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15-8 キャラル・ヘズの恋心と少年の心

 エリン港には小さなかがり火が灯されていた。

 暗闇の街道を外れて、車輪の通行にそぐわぬ草原を進んでゆくと、やがて岩盤の大地に変わっていった。


 その先にまぶしいかがり火と、水夫たちの一団が待機しているのを目にすると、俺たちはホッと一息をついていたようだ。

 何せやってることは泥棒だ。さらに過積載の馬車をここまで二交代で押してきたわけで、皆疲れ果てていた。


「みんなお疲れ! ここからは私たちがやるから休んでて!」


 キャラル・ヘズのその言葉に、さしもの獣人たちも地にへたり込んでいた。

 これで最低の変態に天罰を下る。捕まらなかった以上、俺たちは泥棒ではなく義賊だ。獣人たちの誰もが満足げだった。


「シンザッ、無事で良かったよ、お疲れっ!」

「アクシデントはあったがな。それより手伝うか?」


「ううん、休んでくれきゃ、私たち商会の立場がないよっ。それにシンザはこれだけじゃなくて、この港を造って、岩礁まで削ってくれんだよ? これ以上私たちの出番を取らないでっ」


 一理ある。なんでも一人でやろうとするところが、俺の悪いところなのだろう。

 到底、俺のやる独善に巻き込めないという心理もあった。だが今やこの有様だ。おかしなことになったものだ。


「しかし何か手伝っていないと落ち着かん……」

「おっ、でしたら提督をお任せしていいですかね? 一月ちょい会えなくなるんですから、しばしのお別れでも――」

「ちょ、ちょっとぉーっ!? な、何勝手にお膳立てしてるのよっ!?」


「いやそれは一理あるな。しばらく会えないと寂しい」

「へっ……!? 寂しいんだ……。そっか、そうなんだ……。えへへ……」


 キャラルと一緒にかがり火から少し離れて、俺たちは薄暗い木陰に移動した。

 何せ荷物の量が量だ。向こうは水夫たちが騒がしい声を上げて、盗品の積載を急いでいた。


「船長ぉぉっ、ヤベェですよこれっ、白金貨ってやつじゃ!?」

「いいですね、帝国騎士団の武器防具は、向こうじゃいい値が付きそうだ」

「お前らっ、言っとくがちょろまかすんじゃねぇぞ! コイツは盗品だ、下手なところに流すと、テメェらの首が絞首刑台に吊されるからな!」


 キャラルがそんな仲間たちを見て笑った。

 航海を共にした頼もしい相棒なのだろう。


 帝国に縛られる俺には、到底掴めない夢をキャラルが手にしている。

 羨ましい気持ち半分、あの頃に寝食を共にして支えた身として嬉しかった。


「ごめんね、アイツらうるさいでしょ……」

「ああ、だがいつか俺もアレに加わりたいものだ」


「えっ……本当? それ本気の本気?」

「外の世界は憧れなんだ。中途半端な生まれだがな、俺はずっとこの地に縛り付けられて生きてきた。アンタと一緒にあの海を渡れたら、どんなに楽しいだろうな……」


 上品な宮廷よりも、荒っぽい冒険者や水夫を隣人にする方が落ち着くのもある。


「うんっ、いつでも乗せてあげるよ。だってあの船団は、私とシンザが始まりなんだから。シンザには、あれに加わる権利がいつでもあるよ」

「そうか。では平和になったら、俺を水夫としてこき使ってくれ。さすがに海は掘れんがな」


「一水夫から始める気なんだ……」


 積載はまだかかりそうだった。

 騎士団の鎧や剣がやたらに重く、にっちもさっちもいっていない。

 もうしばらくだけ、キャラル一緒にいられるということだった。


「ねぇ、シンザ」

「なんだ、腹でも減ったか? 俺は減ったぞ」


「爺……ギデオンさんが私のところにきたよ。私のこと、覚えてくれていたみたい」

「ああ、覚えていたどころか、爺は隙あらばアンタの話をしていた」


「そうなんだ。ギデオンさんって、かわいいお爺ちゃんだよね」

「……それに立派な男だ。子煩悩すぎるがな、爺には感謝している。だがその爺がなんだ?」


 笑っていたキャラルが急に表情を消した。

 真剣な面持ちで、こちらを見つめて、目を固くつむってから、何か覚悟を決めたようだった。


「ギデオンさんは、シンザの幸せを願ってた。それは私も同じ、シンザが死んだら悲しい。シンザの正体を知ってから、私はずっと海の向こうで気を揉んでた。無事でいてほしいって、願ってた……」

「遠回しで辛気くさいな。要点はなんだ? ――キャラル?」


 暗がりのせいで気づくのが遅れていたらしい。

 キャラル・ヘズは涙を流して、苦しげにもがくように身を揺すり、言葉を吐き出した。


「お願い……。ユーミル公女様と、結婚して……」

「ユーミルと、結婚?」


「ギデオンさんが言ってた、縁談がきてるって……。シンザがユーミル様と結婚すれば、シンザはもう暗殺に怯える必要なんてないんだって……。ギデオンさん、私に謝ってた……」


 俺の知らないところで、勝手に話が進んでいたそうだ。

 そのせいでキャラルは涙を流して苦しんでいる。傷心を抱えたまま沿海州に旅立つことになる。


「父上たちには困ったものだな。ユーミルも、ああ、それであの時怒っていたのか……」

「シンザのことだから、断る気でしょ」


「当たり前だ。そんなことをしたら、俺は帝国に縛り付けられて動けなくなる。確かに立場はよくなるだろうがな、不都合の方が多すぎる」

「ダメだよ。ただでさえシンザは無茶してばかりなんだよ? このままじゃいつか死んじゃうよ……。だから、ユーミル様のフィンブル公爵家を後ろ盾にしてよ……」


 ジラント、アンタもこの件に噛んでただろう。

 俺に恋愛小説を読み聞かせたのは、ユーミルとの縁談があるからだな?


