な戦法だ。
よって俺とシグルーンの役割は、戦車が攻撃されないように、ただただド派手に暴れ回ることだった。
矢玉を詰んだ戦車から、カチュアの放つ必中の弓と、強力なボウガンの雨が飛んでくると期待しよう。
かくして俺たちは目的地、エネスの町の目前まで到達していた。
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ここは帝国西端の辺境だ。言わば帝国にありながら、帝国の秩序の及ばぬ領域と呼んでしまってもいい。
このア・ジール帝国は手柄を立てた騎士に、荒れ果てた辺境の土地を与えて、何世代もかけて開拓させる方針を取ってきた。
そのため辺境は国に属する帝国正規軍よりも、騎士階級たちによる騎士団の力が圧倒的に強い。
豊かさで言えば中央に遠く及ばないだろう。
特にこちら側は、乾燥的な気候であるため土地が荒れがちで、耕作地を奪い合って騎士と騎士が争うこともあったと噂に聞く。
「うっし、作戦はこうだ! シグルーンとシンザは囲まれねぇよう注意してクソ暴れ回れ! 俺たちは逃げまくって、撃ちまくって、アビスオーガどもをチクチクとぶっ殺す! だが! 矢弾が切れたら一時撤退だ、深入りすんじゃねぇぞ!」
「大ざっぱだけど、わかりやすくていいや。あ、シンザもシグルーン様も無茶しないでね……。特にシンザ……シンザはシグルーン様よりおかしいから……」
知らなかった。俺はこの女豪傑より信用がなかったのか。
確かにコリン村やラタトスクでの一部始終を振り返ると、まあムチャクチャな突撃が多かったかもしれんな。だがこうして生きている、問題ない。
「また死線を共にできるとは嬉しいぞ、シンザッ! さあいざ行かんっ、悪鬼はびこる滅びの町へ!! 胸熱ッッ!!」
「静かにしてくれ。囲まれて喜ぶのはアンタだけだ」
俺たちはエネスの粗末な門をくぐり、町の内部に入った。
するとすぐに標的が見つかった。アビスオーガどもだ。
身長3m前後の角を持つ鬼が、何をするわけでもなく、ゴーストタウンを徘徊していた。
やつらの注目が俺たちに集まった。目視できるだけで15前後はいる。
体格と数の両方で負けているともなると、否応なく肝が冷えた。
だがな、俺の仲間と、皇帝の円卓スキルがもたらすブーストがある限り、負けるはずもない。
「カチュア、危なくなったら援護射撃を頼む。アンタの弓は誰よりも頼もしい」
「行くぞっシンザ! 突撃だッッ!!!」
二重の意味で信じられん大声を上げて、シグルーンがアビスオーガどものど真ん中に突っ込んだ。
すると褐色の肌を持った筋肉隆々の悪鬼が、シグルーンを取り囲む。
「うわっ、いきなり囲まれてるよっ!? シンザッ、フォローしてあげてっ!」
シグルーンは恐怖心が欠如している人種だ。
あんな鬼に取り囲まれたら、普通なら身がすくんで動けなくなる。
だが黒角のシグルーンは恐れない。長い髪をはためかせ、双剣を銀色に輝かす。
これではどっちが悪鬼かわからんな。尻拭いのために、俺はオーガの包囲の左翼へと突っ込んだ。
「来たな、シンザッ! 拙者たちの力、鬼どもに披露してやるぞっ!!」
「アンタのフォローをする側にもなってくれ……」
アビスオーガの獲物は巨大な蛮刀やメイス、両手持ちのハンマーが多い。幸いどれも金属武器だ。
シグルーンはそんな怪物どもの攻撃を難なくかわし、得意の双剣で足を狙っていった。
アビスオーガの攻撃を一撃でも食らったら即死だ。
杭の迷宮でケルヴィムアーマーと交戦したとき、ジラントが退かない俺に文句を言っていた気持ちがようやくわった。頼もしいが、反面見てられない。
「悪いな、そういうのは効かないのだ」
目前のオーガが蛮刀を振り下ろしてきたので、俺は先祖のスコップで迎撃した。
カツと小さな反動が返ると、蛮刀は斬鉄スコップによりたやすく斬られ、遙か後方の大地に突き刺さったようだ。
さすがのオーガもそれに驚いたようだった。
