15-4 新たなる海路 エリンの岩礁を削れ - 兄貴 -
両手で水をかいて、海面に突き出た岩礁に近寄る。
たどり着いてみると、水の下は立ち上がれる岩場になっていた。
「シンザーッ、がんばってーっ!」
「大変かもしれないけど、シンザだけが頼りだよ!」
キャラルとカチュアが声を張り上げて励ましてくれた。
「アイツ、迷わず飛び込みやがったな……」
「なんて野郎だ……」
「皇子様って聞いてたがよ、ありゃシグルーンの姐さんと、同じタイプの生き物なんじゃねぇか……?」
「ああ、違いねぇわ……」
俺の耳に届かないと思ったのか、水夫たちが口々に本音を吐きだした。
それに聞き耳を立てながら、俺は身体にくくり付けていた先祖のスコップを取り、海面に突き出した岩礁を根本から穿つ。
海上に出ている分はすぐに撤去できた。
だが船が通るには海面が低すぎる。足下の岩場も片っ端から削り落とそう。
『おい、平気そうにしているが、そなた寒くないのか……?』
何を言う、寒いに決まっているだろう。
いくらステータスを高めようと、寒さには敵わないようだ。俺は今、凍えているぞ。
『うぷっ……』
この状況で取るべき方針はただ一つだ。
寒くてたまらないので作業を加速させて、ひたすら海水の底をえぐっては岩礁を削り取っていった。
◆
◇
◆
かくして俺は岩礁そのものを一つ完全破壊した。
だがもう限界だ。海を引き返してスクーナーに戻った。
「シンザッ、大丈夫!?」
「つ、冷たっ、早くあっためなきゃ!」
甲板には毛布を抱えたキャラルとカチュアがいた。
それがいきなり飛び込んできて、左右から毛布で包み込んでくれた。
「これは温かいな……。すまん、頭がぼやけているようだ……」
「も~、なんでシンザは無茶しなきゃ気が済まないのさ……」
「コリン村でもそうだったよ……。一人でゴブリンの集団と戦っちゃってさ……」
温かい。温かい温かい。それ以外の感想が浮かばない。
甲板にへたり込んだ俺を、二人が包み込んでただ温めてくれている。
「羨ましいけど、アレはマネはしたくねぇな……」
「というかよ、マジで岩礁一つ消しちまったぞ……」
「俺、こんな力づくの業、初めて見たよ……」
この状況、人によっては役得なのかもしれないなと、ふと思った。
だがな、そんなものを感じている余裕などない。
温かい、温かい、頭が鈍るほどに人肌が温かい。ただそれだけだ。
これはハードだ、信じられないほどにハードなミッションだった……。
「ねぇシンザ、平気?」
「なぁ、オレたち……よく考えたら、結構はしたないことしてるんじゃ……」
「そ、それは言っちゃダメだよカチュアッ……こっちまで恥ずかしくなってくるじゃん……」
「ごめん。でも男って、ゴツゴツしてて、なんかくっついてて変な感じ……」
氷のように冷たい俺の身体を、二人は毛布越しとはいえ、不平一つ言わずにずっと張り付いて人肌で温めていってくれた。
それからしばらくすると、水夫が温かいスープを運んできてくれた。
船の上は火気厳禁なので、出航前に熱々のやつをポットに詰めておいたそうだ。
その湯気の上がる貝のスープを飲み干すと、ようやく人心地というやつがついてきたようだった。
「さて、これで少し進めるようになったはずだ。次に削る岩礁はあの辺りだろうな。問題がなければ、船をアレに近付けてくれ」
「ちょっ……あのさ、シンザ……これ、まだ続けんのっ!?」
カチュアが叫び声を上げると、皆が皆それに同意したようだった。
続けるも何も、当初の目的は何も果たされていない。あの岩礁を破壊しなければ、エリン港は翡翠の取れるただの釣り場だ。
「問題ない、まだやれる。水中を掘るコツもつかめてきたからな」
海賊の隠し砦めいたあの港を、ヘズ商会のガレオンが寄港できる拠点にしたい。
あとどれだけ寒い思いをすればいいのやら、想像するだけで逃げ出したくなってくる。
なので俺は考えることそのものを止めた。
「わかった。次も私たちが温めるから、がんばってシンザ! 後で私たち商会もがんばるからっ!」
「ですな。これだけバカ見せられたら、俺たちだってがんばるしかねぇですわ」
「一発ぶち抜いてきて下さいよっ、シンザの兄貴!!」
次の岩礁に近付き、再び海に飛び降りた。
それから立て続けに二つ目と言わず、三つ目の岩礁まで破壊して回った。
しかしそこで限界だ。船に戻ってくると、俺はただのシンザから、シンザの兄貴になっていたらしい。
「お帰りなさい、兄貴!」
「早くスープを飲んでくれ! アンタ凄ぇよ、凄ぇバカけど、そこがかっけぇ!」
「うぉぉぉーっ、シンザの兄貴ィィーッッ!」
一応、これは褒められているのだろうか……?
