14-4 スコップ一つで築いた反逆の地下帝国 - 白き死の荒野だったもの -
ところがだ。一時間ほど経つと通路の向こうに何かの物音がした。
それは少しずつこちらに近付いてくるものだ。
ユーミルも長い耳でそれを察したようで、光の魔法を強くして向こうをうかがっていた。
「ひっ、ひぅっ!?」
「なんだ、アビスアントか」
おまけにゴブリンの姿までそこに追加で現れていた。
どういうことかわからんが、掘り当ててはいけない場所に繋げてしまったようだ。
「ジラント、ユーミルの護衛を頼む」
「仕方あるまい、付き合ってやる」
言い出しっぺはジラントだ。責任を感じたのか、素直にオーダーに応じてくれた。
これで後方の憂いはない。俺は怪物まみれの地下道を突っ込んだ。
どうしてアビスの怪物に、ゴブリンどもまでいるのか。
そんな疑問が浮かんだが、今は蹴散らすのみだ。
「さすがにそんなの無謀だわっ、退いてアシュレ――ええーっっ!?」
「ククク……アビスアントにはもう慣れたようだな」
まずは最前列のアビスアントを片付けた。
巨大アリは確かに脅威ではあったが、もう向こうの出方はよくわかっている。
でかいといえど結局はただの蟲だ。
条件反射の塊でしかない知能無き生き物など、セオリーさえ見つければ雑魚も同然だ。
片足の間接を貫き、敵が体勢を崩したところで背に乗って胴体の神経を断った。
それでもしばらく死なないのだから、気味の悪い生き物だ。
後はもがくアビスアントの隙間を抜けてくるゴブリンを、ただ各個撃破するだけだ。
「ジラント、いったぞ!」
「我が輩に雑魚の相手をさせるとは、いい度胸だな!」
「こ、凍ったっ!?」
討ち漏らしはジラントが凍り漬けにしてくれた。
やがてアビスアントが動きを止めて、ゴブリンの死体が散乱すると、やつらは溶けるように大地へと消えていった。
「アシュレイよ、奥にまだ何かいるぞ」
「初代皇帝はアビスにまで地下道を繋いでいた、なんて言うなよ」
「バカを言え」
奥に進軍すると、地下道が広い空間に繋がっていた。
そこにもアビスアントが一匹いたが、どうも妙だ。こちらに威嚇を向けない。それに二周りも巨大なやつだった。
「それ、死んでいるわ……」
「うむ、これは餓死したようだな。こやつらは地域を滅ぼした後に、自らも飢えて死ぬ生き物だ」
「だがなぜこんな地下道にいる」
「恐らくはアレのせいだな。そなたも見覚えがあろう」
「何あれ、杭……?」
ジラントが奥の壁際を指さすと、確かに見覚えのある物があった。
それは白い杭だ。ラタトスクの大地に突き刺さっていたやつの、ミニチュアサイズ版が地より生えていた。
もちろん、俺は何も考えずにそいつを破壊した。
「アビスの気配が遠のいたな……。どうやらその杭が原因だったようだな」
「キノコみたいにこんなものが、あっちこっちに生えていったら、人類側はたまらんな……」
これは次の崩落部まで、警戒しながら進む必要がありそうだ。
「アシュレイは強いのね」
「さあな。これでも兄上の方がずっと強いぞ」
「どういう謙遜の仕方だ……」
「嘘よ。貴方みたいな人が二人もいるわけないじゃない。それに、私やっとわかったわ。カーハの王が、貴方に賭ける気になったのは、こういうことだったのね」
届けた書簡で、こちらの事情をある程度フィンブル公爵家に伝えてある。
その書簡には、帝国をマシな方向に導きたいので、味方になってくれと大ざっぱに記されていた。
「さらに貴方は、この地下隧道を復活させる力を持っているわ。悔しいけど認めてあげる。貴方、ちょっと変だけど……私たちの味方よ。本当にこの帝国を救うだけの、凄い男なのかも……」
「ククク……左様。我が輩が目を付けた男だ。必ず成し遂げて、あるべき玉座を取り戻すであろう」
「ジラント、こんがらがるから余計な話を混ぜ込むな。とにかく警戒しながら前進するぞ」
道の先にはアビスアントがもう一匹いたが、良いところを見せたかったのか、出しゃばり屋のジラントが一発で凍り漬けにしてくれた。
それから再び現れた崩落部を修復すると、やがて俺たちは分かれ道に行き着いた。
「進むか、上るか。判断はアンタに任せよう」
「上れ。地上のどこに繋がっているか確認したい」
