14-4 スコップ一つで築いた反逆の地下帝国 - 一致度95% -
次の目的地は旧都ア・ジールだ。
ジラントはこの地にずいぶんと執心で、己の策が劇的な効果を呼ぶと信じているようだ。
「ところで、そのア・ジールとやらはどんなところなんだ?」
「それは行けばわかるわ。あそこは、その昔にあたしたちの神様がいた場所。でももういない」
「思わせぶりだな。まあ行けばわかるか」
宮殿を出て、フィンブル公爵領を馬車で南に向かった。
この領地は広大で、その南部には豊かな穀倉地帯を有している。
その豊かな土地を南に抜けて、やがて俺たちは森の前で馬車を降りた。
「この奥よ。この先にあるの」
「本当にこんな森の向こうに都があったのか?」
「行けばわかるっていったでしょ、おとなしく付いてきなさいよ」
ちなみにジラントはエネルギーの節約のために、あの宝物庫を去るときに実体化を解除した。
今は俺の中から、いつもの覗き見をしている。
その不思議な森を進み、道ならぬ道を抜けてゆくと、その奥に朽ちた建造物が現れた。
どうやら放棄された砦のようだった。
「これがア・ジールか?」
「これは厳密には違うわ。ア・ジールはこの先にあるの」
ユーミルに導かれて、俺は今にも崩れそうな砦に入った。
その砦の内部には、一カ所だけよく整備されている通路が残っており、その先に奇妙な穴が空いていた。
エルフの令嬢はさも当然と、光の魔法を灯らせて、その地下に続く穴を進んでゆく。
「そこを進むのか……」
「早くきて」
「わかった。こうなればどこまでも付き合おう」
戸惑いはあったが、ここまできたら従う他にない。
彼女の背中を追いかけて、俺は地下空洞を下っていった。
「帝都はね、本当はここにあったの。この場所こそが、本当の帝都。ベルゲルミルは偽りよ」
「こんな穴蔵の底にあったのか?」
「うん。ヒューマンは寿命が短いわ。だからたびたび、歴史を改変させる。ここもその一つ。なかったことにされた、本当の始まりの地よ」
「初耳だ」
「そうね……。だから、実はね、私たち、今の皇帝家が本当に初代の血族なのか、ずっと怪しんでいたの。けど、その姿を見せられたら、信じる他にないわ」
「そうか。やはりよくわからんな」
詳しく説明する気はないらしく、ユーミルはそれ以上何も言わなかった。
下へ下へと螺旋を描く地下道を進んで行くと、やがて俺たちは広い空間に行き着いた。
見れば奥に、何やら巨大な門がある。それに近付いてみると、それはあのジラントが通れそうなほどにさらにでかかった。
「そこはもう通れないわ。昔は通れたそうだけど、今は堅く閉ざされたまま、どうやっても開かないの。遺跡の一部分だと思って」
「だが、これは凄いな。地下世界にこんなものがあるだなんて、不思議で、夢の広がる光景だ」
「ふーん……貴方って物好きなのね。少しだけ近くで見ていく?」
「そうしてくれると嬉しい」
ユーミルと共に扉に近付いてみた。
彼女が照明魔法を強くして、明るい輝きが巨門を照らす。近付けば近付くほどやはりでかかった。
扉に触れてみると、金属でできているようで、それは凍えそうなほどに冷たい。
「一致度95%……本人ト確認……」
ジラント、今何か言ったか?
心の中で問いかけても、ジラントは返事を返さない。
「あの、アシュレイ。変なことを聞くけど、今扉から、おかしな声がしなかった……?」
「アンタも聞こえたか。なんだ、これは……。ッッ――まずいっ、この扉! 何やら激しく震えているっ、逃げるぞユーミル!!」
「ぇっ……ぁ……っ」
古い遺跡だ。俺は安全のために急ぎユーミルの手を引き、扉から距離を取った。
「オ帰リ、ナサイ、マセ、サマエル様。捜シ物ハ、見ツカリ、マシタカ?」
すると扉が世迷いごとをのたまいながら、地響きを鳴らしながら開いてゆくではないか。
サマエル? 捜し物? なんのことかわからんが、とにかくこれは凄い。
「ひ、開いてしまったわ……。嘘、この扉が開くだなんて、そんな……」
「ああ、驚いたな。しかしこれは……」
扉の向こうにあるのが本当の帝都ア・ジールだというならば、一体ここに何が起きたのだろうか。
都と名付けられたその空間には、何も存在していなかった。
青白い光がところどころに灯るだけの、あまりに寂しい大空洞がそこに広がっていた。
「光っているのは、残り火だそうよ。かつてここには、もう一つの太陽があったの」
「太陽が、地底にか? アベコベも極まっているな」
それよりジラント、そろそろ返事をしろ。
さっきのサマエルとは、絶対神サマエルのことか? それともまさか、あの扉はアンタに反応したんじゃないだろうな?
