14-5 姫君を娶れと奇書が言う
先祖の黒いスコップを手に入れたことで、地下隧道の整備はたやすくなった。
ただ岩盤が脆いエリアに行き着いてしまったようで、落盤の撤去やひび割れの補修に、丸一日を要することになった。
仕方ない。いざというときに崩落しては、笑うに笑えないことになる。
そこで密度の緩い土砂をシャベルLV1の補修能力で圧縮して、壁や足下を完璧に塗り固めた。
このため概算二日で戻るつもりの予定が、既に三日目にずれ込むことになっている。
さらに加えるならば、地下道が一定区間で、地上への上り道に分岐していたのもある。
そのつど上り道を整備して、地上の清々しい空気や、まだ見ぬ世界の姿を楽しんだ。
地下隧道のどの出口も巧妙に隠されており、ジラントによると有角種の結界まで使って、外部から見つからないように徹底されているそうだった。
「アンタの憧れる初代は、やはり変人だな……。あの地下道を作るために、モグラみたいな地下暮らしを何十日も続けたのだろう? 俺なら二日で発狂するぞ……」
「やかましい、忍耐力があると言え。次にアウサルの悪口を言ってみろ、口を聞いてやらんからな」
「それは困るな……。あの暗闇の世界で、アンタと話せないのは苦しい」
「うむ、ようやく使徒としての自覚が出てきたようだな。我が輩とお喋りできるのは、さぞや幸せであろう? 喜びにむせび泣いてもいいぞ」
これで出しゃばりでなければな……。
ともかくジラントの機嫌が直ったようなので、俺はあらためて地上の世界を一望する。
そこは小さな丘の上で、ここからは見渡す限りの平野を眺めることができる。
目に映るのは小さな町や村。畑と街道。花と緑に包まれた低い丘。後は平地に相応しく幅広い川と、人々がそこに築いた立派な石橋くらいだ。
橋の左右にはフジツボのように家々がひしめき、町となって栄えている。
住みよくて金の集まるところに人が集まりそこに暮らす。それは当たり前のことだが、遠くから眺める分にはあれこれと想像力をかき立てた。
「ああ、アンタと出会ったのは幸運だ。出会わなければ、俺は既に悲惨な末路を描いていただろう。アンタには感謝している」
「うむ。うむうむ、悪い気はしないぞ。もっと我が輩をおだててみよ」
「……そうだな。アンタのおかげで、俺はこの姿を異形とは見なさない、人として認めてくれる変わり者どもと出会えた。やはり感謝している」
目のレンズを外すと夜目が利くようになるので、ここ数日はずっと外したままだ。
「さて作業に戻るか」
「うむ。だがあまり急ぐと、向こうも追いつくのが大変だ。もう少しゆっくりしてもかまわん。……それにもうじき帝都だ」
「そうか。では少し寝るとしよう」
「ん、ならば見張っておいてやる。休め」
それでは主従がアベコベだな。そう言うとヘソを曲げるので黙り、俺は丘地の傾斜面に寝そべって、やわらかい若草をベッドにした。
目を細めた視界には青空が広がり、ゆっくりと小さな雲が風に流されてゆく。
空を見上げるなんて久々だ。穴蔵生活のストレスがみるみると癒されてゆくようだった。
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「目印を残しておいてくれたのね。ふぅ……やっと追いついた。ん、あら……?」
「すまぬな、アシュレイなら今し方眠ったところだ」
「大きな声を出してごめんなさい。起こしちゃったかしら」
「半々といったところだな。……どうかしたか、フェンリエッダ」
「ユーミルと呼んで下さい。ん……その、実は少し、あちらで色々とあって、はぁっ……。とても困ったことになってるのよ……わっ!?」
まぶたを開くと、俺の顔を令嬢ユーミルがのぞき込んでいた。
ずいぶんと近かったが、驚いた彼女がひっくり返りそうになったので、その腕を引いて立ち直らせた。
「起きてたのっ!?」
「寝ていた。何かあっちで問題が起きたのか?」
「ええ、色々と、貴方のせいでもう散々よ!」
「カカカッ、こんなにぷりぷりと怒るユーミル嬢も珍しいぜ。ようアウサル――じゃなくて、なんだったかな……。おっと、とにかくスコップが完成したぜ」
そこに半身が鉱物と化した鍛冶師おっさんが現れた。
「問題ない。俺もアンタの名前を一度も聞かなかったからな。それより、完成してしまったのか」
「おう、変なスコップを拾ったそうだけどよ、俺のやつの方が絶対強ぇぇからこっち使えっ! そんなナマクラなんぞ捨てて、こっちを――ん、んんーー??」
おっさんが俺の先祖のスコップに首を傾げた。
俺と一緒に寝そべっていたそれに近寄り、食い入るように見つめている。
「これは、まさか、嘘だろ?! これアウサルの野郎のスコップか! どこで見つけたっ!?」
「本人の古巣だ。まるでアシュレイがあそこに現れると、わかっていたかのように残されていたぞ」
「んなアホなことあるわけが――いや、あり得るか……。そうか、じゃあコイツはもうムダだな。このスコップは潰すとして、何かもう一本欲しい武器はないのか?」