ちょうどいい隙ができたので、スコップでやつの脚部を殴り付けてみたが、微動だにしない。
敵は恐ろしく頑丈だった。
「今だっ、斉射しろ!」
なので戦法を変えた。
巨体ゆえにやつらは足下がおろそかで、簡単に落とし穴に引っかかってくれるようだ。
削られた大地にオーガたちは次々と足を引っかけて、身動きがとれなくなったところにボウガンと弓を受けて、バリスタによるトドメを受けて絶命した。
死と共にオーガの身体は黒く燃え上がり、黒い煤だけ残して世界から消えてゆく。
「わははっ、やるではないかシンザッ!」
「アンタ、なんでこいつらの肉体を斬れる……」
「こつがあるのだ、今度教えてやろうっ!」
「悪いが修得できる気がせんな」
武器や鎧を破壊して殴り付ければ終わる人間と違って、こういうのはシグルーンの方がずっと得意としている。
俺が敵を転倒させたり、土塊を投げつけて目潰しをしている間に、彼女はもう10体以上も単騎で片付けていた。
ちなみにカチュアは遠方から敵の目を居抜き、戦車に突っ込んでくるオーガの膝の関節を打ち抜いて、機動力を奪っていた。
そこにボウガンが一斉に放たれて、オーガの全身に突き刺さる。これはこれでえげつない。
それでもバリスタを撃ち込まないと死なないのだから、アビスオーガとは手の焼ける相手だった。
「前進するぞっ、いいなっ前進だ前進!」
「と、角が黒い方の鬼が物申しているが、どうするんだ?」
やがて俺たちの前からアビスオーガが消えた。
さらに町の奥に深入りするか、一時撤退するかで迷うことになった。
「オレはシンザに任せるよ」
「なら俺たちもそうするか!」
「やるじゃねぇかっ、シンザ! お前すげぇトリッキーな戦い方するじゃねぇの!」
「さあどうするシンザ! 俺たちは今頭に血が上ってて、冷静な判断なんてできねぇぜ!? お前の意見を聞こう!」
こう頼られると、猪突猛進がちな俺も頭が冷えてくる。
進むか撤退するか。オーガの残存数によっては、包囲されて戦車が狙われる可能性もある。
「ならば俺とシグルーンが索敵しよう。その間にアンタたちは矢を回収してくれ。それから様子を見て前進しよう」
俺とシグルーンが左翼と右翼を担って、矢玉の回収を待った。
町にアビスオーガの気配はない。これは前進だ。
再びバリスタの弾を補充した俺たちは、町の中央に進んでいった。
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ところが町の広場までやってくると、その中央に一本の白い杭が大地よりそびえ立っていた。
高さは4mほどで、前に地下でみたやつよりもずっと巨大だ。
「なんなんだこりゃ!?」
「えっこれって、あのラタトスクの町に生えてたやつじゃ……!?」
「む……有角種が精錬した特製の鋼鉄を弾くか……。クククッ、面白い!!」
「シグルーンの姐さんっ、何普通にぶっ叩いてるんですかっ!?」
いやシグルーンが正しい。これは破壊するべきだ。
アビスオーガすら斬り伏せるシグルーンの剣が効かない。というのは驚きだがな。
俺の出番が残されていたということでもある。
「待ってくれ、今バリスタをそいつにぶち込――ヘッッ?!!」
先祖のスコップを構え、俺はその白い杭を一撃で穿ち折った。
ネギみたいに復活されても困るので、念入りに粉砕しておこう。倒れた杭をパリパリとみじん切りにしていった。
「何普通にぶっ壊してるんだよっシンザァッッ?!!」
「ははは、シグルーン様とシンザがいれば、斬れない者なしだね!」
「何を言うカチュア~、お前の弓も見事だったぞ! オーガの目玉をグサリと打ち抜くところを目撃するたびに、拙者はおしっこ漏れそうなほどに興奮した!」
「ぇ……ぇぇぇぇ……?」
「わけのわからない喩えは止めてくれ、シグルーン……」
アビスオーガの大量発生はこの杭が原因だったようだ。
後はこの町に残った残党を駆除すれば、到着早々にミッションコンプリートだな。