心に念じても、ジラントはまともな言葉を返してくれない。
『どういうことだ……。なぜこの門が反応を……』
聞こえてくるのは独り言だけだった。
無駄だな。ジラントはしばらくあてになりそうもなかった。
「さて行くか。道が恐ろしく険しいが、まあどうにかなるだろう。ユーミルは、西へと繋がる地下道を知っているか?」
「う、うん、一応……。わかった、案内するわ。足下に気をつけなさいね」
ユーミルと共に俺はその大空洞を下り、ようやく勾配が落ち着いたところで、西に向かって岩盤の大地を進んだ。
「ん、あそこに何か落ちているな」
「えっ、あっ本当ね。キラキラ光っているけど……」
気になったので近付いて拾い上げた。
それは片手で握れるくらいの石ころだ。
「この石、妙だぞ……」
「妙って、きゃっ、ひ、光り始めたわっ!?」
ところが俺がそれを拾い上げると、自ら空中に浮き上がって、オレンジ色のまぶしい光を放ちだしたから驚いた。
『太陽の破片といったところか……。まさかそんなものがまだ残っていたとはな……』
本当に地底に太陽があったとでも、言い出しそうな口振りだな。
ともあれこれは便利だ。俺はその太陽の破片とやらを予備の靴紐で縛ると、それを衣服に繋げた。
「よくわからんが、これでカンテラ要らずだな」
「そういう使い方していい物なのかしら……。それって昔に、このア・ジールを照らしていた物なんじゃないの……?」
「ああ、歴史的発見物なのかもしれんな。だが使える物は有効活用するべきだ。それより西の隧道とやらに案内してくれ」
「わかったわ。アシュレイ、貴方って、私が思っているより凄い人なのかも……」
ユーミルに案内されてさらに西に向かうと、確かにそこに大きな横穴が広がっていた。
進んでみると不思議なもので、硬い岩盤が見事に切り抜かれて、広い通路がそこにできあがっていた。
本当に、こんな地下トンネルを一人で掘ったのか……? 間違いないな、初代皇帝は大バカ者だ。
「ここは空気がなくなったりしないのか?」
「地上との空気口があるそうよ。塞がっている可能性もあるけれど……」
「怪しいところだな。息苦しくなったら引き返すとしよう。……ん、あれが崩落部か」
「そう。でもどうするの?」
「撤去しろと言っているやつがいるからな、要求に従うのみだ」
「ぇぇ……っ?」
説得するより見せた方が早いので、俺は崩落した硬い岩盤をスコップで貫き、30倍化のスキルを発動させた。
「う、嘘……」
瞬く間に崩落部は貫かれ、人が通れる通路と瓦礫が確保されることになった。
「な、なんなの貴方っ!? これなら本当に、ア・ジールの地下隧道を、復旧できる……凄いわ!」
「俺の数少ない取り柄だ。とはいえ、地底の岩盤はなかなか厄介だな……」
見ればスコップが欠けてきている。
この世界にあるのは土ではなく岩盤だ。なおさらこんな場所を生み出したやつの気が知れない。
「悪いがもう少し付き合ってくれ。明るい方が作業しやすい」
「いいわ。この先に何があるのか、小さい頃から興味があったの。私も手伝うから、どんどんいきましょ!」
「ああ、意外とアンタ、やんちゃなお嬢様なんだな」
「公爵令嬢に向かってやんちゃとは何よっ!」
そこから先は単調なようで、やかましい作業と言い合いの繰り返しだ。
俺たちは崩落部を見つけるたびに通路を修復して、奥へ奥へと進んでいった。