上り道は螺旋を描いて地上に続いていた。
深い地底から道をたどって、遠い地上に上がってみると――そこはなんと草木に包まれた森の中だった。
「ふぅぅ……っ。空気が美味しいわ、それに綺麗なところね……」
「どうしたジラント、早くこい」
「うむ……だがここは、どこかで、見覚えがあるような気がするぞ……」
「生憎、俺にはないな。ところであの岩山、妙に白くないか?」
「そうね、草が一本も生えていないわ。これだけ緑にあふれているのに、なんだかちょっと変かしら……」
足取りの鈍いジラントをおいて、俺たちは岩山に近付いてみた。
するとその岩山には、ボロボロに朽ちた木の扉が付いていた。
ここで暮らしていたやつがいた。そういうことになる。
「家を建てればいいのに、物好きなやつもいたものだな……」
「祠か何かの可能性もあるわ」
「いや、これは、違う……。まさか、ここは……」
フィンブルにきてからジラントは変だ。
まあいちいちもったいぶる必要などないだろう。俺は朽ちた扉を蹴り破って、内部へと入り込んだ。
中にあったのは生活の残骸だ。
朽ちたベッドに、空っぽの本棚、簡単な厨房。そして、立てかけられていた奇妙なスコップだ。
そのスコップだけ、錆びも朽ちもせずに綺麗なまま、そこに置き忘れられていた。
そいつを手に取ってみると、重さもちょうどよく、身体に馴染む。なぜだかわからないが、やけにしっくりときた。
「これは使えるな」
「不思議なスコップね。それ、何でできているのかしら……」
それは頑丈そうな黒いスコップだった。
見れば刃の欠けはどこにもなく、試しに岩の大地に突き刺してみれば、ゼリーにスプーンで突くかのように、小さな弾力が返ってくる。漆黒のスコップはいともたやすく、大地を貫いていた。
「これは使えるぞ、これならアビスの魔剣とやり合えるかもしれん!」
「アシュレイよ、それは当然のことだ……。間違いない、ここは――ここは初代皇帝の古巣だ! かつての皇帝はその異形ゆえに人間から拒絶され、呪われた、白い大地で暮らしていたのだ!」
ずいぶんと興奮していた。もちろん俺もだ。
こんなに素晴らしいお宝は初めてだった。これがあれば、俺はどこまでも行けそうな気がする。
「ならばもっと使えそうな財宝が眠っていそうだな。他にこういった場所はないのか?」
「ちょ、ちょっと待って、それは遺跡荒らしなんじゃないかしら……」
「末裔が先祖の財宝を使って何が悪い」
「そ、それはそうだけど、でも……」
「確か……隣は倉庫になっていたはずだ。調べてみるがよい」
ジラントの言うとおりで、外に出て隣の入り口を探してみると、その奥は広大な倉庫になっていた。
古い骨董や朽ちた絵画、子供が好きそうな玩具、宝石や金銀を使った財宝まで、ガラクタから金目の物まで、何もかもが大量に眠っていた。
「アウサルの遺産だ。末裔であり、先祖帰りであるそなたは、これを自由にする権利がある」
「大半がガラクタだがな」
「ガラクタじゃないわ、立派なアンティークよ! ねぇ、この七色の壺とか、私ももらってもいい……?」
ユーミル嬢は渋い趣味をしているな。
商業的な価値があるようには思えないので、骨董は彼女の好きにさせるとしよう。
「しかしこの財宝を持ち帰るとなると、このまま西へ西へと整備しながら進めなければならんな」
「それが元々の予定であろう。これらは軍資金の足しになるぞ。運搬のルートを作れ」
「ん……なら、私は報告に一度戻るわ。だって、スコップはもういらないんでしょ、鍛冶師様にも伝えなきゃ。ふふふ……それに、欲しい骨董が他にもあるもの、お父様たちを呼ばなきゃ♪」
「それもそうだな……。ではそっちは任せた。俺は初代の真似事をしてみよう。先祖のスコップ、こいつがあれば、もう岩盤などゼリーのようなものだ」
柄にもなく楽しくなってきた。
ユーミル嬢の後ろ姿を見守って、俺は西への地下隧道整備を進めていった。
もしこのまま帝都近郊まで地下隧道が続いているのならば、これは俺たちだけが使える、最高の抜け穴になる。
即座にこちらの援軍を帝都に運び、不測の事態に対応することもできるようになる。繋げておいて損はなかった。




