16-1 ゲオルグ兄上と奇跡の種明かし - 弟を唆した書 -
前章のあらすじ
聖都フィンブルから帰国すると、アシュレイはプィスと相談して、騎士コッドウォールを強奪の標的に選んだ。
彼はヨルド皇子や騎士団の金庫番であり、再婚するたびにその妻を殺害している。特権に守られた、法律では裁けない存在だった。
ならば悪から富を奪う前に、安全な輸送ルートを確保しよう。
アシュレイはキャラルとカチュアの支援を受けながら、エリンの南の断崖絶壁を削ってそこに小さな港を作った。
さらにその沿岸にある岩礁地帯を、海水に凍えようとも力ずくで破壊して回り、大型船が寄港できる港に育て上げた。
こうして盗品の輸送ルートが確保された。
翌日、アシュレイは悪党の倉庫へと地下トンネルを繋げて、獣人を含む仲間の協力と共に、悪党から富を根こそぎ奪った。
その際に蔵に監禁されていた少年騎士の身柄も確保した。
これにより、財産を失ったコッドウォール卿は、ヨルド皇子の取り立てと怒りを受けて、屋敷地下にて惨殺された。妻殺しの異常者に天罰が下った。
一方キャラルは出港を前にして、アシュレイに自分の想いを打ち明けた。
アシュレイに生きて欲しいから、公爵令嬢ユーミルと結婚してほしいと、涙ながらに伝えた。
しかしアシュレイにその気はなく、それどころか平和になったらキャラルと共に沿海州に行きたいと言い出す。
爺の言うとおり、アシュレイの心はまだ少年の部分を多く残していた。
その後、アシュレイは帝都とエリンを繋ぐ脱出路造りを進めながら、エリンの森の木を手当たり次第掘り倒し、開拓に大貢献した。
副産物として、大量の山芋を手に入れた彼はご満悦だ。
その後三日間、領主の館では山芋尽くしが延々と続いたという……。
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黒角と射手との冒険譚 復讐に燃えた村
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16-1 ゲオルグ兄上と奇跡の種明かし - 弟を唆した書 -
エリンの森を掘り返して平野に変えたその二日後、とある目的のために、俺は帝都のゲオルグ兄上を訪ねることにした。
戻るのも億劫で息苦しい宮殿に上がり、ゲオルグの部屋を訪れると、いつもの書斎机にブロンドの貴公子がいた。
「よく来た。と言いたいところだがな、今度はどんな騒動を持ち込むつもりなのやら、最近は歓迎より不安の方が勝る」
入口を少し乱暴に閉め、早足で書斎との距離を詰めて、兄上の言葉に返事を返さずに、俺は今日までのイカサマそのものを机に置いた。
兄上はそこに置かれた怪しい文庫本・邪竜の書を、怪しむというよりやや不思議そうに見下ろしていた。
突然だが、俺はゲオルグ兄上にこの奇書の秘密を明かことに決めた。
「目を通してくれ。今日までの兄上の疑問の答えがここにある」
「これでも仕事中なのだがな……」
目的は、一万クラウン相当の大仕事を受けるために、シグルーンとカチュアを連れて遠征をするためだ。
ベルゲルミルの影は、俺の不可能を皆での可能に変えてくれたが、同時に俺という自由人に不便をも強いていた。
ならば最も信頼できる相手に、この奇書の秘密を明かして、理解を得る他にあるまい。
「読めばわかる。誰にも見せる気はなかったが、兄上にならばいい。ジラントの了承も得ている。少し読んでみてくれ」
それにキャラルが海の向こうでがんばっているのだ。
この先、俺たちが無事でいられる保証もないというならば、俺も腹をくくろう。
「そこまで言われたら断れんな」
兄上は邪竜の書を手に取り、最初のページを開く。
異界を知らぬ者には意味不明の目次に、早速首をしかめていたな……。
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】43
【Exp】8400
【STR】108
【VIT】286
【DEX】260
【AGI】244
【Skill】スコップLV5
シャベルLV1
帝国の絆LV1
方位感覚LV1
移動速度LV1
穴掘り30倍
『こちらでは挨拶していなかったな、ゲオルグ皇子よ。この書は、アシュレイに無限の成長を与えると共に、いずれ高き皇帝の座に導く書だ』
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「なんだこれは……」
「STRというのは筋力だ。VITは体力や頑丈さだ。DEXは技の巧みさ、AGIは敏捷性だ。10が平均値らしい」
しかしちょっと待て、ジラント。俺を皇帝に導く書だと?
