15-2 誰も近寄れない断崖絶壁に港を作ろう
翌日、目覚めると部屋の扉が勝手に鳴った。
誰かと思えばカチュアとキャラルだ。どちらも身支度をして、カチュアなんて弓まで背負っていた。
「なんだ……まだ朝だぞ……」
「アシュレイッ、話はプィスから聞いたよ! 私たちのために、エリンに港を作ってくれるんでしょ、嬉しいよっ!」
「アタシもプィスさんからお金貰っちゃった……。こっちの仕事手伝えって……」
どうやらまだ寝ぼけているようだ。最初はなんの話かわからなかった。
そうだ。コッドウォールとかいう悪党の金を根こそぎ奪う前に、盗品の出航ルートを造るのだった……。
「いい夢を見ていたんだ……。続きが気になる、少し後にしてくれ……」
「こう言ってるけど、どうする……?」
「うん、寝かせてあげたいけどダメ。ほらアシュレイ、起きて!」
夢の中で俺はピンクの象になっていた。ああ気になる……なぜピンクなのだ……。
だが布団をはがされた。おまけに手を引かれて、そのまま床の上に引っ張り起こされてしまった。
「酷いぞ、キャラル……」
「でも早く動かないと日が暮れるよ。海水も冷たくなって、辛くなるのはアシュレイだよ?」
「……おお。それは確かに、それもそうだな。起きるしかないようだ」
「あのねアシュレイ、アトミナ様がアタシたちに、朝食を作ってくれたんだって……」
姉上の作った朝食か。それは楽しみだ。
俺は逆らわずにキャラルに手を引かれて、食堂まで運ばれていった。
「すみませんアトミナ様、オレ、いやアタシたちまで、食べさせてもらっちゃって……」
「あら、アシュレイのお友達なら当然よ。それに私にできるのはこのくらいだから」
俺の代わりに領地運営に加わって、朝食まで作ってくれる。
よくできた姉だった。朝から姉上のやさしくて綺麗な笑顔を見れると、一日のやる気が違ってくる。
「ドゥリンも手伝ったでしゅ。アシュレイ様、お仕事がんばるでしゅ……ドゥリンなら逃げ出したくなるくらい、ヤバいお仕事でしゅ……」
「否定できんな。だがそこは、気の早い海水浴だと思うことにする」
岩礁を削るとなると、海に浸かることになる。
今日はそれなりに温かかったが、海水はまだ身が縮むほど冷たいだろうな。
「アシュレイ様でも凍り付くでしゅよ……?」
「まあどうにかなる」
「ドゥリンちゃんが言うから、なんだか心配になってきたわ。お姉ちゃんも一緒に行く……?」
「アトミナ姉上は領地を頼む。バカな俺にはできない仕事だ」
「そう……。風邪引く前に帰ってくるのよ……?」
「そのつもりだ。それより芋が美味いな、おかわりだ」
「結局、なんでも芋に行き着くんでしゅね……」
姉上の作ったマッシュポテトを腹に収めて、俺たちはエリンの南部。断崖絶壁の海岸地帯に向かった。
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少し解説しよう。エリンを含むここ一帯は港に適さない。
切り立った崖と岩礁。この地形のせいで、船が近寄ることができないからだ。
特に岩礁が厄介で、もはやこればかりはどうにもならない。
断崖絶壁が海と陸を隔てているせいで、漁業も絶望的だ。
そのため海上の物資は、海岸線がなだらかなナグルファル港を経由する。
ナグルファルそのものが小さな半島となっており、港として都合がいいのも含む。
キャラル発案のプランは、これらの常識を覆し、海上輸送に劇的な変化をもたらす可能性を秘めている。
と、兄上とプィスが言っていたので、きっとそうなのだろう。俺はバカなのでわからない。
そうこうしているうちに海岸に到着した。
断崖絶壁とは聞いていたが、確かにとんでもない地形だ。海や白波が小さく見えて、見晴らしがとんでもなくいい。
「凄まじい場所だな……」
「ほ、本当にここを港にできるのかな……。大丈夫、アシュ――シンザ」
「そうだ。外ではシンザで頼む」
「言い出しっぺの私もちょっとビビってきた……。大丈夫、できそう、シンザ……?」
「出来る出来ないではない。決めたからにはやり抜く」
「シンザって、なんか野生動物みたい……」
「あははっ、イノシシみたいなところあるよねっ!」