頭が鈍って、キャラルとカチュアの温もり以外に頭が向かない。
ダメだな。もうこれ以上は止めろと身体が俺に言っている。
骨の芯まで冷え切って、いくら二人の体温を吸っても、体力があまり回復しなかった。
「もう少し、手を入れたいが、悪い、限界だ……続きは、暖かい季節に」
「いや十分だって! これなら一応、一列になって進めばガレオンだって通れるよっ!」
「へい、港として本格運用するにはまだおっかない岩礁が多いですが、風邪をひいて死んだら意味がないですよ、兄貴」
証拠を示さんと、スクーナーがエリン港に向かって進んでゆく。
まだなんの設備もないが、崖を切り出して造ったそこは、海側から見るとただただ壮観だ。
「シンザはがんばったよ。見てらんなかったけど、ホントに岩礁が消えていくの見たらオレ、胸がワクワクしたよっ!」
「そうそう、シンザはまさに霧の巨人ベルゲルミルだよ! 姿は普通の男の子だけど、一人で巨人以上の大仕事をしちゃう凄いやつ! あっ、戻ったら商会の船をここに呼ばなきゃ!」
俺から見れば少し物足りないが、キャラルたちからすれば、興奮に声を上げるほどの大成果だったらしかった。
初代のあの地下隧道を見せられて、俺の感覚が狂っていたのかもしれん……。
「よし、やはりもう少しやっておくか」
「ぇ……ええええーっ!?」
「そんなのダメだよっ、無理は止めようよ、シンザァッ!?」
キャラルが叫んで、カチュアが俺の身体を揺すった。
「兄貴って凄ぇヤツだけど……やっぱバカ野郎でしょ……」
「だが座礁されたら大損だろう。せめてあそこだけでも破壊しておいた方がいい」
しゃがみ込んだまま、次に破壊する予定だった岩礁に指を向けた。
「えーー……えー……えぇぇぇー……。シンザ、私ももう擁護できない……シンザって頭おかしいよっ!?」
「だが俺の軽い命で、座礁を回避できるなら安いものだ」
「いやいや何言ってんの……。シンザの命は、全然安くなんてないから……」
そう言われようとも、やると決めたからにはやる。
キャラルの大事なガレオンが沈没でもしてみろ、俺は必ず後悔する。ならばあと一息だけがんばっておくべきだ。
『そなた……自分を不死身だと勘違いしていないか……? もう帰れ、次は溺死するぞ……』
ジラントの言葉を無視して、俺は夕方までじっくりと時間をかけて、目に付く岩礁を破壊して回った。
最後にスクーナーを港に寄せれば、これにて新たな貿易港の完成だ。水夫から口々に興奮の声が上がった。
エリン港の誕生だ。あとは施設を整備してゆけば、まだナグルファルほどではないが、それなりの港として機能するだろう。
まだまだ見えない岩礁が隠れている可能性もあるので、不安が残るがな。
ただそれは、今度こそ暖かくなってから仕切り直そう。
いかにタフな肉体を手に入れようとも、身体が冷えるのがよくないようで、これ以上は自由に動かなかった。
「造ったからには使うしかないよねっ!」
キャラルは仕入れに、水夫たちにはスクーナーでいったんナグルファルに戻り、停泊地をエリンに変更することになった。
まだ不便だろうに、ここで物資や交易品を搬入したいそうだ。
「強奪品が入る隙間も残しておいてくれ。反吐の出る悪党から、根こそぎ奪ってくる」
「もっちろん! 悪いやつをやっつけてきて、シンザ!」
ここ一帯では、あらゆる輸出品がナグルファルという目的地に運ばれる。
その流れはすぐには変えられないだろう。
だがナグルファルよりも帝都に近いというだけで、この地に利用価値を見いだす者は少なくないはずだ。
エリン港の運営や営業活動はプィスたちに任せよう。
こうして俺は領主の館へと、カチュアの手に引っ張られて半ば強制送還されてゆくのだった。
「待ってくれカチュア。腹が減ってきたから、この辺りで弁当を食べよう」
「ぇぇぇぇ……。まだ食べる気なんだ……」
「うむ、吐いたら腹が減ってきた。そなたとアトミナ皇女の弁当をいただこうか」
その道中に、手頃な木陰にどっかりと腰を下ろして、少し遅いおやつを食べてからな。
姉上が作ってくれた弁当はどれも一手間かかった美味しさで、カチュアの手料理の方は、これでもかと芋がいっぱいで俺を幸せな気持ちにしてくれた。
「あのさ……アタシ、また作ってこようか……? シンザがお弁当食べたいなら、アタシ、早起きしてがんばるよ……?」
「本当か。ならば芋料理をガッツリと頼む。極端に言えば、野菜も肉もいらん。芋だけあればそれでいい」
「ええいっ、そんな喉の詰まりそうな弁当を頼むでないっ!」
などと言いながらジラントが俺の芋をパクつくので、たちまち奪い合いになった。
これで盗品の搬送ルートは確保できた。明日からは汚れ仕事の始まりだ。
悪党コッドウォールの素性を暴き、必要とあらば、根こそぎ悪の富を奪い取ろう。




