15-7 ホタルは妻殺しの悪党コッドウォール卿から全財産を盗む - 泥まみれの姫君 -
標的の屋敷は帝都の貴族街にある。
ここは特別な区画で、近寄るのにも相応の身分が必要だ。
この付近に輸送部隊を待機させては、余計なアクシデントを引き起こすだけだろう。
そこで俺は廃墟を始点にて、貴族街コッドウォール卿の屋敷までの長いトンネルを造っていった。
「足下が泥まみれね……」
「戻ったか。輸送隊の方はどうだ?」
「この場所を伝えたわ。こちらで練兵に加わっていた、獣人族の精鋭たちがくるそうよ」
「やつらか。やつらなら隠密行動はお手の物だな」
ユーミルが戻ってきた頃には、トンネルの6割ほどが完成していた。
だがな、どうもここの地下は水っぽいようだ。
掘り出した土を圧縮して、壁や足下の補強に使うと、水を次々と吐き出すのでシグルーンのサポートが必要になった。
「にゃぁにゃぁにゃ~っとなっ♪」
「シグルーン、変な歌は止めてよ。憲兵に気づかれたら大変よ……?」
「何を言う、これは猫車の歌だ」
そこでシグルーンには猫車を買いに行かせた。
それで水分を含んだ土砂を外に運んでもらっている。ただ問題は、シグルーンの機嫌が良すぎた点だ。
「意味が分からないわ……」
「まあそう言わず手伝えっ、シンザ、シャベルをユーミルに渡せ」
公爵令嬢は自分が泥まみれになっても別に構わないそうだ。
俺に手を伸ばすので、もう片方のシャベルを手渡した。
俺の背中の後ろで、二人の女性が泥を猫車に乗せて、いっぱいになるとシグルーンがそれを外に運んでゆく。
「他に何か手伝えることはあるかしら?」
「特にはないな。この後の搬送もある、今は体力を残しておいてくれ」
ちなみに照明はカンテラではなく、地下帝国跡地から得た太陽の石を使っている。
当時は間に合わせの靴紐だったが、今は細い鎖で縛って服に結んでいた。
プカプカと独りでに浮遊するそれは、カンテラよりずっと便利だ。
「昨日は冷たい海に何時間も入って、岩礁を消したと聞いたわ……。貴方は、どうしてそこまでするのかしら……?」
「アンタ、俺のことを誤解しているな」
「そんなのしょうがないじゃない……。だって、私たちこの前出会ったばかりじゃない……」
「それもそうか。俺はいちいち考えてから行動するタイプではない。あそこに港を作りたかった。だから凍えながらがんばった。動機はそれだけだ」
「何よそれ……。貴方って、本当に変な人ね……」
その先も二人のサポートを受けながら、世間話をしながらトンネルを掘り進んだ。
スコップ30倍の力を使いたいところだったが、あれを使ったらさらに足下が泥だらけになりそうだ。それは後が怖いので止めた。
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こうして、俺はコッドウォール卿の屋敷地下までやってきた。
その敷地の庭まで一度道を繋ぎ、見取り図と照らし合わせながら目的の地下倉庫と蔵を探り当てた。
後は地下から床をぶち抜いて、根こそぎ奪い取って逃げるだけだ。
「後は後続待ちだな。一度引き返すか」
「わはははっ、どろんこになってしまったなぁっ、ユーミルゥ~!」
「なんで泥まみれの私を、そんなに嬉しそうに見るのよ……」
俺たちは全身泥まみれの酷い有り様だった。
公爵令嬢という身分にありながら、一緒になって汚れ仕事をしてくれたことに、シグルーンも俺も彼女に好感を覚えていた。
「なあっ、シンザはこれをどう思うっ!?」
シグルーンが乳を揺らしてユーミルの顔を指差した。
「えっ、なんでそこでアシュレイ皇子に振るのよっ!?」
「どうと言われても、悪い気はしないといったところだな……」
ユーミルは自ら泥をかぶることをいとわない人種だ。
立派な女性だと思った。
「そうだろそうだろぉっ、白い方のエルフが薄着で泥んこまみれ! 欲情しなければそいつは男ではないなっ!」
「それは、なんの話だ……?」
「へっ……!? えっえっ、あ、貴方っ、私をそういうそういう目で見てたのっ!?」
言われてみれば確かに、これは絶妙な光景なのかもしれない。
泥まみれになった姫君か。これはこれで綺麗だな。
「違うな。尊敬の目で見ていた」
「あの……そ、それはそれで、私、困るわ……」
「まあいい、廃墟で輸送隊の合流を待とう。到着したら少し危険な大仕事の始まりだ」
「うむ……。これはダメだな、せいぜい気長にやるといいぞ、ユーミル」
「余計なこと言われなくても、そんなのわかってるわよ……」
俺たちはぬかるみだらけの長い地下トンネルを抜けて、廃墟まで戻るとしばらく雑魚寝した。
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深夜まで待機すると、獣人族率いる荷馬車隊が到着した。
さあ決行だ。俺たちはトンネルを抜けて、悪党の財宝に向けてひた進む。
「ぅぅぅぅ……シンザ様、こういう仕事は、人間の方にお願いしたかったです……」
「毛皮が、毛皮がドロドロのビシャビシャ……」
「気分がどんよりしてきたぜ、は、はははは……」
ただトンネルに入るなり、獣人たちは足をすくませた。
今は泥まみれになって、世にも悲しそうな顔をしている。
そんなに泥が嫌いだったのか。これは悪いことをしたな……。
「もう汚れてしまったのだっ、開き直るしかあるまいっ! なぁユーミルッ!」
「なんで私に振るのよ……。お願いがんばって、みんなの力が頼りなの」
まずは屋敷の地下倉庫に繋げた。
そこまでやってくると、獣人族の下がりきったテンションが再浮上した。
「金貨ですワン!」
「ベリル、ルビー、サファイア、ダイアモンドにエメラルド!」
「それにこれは、昔使われてた白金貨だ!」
騎士団という軍事組織と結託しているだけあって、俺たちの標的は腰がいかれそうなほどに財宝を貯め込んでいた。
これを根こそぎ奪われたら、もう破滅しかないことくらい俺にもわかる。
「こんなの、いくらなんでも貯め込みすぎよ……」
「これは運ぶだけでも骨だぞ。わははっ、荷馬車をもう一台用意しておくべきだったな!」
「どうしますか、シンザ様? 今から車両を増やしても、間に合わないと思いますが……」
輸送隊の代表が、猫そのままの顔をこちらに寄せて問いかけた。
返答は最初から決まっている。
「根こそぎ奪え、ここを空にしろ。最低の悪党に生き地獄を見せてやれ。財宝を根こそぎやられた、コッドウォールの顔を想像しろ!」
「そうこなくてはなっ、それでこそ拙者のシンザだ!」