よりにもよって兄上になんてことを言い出すのだ……。
その放言は協定違反だ。それ以上おかしなことを言うと、俺は本気でヘソを曲げるぞ……。
「奇妙な手帳だな……。この数字が本当ならば、お前は一騎当千の将どころではないではないか。俺とシグルーンが手を組んでも、お前には勝てないということになるな。フッ……面白い」
子供の妄想だと笑われるのではないかと、俺は内心で冷や汗をかいていた。
ところが兄上は誇らしげに笑った。それからのめり込むようにページを進めて行く。
だがすぐにそれが止まっていた。
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- 粛正 -
【悪党を7人埋めろ】残り3人
・達成報酬 EXP1100/スコップLV+1
『待て、誤解するな。そなたの弟は立派だった。スラム街の快楽殺人者を地中に滅し、苦しむキャラルのために悪を倒し、常に法律では裁けない悪党にだけ先祖譲りの白き腕を振るった。アシュレイは皇帝家の末席として、国に救われることのない者たちを守り抜き、天に代わって悪を断罪したのだ』
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ジラントのフォローはあまりに大げさな表現だったが、兄上に誤解されるのは非常に悲しいのでありがたい気持ちが勝った。
常にジラントが俺を見守ってくれて、全てを肯定し、庇ってくれている。これが嫌なわけがない。
「これがあのジラントの正体か……。とんだ食わせ物だ……俺の弟に、とんでもないことをさせてくれたものだ……。俺は腹が立ってきたぞ、アシュレイ……」
「それは違うな、ジラントに怒るのは間違っている」
「アレがお前をそそのかしたのだろうっ!! 俺の大切な弟に、なんてことをさせるのだっ!!」
「だから違うと言っているだろう。ここに記されているのは、ジラントからの指令ではない。恐らくは、これは、これこそが俺の望みだ」
奇書は俺の望みを目標にして、それを乗り越えたときに成長を与えてくれる。
この書は俺そのものだ。ジラントは奇跡を代行しているに過ぎない。
「冒険者となりたい、世界中を旅したい、見て見ぬ振りをするのにもう堪えきれなかった。だからこういう形になったのだ。俺は、法で裁けぬ悪党に、天罰を下したいと望んでいた。だから、俺は己の望むままに実行した! 後悔は一片もない!」
「くっ……。お前はどうしてそう、そんなに、そこまで純粋なのだ……。見て見ぬ振りに、堪えきれなかっただと……」
兄上の立場は俺とは全くの逆だろう。
この帝国の秩序のために、多数の幸福のために、ゲオルグ将軍は見て見ぬ振りをしてきたはずだ。
きっと人を見殺しにしたことも、一度や二度ではないだろう。
よってだからこそなのか、兄上は俺の因業な性質を知ってもなお、普段のあの苛烈さをもって否定することはなかった。
「兄上。幽閉されて育ってきた俺を、兄上が弟として扱ってくれたことを、俺は忘れたことなど一度もない。だが俺の性質は兄上とは異なるのだ。俺は俺の信じる正義のためなら、怪物と言われようともかまわない」
兄上は何も言わず、邪竜の書を読みふけった。
個人情報の塊だ。さすがにこれほど熱心に読まれると気恥ずかしい……。
ところがしばらくすると兄上の顔色が暗いものから、明るいものに変わっていくようにも見えた。
ごめんなさい!
また投稿先間違えていました。ごめんなさい!!




