15-6 少年の心
やるべきことを済ませたので、俺は汚れたローブを捨てて酒場宿に身を隠した。
そこでパンと、すじ肉のビーフシチューを頼んで、約束の夕方まで時間をつぶした。
「おいおいシンザ、待ち合わせって、よりにもよってあの女かよ……。ようシグルーン、今日は大人しくしてってくれよ」
「あんたっ、また上客に悪態ついて! シグルーンさん、ごめんなさいね~!」
そういえばここの店主は、歯に衣着せないタイプだったな。
乱闘騒ぎの常習犯であるシグルーンに、薄笑いを浮かべて悪態をついていた。
「ワハハッッ、安心しろ! これからよそで大暴れの予定が入っていてなぁ! おーいっ、シンザーッッ!!」
「ちょっとシグルーンッ、そんな大声出したら、恥ずかしいじゃないっ!」
シグルーンに奪われる前に、ビーフシチューのスジ肉だけでも片付けようと、俺は必死だった。
ところがどこかで聞いたような、品のいい女の声が響いてきた。
「かわいい子連れてるじゃねぇか、お前さんの女か、シグルーン?」
「へ……そ、それって私のことっ!?」
「わははっ、あいにく拙者にそっちの趣味はないな!」
食いながら振り返ると、そこにあのユーミル嬢がいた。
ライトエルフの長い耳と白い肌、美しいブロンドを輝かす女性が、身軽な半袖の上着を身に付け、やたらと短いスカートをはいていた。
そしてその姿がこう言っていたな。
自分も今回の計画に加わりたいと、悪党の倉庫破りに加わる気満々の構えだ。
「主人、一時間ほど部屋を貸してくれ」
「へぇぇ~? 意外と女遊びが激しいねぇ、シンザ~。意外とただれてるってやつだな」
ビーフシチューの皿を片手に、宿の主に銀貨で部屋代を払う。
シグルーンは胸が大きくて美人だ。
さらにユーミルも綺麗どころのエルフとなると、確かにそういった妄想も出来そうだ。
「えっえっ、わ、私そういうつもりでここに来たんじゃないわっ!」
「つまらんつまらん! これから拙者たちが始めるのは、不純異性交遊どころではない、もっと過激でっ、燃え上がるように危険な火遊びよっ! おっ……」
それ以上、余計なことを喋るなとシグルーンの手首を引っ張って二階に上がる。
同じ危惧を覚えたのか、ユーミルの方も大人しく付き従ってくれた。
主人から受け取った鍵で部屋に入り、目に付いたテーブルに腰掛けてシチューを口に運んだ。
シグルーンは向かいの席に腰掛け、イスが足りなかったのでユーミルはベッドに腰掛けたようだ。
『一つ聞こう。そなた、ユーミルのことをどう思っている?』
立て込んでいるところにどうでもいい質問をするな、ジラント。
どうと言われても、答えようがないな。
まあ貴族令嬢にしては、なかなかいい根性をしている。
この計画に加わろうとしている点も含めてな。
『ふむ……ならば女としてはどう思う?』
いきなり妙な質問をするな。危うくシチューをシグルーンの顔に吹き出すところだったぞ……。
女としてと言われてもな。まあ、ユーミルはかなりの美人だとは思うが……。
『ほぅ、それは我が輩の次にか?』
ああ……。アンタと姉上の次にだな。
『ならば我が輩とアトミナでは、どっちが美人だ?』
それは姉――アンタだ。アンタが一番美人だ。この世で一番な。
『うむ、そうかそうか♪ 当然であるな、そなたが我が輩に惚れていることなど、とうの昔から知っていたぞ……♪』
ジラントはヘソを曲げると面倒だ。
ここで姉上の方が美人と答えるのはよろしくない。そこは朴念仁の俺にも、なんとなくわかった。
「美味そうだな……ちょっとくれ」
「ああ、言うと思ったから先に肉だけ片付けておいた。好きにしろ」
「わはは、ちゃっかりしているではないかっ。ではいただくぞ!」
肉のないビーフシチューを生け贄にして、俺は予定外の方に振り返る。
もはや聞くまでもなかったが、一応は事情を聞いてみることにしよう。
「で、どうしてここにいる? こういった汚れ仕事はアンタには似合わん」
「それはこっちのセリフよっ! なんで貴方がこんなことするのっ!? 何も、皇子がこんなことしなくてもいいじゃないっ!」
「わははっ、それこそがこの男のいいところよ! それにそなただって憤慨していたではないか! コッドウォール卿死すべしっ、となぁっ!」
シグルーンの一言に、ベッドの上のユーミルはばつが悪そうに目をそらした。
事情を知ればそう思わずにはいられない悪党ではあるが、これが公爵令嬢の言葉だと思うと面白い。
「い、言ったけどっ、私そこまでは言ってないわっ!」
「勝手に話を盛る女だ。それに暗殺は予定にないぞ」
きっとこの事件は、男と女で受け止め方が大小異なるのだろう。
女性視点からすれば、妻殺しという所業は最悪の裏切りだ。
「でもおかしいじゃない……。こんなのが野放しになってるなんて、おかしいわよ……。いくらお金稼ぎが上手いからって、こんなの、ただの人殺しじゃない……。なんでこんなことが許されてるのよっ!?」