女が二人集まるとどうしてこうなるんだろうな。
だが仲が悪いよりはマシか。俺は崖に寄って一帯をよく眺める。
「あっちの方が海に近いな」
「そうだね。そっちの方が私も港に向いてると思う」
まずはこの切り立った崖と海を繋ぐ必要がある。
そこで俺たちは住む者がいなくて、崖の比較的低い場所を選んだ。
それでも海まで7、8mの距離がある。
誰もここを工事して、海と行き来しようとは考えなかったようだ。
「この辺りか。問題はどうこの崖を切り開くかだな……」
先祖のスコップを地に突き刺して、構想を考えたが確信が得られない。
俺の知っている港は、美味い物がたくさんあって、夕日が綺麗で、流通が集まるからこそ様々な人種が集まる場所だ。
仮にどんな形をしていたかと聞かれても、パエリアに乗っていたムール貝の形しか思い出せん。
端的に言えば、俺は港の造り方など知らん。
となればこの中で最も港に詳しいのは、提督やら姐さんことキャラル・ヘズだろう。
「二人とも俺に指示をくれ。アンタたちの方針に従うことにする」
「えっ、お、オレたち!?」
「ああ、指示してくれ。命令通りに俺は動く。俺のことを便利な道具だと思ってくれて構わない」
「そういう話ならオレはいいよっ、キャラルに任せる! オレは……アシュレイが切り出した土砂とかどかしたり、雑用をするよ!」
まあそうなるか。細かい部分まで俺がやるわけにもいかないので、サポートは助かる。
「だそうだ。キャラルに任せた」
「あははっ、なんだか面白そう。私の思い描いた港を造ってくれるってことだね!」
それでこそキャラルだ。ヘズ商会の女主人として、商会を立て直しただけはある。
思えばあの当時の気軽な用心棒暮らしが恋しくなってくる……。
父上があの状態となれば、もう無責任でいい加減な生活は許されない。
「あ。それとお弁当も作ってきたから、食べてね……? アトミナ様が手伝ってくれたんだ……」
「おお、姉上とカチュアの合作か。やる気が出てきたな!」
「よしっ、イメージできたかも。やるよっ、シンザ! 準備はいいっ!?」
「ああ、任せたぞ、姐さん」
「は?! どこでその呼び方聞いたのっ!? シンザの口からは絶対に止めてっっ!!」
「頼りがいがあって、いい呼び方だと思うが……?」
「絶対にイヤ! 特にシンザにそう呼ばれるなんて、悪夢だよっ!」
こういうパワフルで、代わりに仕切ってくれるところがあるから、姐さんと呼ばれるのだろうな。
俺はキャラルに軽く謝罪して、彼女の指示を受けながら、一帯の崖を削り取っていった。
「重い積み荷も多いから、かなり大がかりにやってもらうよっ! いいよねっ!?」
「いいぞ。この先祖のスコップがあれば、なんだってできる。今は根拠のない自信でいっぱいだ」
不思議な感覚だ。先祖のスコップは俺に自信と力をくれた。
これを持っているだけで、勇気があふれてくるようだ。
喩えるならば、伝説が俺の手元にあり、俺に力を貸してくれているのだ。
「じゃあ、次はこの崖にそってスロープを造ろうよ。イメージは――トンネルかな。ここの崖を堀り抜いて、海まで下りてゆく道を造るの!」
「いいな。それなら俺にもできそうだ。やってみよう」
「傾斜はきつくしちゃダメだよ。ヤバいくらい重いのもあるから、緩やかにお願いね!」
「ああ。しかし崖に沿って穴を掘る、か。それは――こんな感じでいいのか……?」
「うわ、スプーンで煮凝りすくうみたいに、崖が削れてく!?」
「凄い凄いっ! シンザ凄いよっ、何これっ、前よりパワーアップしてない!?」
悪い気分ではないな。驚異の穴掘り能力に、二人が興奮してゆくのが見れた。
しかしこれが岩でなければな、芋を掘り当てる可能性もあったのだが……。
「わかった。このままワンパターンに進めてゆく。引き続き指示を頼む」
「OK! がんばってね、シンザ!」
「うわ、うわぁ……本当に、これ、港造れちゃうかも……。コリン村の要塞化なんて目じゃないよ……」
こうしてキャラルの指示を受けながら、崖を掘って掘ってほりまくると、小一時間で崖そのものを切り出して、俺たちが海岸にたどり着くことになった。