『我が輩のことはいい。今はキャラルの相手をしてやれ』


 よくも抜け抜けと言う。そのキャラルが泣いていたぞ。


『ならば泣いている理由に、察しは付くのか?』


 さあな。泣くほど俺の身を案じてくれているのは確かだ。

 だからと言って、会って数日の女性と結婚しろと言われても困る。


『う、うむ……。これは、ギデオンの言葉が真実を指し示しているのやもしれぬな……』


 ジラントの言葉は、あきれ果てたその一言を最後に聞こえなくなった。

 それよりもキャラルだ。朴念仁の俺なりに彼女を慰めよう。


「結婚はしない。この帝国の大地に縛られたら、俺の人生は終わりだ。それよりキャラル、いつか一緒に沿海州に行こう。塔に幽閉されて育った哀れな男に、憧れ続けてきた外の世界を見せてくれ。そしてそこで、美味い物をいっぱい食べよう!」


 沿海州の魚はまずいとキャラルは言ったが、他にも美味い物が山ほどあると聞いている。

 キャラルの手を引いて、握手して、俺は彼女に向けて笑った。


「シンザの心はさ、まだ少年のままなんだね。なら、私もまだチャンスがあるってことか……。あ、でもさ、ユーミル様との結婚が必要ならそうして。この先、国外のエルフたちを味方に付けたいなら、ユーミル様と結婚するべきだから」

「そうだな……。後で離婚できるなら考えるが」


「ユーミル様の親族一同に、一発ずつ殴り飛ばれてもいいなら、そうしてみたら?」


 明るいかがり火の向こうを見ると、盗品の積載が終わりつつあった。

 そろそろお開きか。キャラルも同じことを思ったのか、また俺を見た。


「一ヶ月ちょいかな……。シンザの盗んだ積み荷で、ちょっと荒稼ぎしてくるねっ、少年!」

「こんなでっかい男をつかまえて、少年扱いはないだろう……なっ?!」


 デジャヴだ。キャラルが沿海州に旅立ったあの日も、これと同じことをされた。

 飛びつくように肩へとしがみつかれて、唇と唇を重ねられていた。


「ドキドキした……?」

「当たり前だ……」


「よしよし、少しずつ大人になるんだぞ、少年!」

「だからなんだその扱いは……」


「じゃ! 行ってくるね、シンザ! ううんっ、私のアシュレイ皇子様!」


 キャラルはエリン港の階段を駆け下り、自分の船へと去っていた。

 もう出向だ。俺は獣人と水夫たち双方にはやし立てられながら、出向してゆくヘズ商会の船団を見守った。


 なぜだろう。あの日、キャラルとナグルファル港で別れたあの時より、胸が締め付けられる。寂しい。早くキャラルに戻ってきてほしいと思った。


「先に戻っていてくれ。船が見えなくなるまでここにいたい」


 キャラル・ヘズ。どうやら俺にとって彼女は、とても重要な人間らしかった。



 ◆

 ◇

 ◆



 暗い海岸で邪竜の書を確認すると、あるページだけがぼんやりと光っていた。

 押し開いてみるとそれは、キャラル・ヘズのページだった。


――――――――――――――――――――――――――――

- エンペラーオブラウンド -


N01.冒険者黒角のシグルーン

N02.――――――

N03.――――――

N04.宮廷錬金術師ドゥリン・アンドヴァラナウト

N05.――――――

N06.――――――

N07.提督キャラル・ヘズ

N08.――――――

N09.――――――

N10.射手カチュア

N11.執政官プィス

N12.――――――

――――――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――――――――

NO.07 提督キャラル・ヘズ


【絆Lv】3

【成長限界】+100%

【実績効果1】アシュレイと行動時、向かい風打ち消し効果

【実績効果2】商才LV+1 姐さん慕われ率+50%

【実績効果3】アシュレイのVIT10%分のボーナス

【実績効果4】所有する船団の航行速度+25%

【実績効果5】キャラルの船の航行速度+100%(未獲得)

【次のLvup】相手次第

【対象のLv】17/100

【信頼度】全てを捧げようとしている

――――――――――――――――――――――――――――


 全てを捧げる……?

 恩なら既に十分に返してもらったつもりでいたが、そこまであのことに恩義を感じていたとは。

 やはりこんなもの見るべきではないな。


 船団の航行速度が25%も上がっているなれば、キャラルが帝国に戻ってくるのは、一ヶ月以内ということになるか。

 俺がキャラルとともにいれば、向かい風を打ち消すそうだ。


 早く帝国の尻拭いなど終わらせて、キャラルと一緒に沿海州を旅したい。その船は逆風知らずの快速が約束されている。

 沿海州へのその想いはさらに強くなっていった。


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