14-2 魔剣に対抗する手段を得るために、名工を探せ - フェンリエッダ -
杭の町ラタトスクへの寄り道をしなければ、徒歩で6、7日の旅だ。
その長旅路を、一晩走り続けて翌日の朝に終えたと言っても、誰も信じてはくれないだろう。
だが事実だ。俺は一日で聖都フィンブルへと到着し、やや豪華な風呂付きの宿へと飛び込んでいた。
そこで服の洗濯を頼み、この地方の濃厚なシチューやチーズドリアで腹を満たして、一晩たっぷりと寝た。
翌朝目覚めると乾いていた服に着替えて、この地を支配するフィンブル公爵家と接触した。
皇帝家の正式な書簡を見せられては、向こうも突然とはいえ、応対するしかなかったようだ。
立派な石造りの宮殿に上がると、やがて俺は当主の代行を名乗る姫君と、謁見の間で面会することになった。
「はじめまして、アシュレイ皇子。私の名はフェンリエッダ・グノース・フィンブルよ。ようこそ当家へ」
フィンブルは人とエルフが暮らす特殊な都市だ。
その支配者であるフィンブル公爵家も、エルフ族の血筋にあたる。
「突然押し掛けてすまない。俺のような身分の者に、こうして会ってくれるだけでも助かった」
「ええ、隠されて育った七男がいて、それが後継者として正式に認められたことは、もう聞いているわ」
「当初は名乗りを上げるつもりはなかったのだがな……。いや、そんなことより、フェンリエッダ」
白い肌を持ったライトエルフ族の彼女は、美しいブロンドも相まって見目麗しい美人だった。
公爵家のご令嬢らしい気品があり、姉上とはまた違った魅力があった。
「ううん、やっぱりユーミルと呼んで。フェンリエッダはただの世襲名なのよ」
「わかった。では俺のことはシンザで頼む。偽名だ」
「そ、そう……ずいぶんと変わった人ね……。いえ、というより腑に落ちないわ」
「何がだ?」
「馬車はどうしたの? まさか皇子様が歩いてフィンブルまできただなんて、言わないわよね?」
何かと思えばそんなところを疑うのか。
馬に乗るより自分で走った方が速いのだから、乗る必要がそもそもない。楽ではあるがな、馬は尻が痛くなる。
「ああ、違うな。走ってきた」
「それは……。それは怪しい、なんてものじゃないわね……」
「どうやら俺は走るのが好きなのだ。馬では気軽に寄り道して、屋台で腹を満たすのもなかなか難儀だ。だから自分の足で走ってきた」
「いえ、あの、よく意味がわからないわ……。本当に貴方、アシュレイ皇子、様……?」
「一応な」
どうやら俺はご令嬢に疑われているようだ。
戸惑いの混じった目が俺を見つめて、今一歩下がって距離まで取られてしまった。
「その指輪とこの書簡、本物の皇子様から、奪ってきたのではないでしょうね?」
「ないな。それなら皇子を人質にして、身代金でも要求した方がいいだろう」
「やっぱり変な人……。あ、そうだわ、アトミナ様は元気かしら?」
「ああ、色々とあったが今は元気すぎて困っている。アンタ、姉上と知り合いか?」
「うん、昔ちょっと遊んでもらったのよ。やさしくて、キレイで、あんなお姉さんがいたら、さぞ誇らしいでしょうね、ふふふ……」
フェンリエッダ――ではなくて、ユーミルと俺の面識がないということは、俺が塔から出る前の話なのか……。
「で、貴方は何しにきたのよ?」
「頼みがあってきた。伝説の鍛冶師殿と、ア・ジールとやらに入る許可をくれ」
「な……ア、ア・ジールですってっ!? 素性の怪しいやつを、仮に本当にアシュレイ皇子だったとしても、あたしたちの聖地においそれと入れるわけがないでしょっ! ただでさえ――」
「ゲオルグ兄上とアトミナ姉上の頼みでもか?」