せっかくなのでスロープは止めて階段にしたいというので、段々状に道を削り取ると、だいぶこれで上りやすくなったようだ。
今はいいが、こういった立地だ。
スロープでは足が滑りかねないので、適切な処置だろう。
それからさらに細かな部分を仕上げていった。
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◇
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「で、できたぁぁーっっ!! シンザッ、OKだよっ、こんなに沢山ありがとう!」
「シンザって、やっぱり神様の使いだ……。一人で港を造っちゃった……」
完成と言われて、機械的に動かしていた手を止めた。
二人のいる砂浜側に移動して、自分の造り出した物を見上げてみると、確かにこれは凄まじい建造物だった。
「港というより、まだその雛形だが……当面はこれで十分だろうな」
遙か高い台地に向けて、絶壁が削れていた。
まるでそれはアリの巣だ。それが少しずつ少しずつ壁を段々と上って、台地と海を繋げている。
男の子が見たら誰もが目を輝かす、秘密のアジトめいた輝きがそこにあった。
「あれ……なあ二人とも、これって翡翠じゃないかな……?」
「あっ、本当! なんでこんなところに……うわっ、いっぱいあるよっ!?」
「おお、これは面白いな。手付かずの浜辺に宝の山か」
翡翠は山や川から取れる鉱物だったはずだ。
それが海に流れて、この海岸に押し寄せてきたのだろうか。
「丸く綺麗だ! これなんて結構澄んでるよ、キャラル!」
「ならこっちも見てよ、こんなに大きいのがあったよ!」
「うわっ、でっかいな!」
「他にもいっぱいある。全部かき集めよう!」
「うんっ、そうしよう! へへへっ……ヤシュにプレゼントしようかな」
キャラルとカチュアが小さな女の子みたいにはしゃいでいた。
岩礁で誰も近づかない海岸に、翡翠の山か。ここが帝都の近郊とは思えないな……。
「売り物になりそうだな」
「ううーん……どうかな、売るのはもったいないかな……。そこまで高い石じゃないから、私は今回の記念品にしたい!」
「うん、オレも、売るのはもったいないと思う……」
「ならそうしよう。贅沢ではあるがな、なんでも金に換えようとするのも変だ」
わがままというより、道楽心に賛同して、オレは白い浜辺から海を眺めた。
海水に触れてみると、思っていたよりずっと冷たい。今日はこれに入るのか……。
やるしかないとはいえ、ちょっとどころではない苦行だな、これは。
ここから見ても、目前に岩礁が無数に確認できた。
あれを削り落とせば、ここに船を寄せることができる。
義賊としては、安全に、ぼったくられることなく、盗品を売却できるルートがほしい。
ならばこのくらいの試練、十分に乗り越えられる。
「さて、あれを削るか」
「いやでもさ、凄い冷たいよ、この海水……」
「うん……。頼んでおいてなんだけど、ヤバいね……いつもより冷たいかも」
そう言われると、言葉に甘えて、逃げ出したくなるな。
「やるといったらやる。それにカチュアとは約束があったからな」
「え、オレと約束って何……?」
「ナグルファルで食い歩きをすると言っただろう。キャラルもいるなら、さらににぎやかで楽しくなるな」
沢山働いたら腹が減ってきた。
ナグルファルの豊富な魚介や舶来品で、楽しく腹を満たすことにしよう。
「あ、うん……そうかもね……」
「はあ……。カチュア、なんかごめんね……シンザって、こういうマイペースなやつだから……」
「え、いや、オレ、アタシッ、別になんでもないし!」
「なんの話だ?」
「シンザには後10年は絶対わかんない話かな……。ま、やる気みたいだし、予定通り行こうか! こうなったら楽しんじゃおうよっ!」
岩礁を削る前に腹を満たそう。
俺たちは帝都とはまた異なる食い歩きの名所、ナグルファルに向かった。
いつも感想、誤字報告ありがとうございます。
先日から新着順に返信させてもらっています。
楽しんでいただけて光栄です。どうかこれからも応援して下さい。




