15-4 新たなる海路 エリンの岩礁を削れ - 予定調和 -
予定調和でジラントが食い過ぎたので、少し間をおいてから、俺たちはヘズ商会の所有するスクーナーに乗り込んだ。
目的地はエリン沿岸の岩礁地帯、過酷な仕事の始まりだ。
「わぁぁ……動いてるっ動いてるっ、オレたち海の上に浮いてるよ、シンザッ!?」
「それはそうだ。浮かずに沈んだら船とは呼べんだろう」
カチュアは初めての船に舞い上がっていた。
これはキャラルと俺が力を合わせて手に入れた、あの中古のスクーナーだ。少しだけ誇らしい心境になった。
「姐さん、針路OKでさ! このまま直進――」
「シンザの前で姐さんって呼ぶなぁーっっ、次言ったらっ、そこの船首に吊すからねっ!」
「そんなぁ……勘弁して下さいよ、姐さ――キャ、キャラル提督っ!」
「だから、私を姐さんって呼ぶなぁぁぁーっっ!!」
スクーナーの運行は、キャラルが正規雇用する高級水夫たちが受け持ってくれた。
気のいい連中だ。それにキャラルが慕われていて、立派に姐さん――ではなく、提督をやっている姿に俺は感心させられた。
「それにしても速いね! 船ってこんなに速いんだ!」
「ああ、気味が悪いほどにスイスイと進む。スクーナーとは凄い船なのだな」
「へへへ……二人に船を褒められると、とっても嬉しい! ん、んん~? でも、ねぇ、うちの船って、こんなに速かったっけ……?」
キャラルが帆を見上げて、風向きを確認した。
三角帆が大きく広がり、横風を前への推進力に変えている。
「なんか変な感じですねぇ、まるで船底をクジラに押されてるみてぇだ」
「いや絶対変だよ! 確かに速い船だけど、うちの船ってやっぱこんなに速くないよっ!?」
「不思議なこともあったものだな……」
不自然な快速で、ヘズ商会のスクーナーはエリンを目指して北上してゆく。
まあなんだろうといいだろう。速いにこしたことはない。
『た、たわけが……うっ、うぷっ……!?』
ちなみにジラントだが、出航して間もなくして船尾の方で吐き始めた。
本人は無敵と言っていたがボロ負けだ。というより、竜も酔うのだな……。
『50%、スキル、うっうぉぇぇぇぇ……っ!!』
頼むジラント、吐き気が収まるまで俺に声をかけるな……。
出会ったあの日の神々しさはもう欠片もない。今やジラントは、吐きキャラで定着しつつあった。
「ジラントさん、あんなに食べるから……。あ、シンザとカチュアは平気?」
「うんっ、平気みたい! オレ、帝国の騒動が落ち着いたら、キャラルの仕事手伝ってみたいなぁっ!」
「いいよっ、アトミナ様から聞いたけど、カチュアって弓の腕凄いんでしょ! 水夫に向いてるよ!」
「そ、そうかな……。本気でちょっと考えておこうかな……」
どうもかしましいので、俺は船首の方に移動した。
皆は盛り上がっているが段々と緊張してきた。この凍えそうな海に飛び込んで、岩礁を削ろうというのだ。
逃げ出したいとまでは言わんが、改めて腹をくくる必要があった。
「シンザ、何か欲しい物はない?」
「特にない。エリンまで後どれくらいだ?」
「もうすぐだよ。なんか今日は船の調子がいいみたい」
「勢い余って岩礁にぶつかって、そのまま沈没してしまったりしてな」
「平気だよ! うちの水夫はそんなヘマする連中じゃないよ!」
その言葉につられて、船尾の方角に目を向けると――何やらその水夫たちに注目されている。
そそくさと彼らは身を隠して、こちらを見ていないふりをしてくれた。
「姐さんがんばれ……がんばれー……」
「ああ、見てらんねぇなぁ……。俺らでなんとかしてやらないと……」
「いや、姐さんもあれで一応策を考えておいたらしい。後はあの皇子様次第だ……」
なんのことだろうか。こそこそとした内緒話が聞こえてしまった。
キャラルは十分がんばっている。策があるというのは頼もしい。俺次第というのもその通りだな。
いかに海が俺の体温を奪おうとも、岩礁を破壊し尽くすまで俺も撤退する気はない。
「あ、あの、シンザ……」
「なんだ?」
「私……あのね、私……あの……。わ、私の――船、どうっ!?」
「最高だ。アンタほど頼もしい提督を俺は知らない」
そうじゃないでしょ姐さん! と、水夫の小さなぼやきが聞こえたが、よくわからないので聞き流した。
さあ、もうじきエリン沿岸岩礁地帯だ。
◆
◇
◆
◇
◆
目的の岩礁地帯を目前して、スクーナーが停泊した。
ここがギリギリの距離で、これ以上は近付けないそうだ。
「シンザもカチュアも全然船酔いしないね。二人とも平和になったらこっちの仕事も手伝ってよ。……って、シンザは皇子様だったっけ」
「あはは、こうしてると忘れそうになるよね……」
忘れてくれても俺は一向に構わない。
さて覚悟も決めたことだ。始めるとするか。
『恐らく、は……方向感覚、スキル、の……影響、かと……思うぞ……。ハァハァ……』
なるほど。そうなると俺は船酔い知らずというわけか。
だがジラント、今は無理して解説してくれなくてもいいぞ。そこで休んでいろ。
「さて、始めるか」
「ちょっ、シンザさんっ、その格好はまずいですってっ!?」
行くぞというタイミングで、なぜか水夫たちに取り囲まれた。
どうせ海に入れば見えないのだから、服を全て脱ぎ捨てただけなのだがな。
「人の船の甲板でっ、いきなり脱ぐなぁぁぁーっっ!!」
「み、見てない、俺、何も見てない、う、うぁぁぁ……」
「シンザさんっ、俺たちでふんどし締めますからっ、まだ行かないで下さいよっ!?」
大ひんしゅくだった。だが至れり尽くせりだ。
キュッとふんどしが締められると、なるほど悪くない。
これなら全裸よりも水中で動きやすそうだ。
「え、シンザ、その傷なに……?」
「あ、ラタトスクで受けた傷もまだ残ってる……」
なんのことかと思えば胸の銃創と、ヨルドにやられた斬り傷だ。
どちらも白い傷痕になっている。二人がずいぶんと長く傷痕を眺めるので、少しくすぐったい気分だ。
「これか。実は寝ぼけたジラントに噛まれたのだ」
「マジでっ!?」
「いや嘘だよっ、絶対嘘っ! 身体のやつは鎧人形と、ヨルド皇子にやられたやつでしょ!」
さらに水夫が縄でスコップと俺の身体を繋いでくれた。
では行こう。船首に上がって、波が渦巻く海面を眺める。飛び降りる覚悟はもうついていた。
「もし凍死したら兄上にこう伝えてくれ。死ぬほど冷たかったとな」
それだけ伝えて海に飛び降りた。