「それでもダメ! あそこはあたしたちにとって、大切な土地よ! 歴史を消した貴方たちに、皇帝家になんか見せたくないわ!」
俺は別にその聖地とやらに行けなくてもいいぞ、ジラント。
伝説の鍛冶師とやらに頼んで、兄上を守る剣さえ作れればそれで十分だ。
「歴史を消した、か。前に知り合いの有角種も、似たようなことを言っていたな……」
「え、有角種? 名前は?」
「シグルーンだ」
「ならなおさらダメ!! アイツ、このフィンブルで何をしたと思う!? 三日三晩暴れ回ってっ、領境まで追いかけることになったんだから!」
シグルーン、アンタここで何をやらかしたんだ……。
まさか遙か彼方のこの地でも、アンタにトラブルをまき散らされるとは思わなかったぞ……。
「参考に教えてくれ、アイツは何をしたんだ……」
「乱闘騒ぎよ! 死傷者こそ出なかったけど……うちの軍人を片っ端から殴り倒して、もう酷いなんてもんじゃなかったわ!」
「それは散々だったな。アレと関わるとろくなことにならない点は、深く同意する」
この様子だと、俺がシグルーンを含む組織に所属していると、伝えない方が良さそうだ。
しかしどうしたものかな……頼みを聞いてくれる雰囲気ではない。
『やれやれ、また我が輩の出番か』
何を言う。出てきたくてウズウズしていたくせによく言う。
悪いが交渉は任せたぞ、ジラント。
「ぇ…………」
また仰々しい輝きと共に、謁見の間にジラントが顕現した。
令嬢ユーミルはその姿に目を見広げて、思いの外に驚いていたようだ。
「えっ、ま、まさか……貴女は、ユラン様ッ!?」
「違う、それは別竜だ。まったく、どいつもこいつも、ユランユランユラン……我が輩はジラントだ、覚えておけ! おいアシュレイ、そなたもそのレンズとグローブを早く外せ、それこそがここでは証明だ!」
普通なら迷うところだ。しかし今日のジラントは機嫌が悪い。
まずはグローブの下に隠していた白い手を見せて、続いてジラントの姿を見つめて同類がそこにいることを心に刻んでから、竜の瞳をユーミルに見せた。
「嘘、その姿は……」
「恐らくは初代の先祖帰りだ。皇帝アウサルと同じ姿を持ったこの男が、ア・ジールに行きたいと言っているのだ。さっさと我が輩たちを導け」
「何の話だ……。ユーミル、あまり俺を見るな、あまりこの姿は、人に見られたくない。怖いのだ」
ジラントと、姉上と兄上の前ではこの姿でも平気だ。
だがそれ以外の者となると、俺は情けないが恐怖を覚える。もしも拒絶されたら、しばらく立ち上がれそうもない。
「この時代に、こやつがこの姿をもって生まれたのには、何か意味があるのであろう。我が輩と出会ったことも含めてな……。さあ、我が輩たちに、鍛冶師との接触と、聖地ア・ジールに下りる許可を下ろせ」
「はぁ……驚きました。でもわかりましたわ。ならば私も同行いたします。それと父と母の説得に、協力してもらえますかしら?」
領主と領主婦人の許可が必要だそうだ。いちいち面倒だ。
「この姿を見せれば一発であろう。はよここに呼んでくれ」
「それもそうかしら。ところでジラント様」
「む、なんだ?」
「本当は、ユランという名前ではないですか?」
「竜違いだ。人によっては、そんな我が輩を紛い物と言うが、気に入らんな……」
ジラントにユランの話は禁忌のようだ。
その後、俺たちは公爵夫妻との面会を済まし、許可が下りるなりユーミルの案内で、なぜか宝物庫に向かうことになっていた。
「なぜ宝物庫なのだ……?」
「すぐにわかりますわ。ですけど私たちの呼びかけに、応じてくれるかどうかかかりませんわよ?」
何やら伝説の鍛冶師とやらは、とても普通ではなさそうだ。




