14-3 消えた歴史と永久を生きる鍛冶師
フィンブル公爵家の宝物庫は、果てしない歴史を感じさせる広さだった。
宝物庫と名付けられてはいるが、そこはガラクタ置き場のようなものだ。だが見る者が見れば、黄金の山よりも輝いて見えることだろう。
金や宝石よりも、美術や骨董を無尽蔵にため込む種類の、なんとも道楽趣味の詰まった倉庫だった。
「鍛冶師様は、500年前にはもうほとんど喋らなくなったそうよ。私もこれまで、たった二言だけしか、話したことがないの」
「それはまた、頑固で無口な職人にもほどがあるな……」
「違うわ、鍛冶師様はそうじゃないの。人としての魂が、物としての魂の在り方に、少しずつ移り変わっていっている。鍛冶師様はそう言っていたそうよ」
「いや、よくわからん。一体なんなのだソイツは?」
「見ればわかるわ。ほら、これよ」
これと言われても、最初は意味がわからなかった。
フェンリエッダが奥の台座の前で振り返り、そこに飾られたハンマーに手をかざしていた。
「冗談は止めてくれ」
「冗談じゃない。これが私たちを見守ってくれている、古より生きる伝説の鍛冶師様よ」
「そう言われても、対応に困るな……」
「会わせろって言ったのはそっちでしょ! からかってなんかいないわよっ、貴方なんか!」
しげしげと俺はそのハンマーを見下ろした。
ハンマーと言ったが、それは鉄には見えない。水晶のように透き通り、だが金属らしい光沢も持っていた。
「そうか。で、ジラントはどう思う?」
「本物のようだ。しかし、我が輩たちに興味を持っていないようだな。おい、起きろ、我が輩がきてやったぞ、仕事を手伝え!」
「鍛冶師様、どうかお力をお貸し下さい!」
演劇でも見せられているかのような、どうにも奇妙なやり取りだ。
二人が声をかけても、鍛冶ハンマーは当然ながら返事など返さない。物は物だ、喋るわけがない。
「帰るか」
「諦めるのが早すぎるぞ、馬鹿者!」
「この前喋ったのは、確か二年前だと聞いているわ。そのくらい、とても無口な方なの……」
あえて異界の言葉を借りよう。
そんなコミュ障の鍛冶師など、はなからあてになる気がしない。
……とはいえ困るな。これではこちらまで遙々と遠征した意味がない。
「なら俺は外で休んでいる。反応があったら呼んでくれ」
「そなたは我が輩の使徒であろう、それでは役者がアベコベではないか!」
使徒だからと、主人に尽くすと誰が決めた。
俺はアンタに服従する気なんてない。背中を向けて、宝物庫の扉に手をかけた。
「そうは言われても、この状態ではな……。とにかく外で休んでいるから、後で――」
「おい小僧、もう帰る気かよ」
扉を開きかけて、俺はそれを元に戻した。
低い男の声が背中側から響いて、考えを改めることになったからだ。
「鍛冶師様、ようやくお目覚めになられたのね!」
「いや、最初から起きてた。ったくよぉ、やかましい連中だぜ……」
声だけではない。鍛冶ハンマーの中空に、あぐらをかいたおっさんの姿が現れた。
半身が人間、もう半身が鍛冶ハンマーと同じく、光沢を持った水晶の肉体を持つ、無精ひげの変なやつだ。
「アンタが伝説の鍛冶師か。ずいぶんと変わっているな」
「おうよ。これで昔はピチピチの人間だったんだがな……。長く生き過ぎて、もう自分が人か、物か、どっちなのかわからなくなってきてよ……気づけばこのざまだ」
おっさんの前に引き返してみると、その身体がぼんやりと透けていた。
手を伸ばしてみると、それは肉体を持たない蜃気楼だった。
「そやつの本体は、そこにある鍛冶ハンマーだ。言わばその男は、インテリジェンス・ハンマーといったところだ」
「今となっちゃ、思考するって感じでもねぇけどな。で、おめぇら、俺が久々に喋るだけの価値のある客なんだろな?」
そう言いながらもその男はどこか嬉しそうに、また楽しそうにも笑った。
俺たちの姿に何やら強い興味を覚えているようだ。
「ああ、アンタに打って欲しいものがある」
「そのセリフ、ああ、懐かしいな……。お前らを見ていると、まだ人だった頃の心が戻ってくるようだわ。あの頃は楽しかった……もう、みんな死んじまうか、遠い世界に行っちまったがな……」
遠い目をしておっさんは言うが、生憎あまり興味のない話だ。
俺の目的は、生ける歴史とお喋りすることではない。
兄上を守るために、魔霊銀を加工できる鍛冶師が必要なだけだ。
「俺はアビスの魔剣と戦える業物を探している。相手は鋼鉄を粘土のようにえぐってくる剣だ」
「カカカッ、そりゃおもしれぇ、敵は斬鉄剣ってわけかい。しかも、アビスの連中なぁ……」
興味を引けているようだ。
そこで俺は切り札である、魔霊銀のインゴットを彼に見せた。
「そりゃまた懐かしいな……。魔霊銀の延べ棒じゃねぇか」
「アビスの魔貴族に遭遇してな、何を考えているのかわからんが、俺にくれたようだ」
「ふぅん……。アイツらは酔狂なところがあるからな……。いいぜ、一本仕上げといてやるよ」
おっさんは魔貴族についても知っているのか、何やらニヤリと笑って納得していた。
敵意という感じではなく、なぜか同情に近い表情だったのは、俺の気のせいか。
「ふぅ、やれやれじゃな。だが注文の詳細を聞いてヘソを曲げるなよ?」
「はははっ、どうせこう言うんだろ? スコップだ。ってよ」
「いや、可能なら剣も作ってくれ。アビスの魔剣持ちに狙われているのは、俺の兄上だ」
「へぇ……。今の時代のアウサルは、結構話のわかる野郎じゃねぇか。いいぜ。ならまずはスコップの方を一本仕上げてやる」
「助かる。ではユーミル、次はア・ジールに俺たちを案内してくれ」
アウサルというのは初代の名だったな。
同じ血族にある俺を、おっさんは重ねて見ているのだろうか。
ともあれ用件が一つ片付いた。残るジラントのわがままの方をこなそう。
「おい、あそこに行くのか……? だが、もう、あそこは……」
「わかっておる。だが我が輩には策がある、任せておけ」
「古の地下隧道とやらを、俺に整備させる気らしい」
「ぁぁ……なるほどな……。ま、せいぜい頑張ってこいや。楽しみにしてろよな、アビスの魔剣なんて、逆にこっちからぶった斬ってやれるくらいの、最強のスコップを作っておいてやるよ。がんばりな、アウサル」
「アシュレイだ」
「名前なんてどうだっていい。アウサルの末裔はアウサルだ」
変なおっさんが懐かしむように俺を見て、こちらを戸惑わせた。
なんだっていい。兄上を守る剣を作ってくれるというなら、コイツは最高の職人だ。