揉めるかと思ったが、意外にも職人側の方から折れてくれた。
もう一本作れるならやはりシグルーンに持たせるのがいいだろう。
「ならばショートソードを一本頼む。持たせたいやつがいる」
「いいぜ、ソイツはどんなやつだ?」
「バカ力をもった双剣使いだ。常識がないが恐ろしく強い。それに豪快だ。シグルーンの実力はゲオルグ兄上と並ぶだろう」
「ゲオルグとシグルーンな……。いいぜ、おっさんをそいつらに会わせてくれ。直接客から要望を聞きたい」
「それは構わないが……一応アンタ、フィンブル公爵家の家宝だろう。俺たちが持ち歩いてもいいのか……?」
おっさんから視線を公爵家のユーミルに移した。
すると彼女はなぜかビクリと震えたようだった。
「そのことだけど、私もついていくわ……」
俺から視線を恥ずかしそうにそらして、要領を得ないことを言う。
その姿は気の強い第一印象からすると不自然に慎ましい。エルフの長耳まで薄く色づいていた。
「なぜだ? 姫君がなぜこちらにくる必要がある」
「全部、貴方のせいよ……。貴方が現れるからこうなったのっ!」
その少女がいきなり怒り出した。
何やら迷惑をかけてしまったようだが、原因に心当たりがない。
「落ち着けよ、別にいいじゃねぇか。こう見ると、なかなか色男だぜ。ま、性格はちょいとだけアレだがよ」
「ククク、面白そうなことになっているな……」
金物のおっさんは事情を知っているようだ。ジラントも何かを察したようだが……。
「ユーミル、説明してくれ」
「はぁっ……。私には許嫁がいるの……」
「そうか。それで?」
「将来その人と結婚することになってたわ……。といっても彼に恋愛感情はないわ。だけど特別嫌いでもない。いずれこの人と結ばれるのだと、心構えをしてきたつもりよ……」
よっぽど頭が血が上っているのか、ユーミルが俺を鋭く睨む。
恨みがましそうに、全部俺のせいだと言いたそうにだ。
「公爵家の令嬢ともなると大変だな」
「うっわ……鈍いなコイツ……」
「そういう男だ……。こういう部分が全く成長せんで困っている……」
結局なんの話なのだ。ユーミルまで深いため息を吐いていた。
「相手だってそのつもりだったわ。清く正しい交際を続けてきたの。だけど、それが、貴方のせいでぶち壊しよっ!」
「俺のせいか。ならば俺はどうすればいいのだ?」
「ここまで話して、なんで察しないのよっ!? わざとやってるんじゃないでしょうねっ!?」
「落ち着け。だから俺がどうすれば満足なのかと、聞いているではないか」
ユーミルが途端にしゃがみ込んだ。
またため息を吐いて、疲れたように動かない。しばらく様子を見れば、彼女が再び立ち上がった。
「私を皇帝陛下に会わせて。フィンブル公爵家からの大切な書状を預かっているわ」
「父上か。それはかなり難しい注文だが……まあやるだけやってみよう」
「はぁ……。なんでこんなことになったのかしら……」
「ククク……こやつはこういう人間だ。アシュレイよ、そなたはこのおっさんを持って、先に地下に下りていろ。我が輩はちと、この娘の面倒を見ておいてやる」
終始よくわからん流れだったか、それは非常に助かる。
俺はおっさんの宿るハンマーを拝借して、一足先に地下道へと下っていった。
「お前よぉ……全然わかってねーのな……」
「だから何がだ? なぜ誰も説明してくれない」
「お前さんがお子さまだからだよ。こりゃあのお嬢に同情だわ。これでも一応、俺はよ、あの子をガキの頃から見守ってきたんだぜ……」
わからん。お子さまな俺は考えることを放棄して、一足先に崩落部の整備に入った。
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地下隧道は帝都にも繋がっていた。
螺旋を描くスロープを進んでみれば、そこはなんと、あのジラントが眠っていた地下遺跡だった。
続いて俺はその足で帝都の宮殿、赤竜宮に向かった。
ユーミル嬢を隣に連れて、小姓に書簡を届けると、ほどなくして爺が俺たちの前に現れた。
「アシュレイ様は結構です。今回はユーミル様だけにいたしましょう」
「つれない態度だな、爺」
「……あきれているのですよ。確かに誠実にあれと貴方を育てましたが、こんな男になれとは言っておりません。ユーミル様、アシュレイ様が大変なご迷惑をおかけしました……」
「俺が何をした……。さっきの書簡になんと書かれていたのだ……?」
「揉めますぞ、これは。キャラル様という方がいるというのに、貴方という人は、まったくもう……」
それだけグチグチ言い捨てて、爺はユーミル嬢を連れて俺の前から去っていった。
まあいい、新しいスコップの獲得という目的は果たしたのだ。
おっさんにゲオルグ兄上とシグルーンを紹介したら、息抜きがてらにベルゲルミルの影のオーダーを進めるとしよう。
まずはそうだな。倉庫荒らしの標的が見つかるまで、やはりエリンの海岸を削って、岩礁を潰すところから始めてみるか。
連絡。明日更新分の文字数がかなり少なくなります。