ユーミルが今回の計画に加わった動機は、それだそうだ。
被害者に深く同情して、シグルーンと共に罰せない悪に憤慨していた。
ユーミルは俺が思っていたよりもずっと、熱い女だったようだ。
「ほれ見ろシンザ、ユーミルは面白いやつよっ。だから拙者は手伝わせることにしてみたのだ!」
「そうか、やはりアンタが焚きつけたのか……」
帝国一のトラブルメーカーは豪快な笑顔を浮かべて、いい考えだろうと自分の判断を誇っていた。
俺が言うのも確かにアベコベだがな……。公爵令嬢に、義賊家業を手伝わせてどうするつもりだ、アンタは……。
「どうした……?」
ところが妙だ。ユーミルの目線が俺から離れない。
何か言いたいことがあるのか、シグルーンには目もくれずにこちらを凝視していた。
「見ているだけよ、別に気にしないで」
「気にするなと言われてもな……」
「色々こっちにもあるのよ。ふぅ……あのお爺ちゃんの言い分も、少しだけわかってきたわ……。心はまだ少年のままと言われると、しっくりくるかしら……」
ブツブツと言いながら、少しばかし冷ややかな目が俺を凝視した。
その姿がふと現実に戻り、遠慮がちに口を開く。
「アシュレイ皇子様、ギデオンさんから何か話は聞いたかしら?」
「話? いや、聞いていないな」
「……そう、ならまだいいわ。私たちで力を合わせて、これからクズ男に天罰を下しましょ!」
「そうするとしようっ! さすれば気分爽快っ、我らの財布も潤って最高だ! 悪に地獄を見せてやるとしよう! ズズズゥゥゥーッ」
「シグルーン、アンタの世界観はずいぶんとシンプルだな……」
自分の食っていたシチューを、物凄い音を立ててすすられると、なぜだか俺の方が恥ずかしくなってくるこの心理は、いったいなんなのだろうな。
もうあの皿は俺の前には返してもらえそうもない。
「知った以上は野放しというわけにはいくまい。それにこの手合いは、いずれ身内だけでは我慢できなくなって、辻斬りを始めるぞ。始末しろ、帝国の皇子アシュレイよっ!」
「ああ、ヤツには既に斬りかかられた。だが辻斬りできるような技量は感じなかったな」
返答にシグルーンの皿とスプーンが置かれた。
続いてそうかと挑戦的に笑う。もう一方のユーミル嬢の方はベッドから立ち上がっていた。
「ちょっと待ってっ、貴方、コッドウォールと戦ったの!?」
「ああ、更正の余地があるか確かめたかった。だがあれは救えん悪党だ。狂気すら感じた」
「いや、待て待てスコ男。その目立つスコップで戦えば、お前がお前であることがバレバレだぞ……?」
「そこまで俺も無計画ではない。そこは勝てそうだったので、拳で撃退しておいた」
「えっ……えぇぇぇぇ……っっ!?」
シグルーンはこういった男っぽい話が好きだ。
子供がする武勇伝の大きい版を聞かせると、豪快に笑ってわざわざ俺の肩を何度も叩いた。
「うむ、それは熱いな! その乱闘に拙者も加わりたかったものよっ!」
「ユーミルがアンタを睨んでいるぞ」
「む、なぜ拙者にそんな顔をする?」
「なぜですってっ!? フィンブルで散々やらかしておいてよく言うわよっ! 貴女のせいで、あの時は私まで収穫に駆り出されたんだからっ!」
「そうかそうか! うむ……その話、まるで覚えていないと言ったら、怒るか……?」
「怒るに決まってるでしょっっ!!」
グダグダだな。ちょうどいい好機が到来したので、シグルーンから皿を取り返して残り少ないビーフシチューを口に運んだ。
すぐに完食だ。シグルーンはこういう女なので仕方ないだろう。
「それはそうと、例の物は?」
「例の物……おおっ、ちゃんとメガネくんから預かってきたぞ!」
「メガネくんってどこの誰よ……」
「プィスだろうな」
プィスが見取り図を手配してくれると言っていた。
シチュー皿をどかすと、シグルーンが一枚の紙をテーブルにしく。
大ざっぱな手書きだったが、要所はしっかりと押さえていた。
「うむ、あの黒メガネくんだ。でだな、金目の物はここと、ここに保管しているそうだぞ」
「二カ所か……」
外の蔵と、地下の倉庫に私財を分けて保管しているそうだ。
少しでも標的の経済力を残せば、コッドウォール卿は再起してしまうだろう。よって、両方に地下から繋げて、全てを奪い取るしかないな。
「なんでも投資話を募っているらしくてな、この倉庫には、騎士団の金も混じっているそうだぞ」
「それを奪われたらヤツは破滅だな。うちの輸送隊は?」
「場所を指定したらそこにきてくれるそうよ。連絡は私がするわ」
ナグルファルの悪徳商人の倉庫を破ったあの頃は、こんな優秀なバックアップはいなかった。力を合わせるのも悪くないな、至れり尽くせりだ。
さあ地下トンネルを掘ろう。これから悪の富を奪い取り、俺たちの力に変えるのだ。




