14-1 霧の巨人ベルゲルミル - 海を穿て -
「じゃあ私から。できたら、エリンに港を作るためにね、海辺の岩礁地帯を削り取ってくれない……?」
「それは、想像するだけでも凍えそうな仕事だな……。だがかまわんぞ、キャラルの船が座礁されるのは困る。俺もキャラルの船がエリンに停泊する姿を見たい」
「本当っ!? 助かるよアシュレイ! 帝都周辺の岸って、切り立ってたり、岩礁が変に多くて……。でもアシュレイが手伝ってくれたら、あそこが新しい港として栄えると思うっ! お願い、アシュレイ!」
「エリンの代官として、私からもお願いします。ナグルファル港の客を横取りしてやりましょう」
悪くない。それは結果的に、キャラルとしても己を追い詰めたモラク叔父上と、その配下の商会への報復となるだろう。
叔父上は帝都からナグルファル港へと続く交易路の独占に、いまだ躍起になっているからな。
「では俺からも案を出そう。有事の際の脱出路を作ってくれ。誰が敵になるかもわからない。いざという時の退路を確保しておきたい」
「オ、オレ、じゃなくて、私は、うちの村にしてくれたみたいに、土を盛って、掘って、エリンを要塞にしたらいいと思う!」
「それもなかなかいいですね。それならば、北部の森も拓いていただけますか? 直接アシュレイ様が開拓を手伝えば、民はより一層あなたを尊敬するでしょうし、開拓も盛り上がりますので」
いや、待ってくれ。その全てに付き合っていたら、俺の体がもたんぞ……。
かといって、どのプランもなかなか悪くないだけに悩ましい。
今日まで培ってきた力を、これから大胆に使っていこうというのだ。
「あの……私からもいいですキャン……?」
「もちろんよっ、ヤシュちゃん! あ、そうだわ、飴舐める? はいっ、どうぞ♪」
「あ、後で、ドゥリンと! モフモフしてほしいでしゅ!」
「姉上……。そうやって話の腰を折るな……」
この二人はマイペースだ。
皇女からの貰ったものを拒むわけにもいかず、ヤシュは飴玉を頬張りながら、続きを語った。
「あの……お、恐れ多いことですけど……獣人だけではなくてその、他の、種族を味方に付けたら、どうですキャン……?」
「おや、それはなかなか面白い意見ですね。ぜひ続けて下さい」
「コロコロ……はぁぁ、甘いキャン……。あ、ええっと例えば、聖都フィンブルのエルフたちや、さらに東方の、エルフの諸王国。みんなアシュレイ様を知れば、カーハ王と、似た結論になるはず、ですキャン」
わからん。なぜ俺が交渉のカードになるのか、今一つ納得できなかった。
それは他の連中も同じだ。
カーハ王を動かしたという結果的な実績こそあるが、確実とは思えない。
まあどちらにしろだ。現在の俺は愛用のスコップを失っている。
まずはこれを調達しないことには、どのプランも始まらないだろう。鋼でできた業物のスコップを失ったのは、本当に痛い。
同じ物を鍛冶屋にオーダーメイドで作らせても、いったいどれだけ待たされるやら、待ってなどいられない心境だ。
脱線の物思いはさておき、ヤシュの意見には誰も即答を返せなかった。
しかしそれが、あのでしゃばり邪竜を呼び出すことになっていた。
『クククッ……それは名案ではないか。ならば――』
待てジラント! まさかアンタ、この場に現れるつもりか……!?
『今をもっていつがある。まあ見ていろ、ククク……』
次の瞬間、食堂のテーブルのど真ん中に光り輝く女が降りたった。
それはもちろんジラントだ……。
神を自称する竜人が、行儀も何もへったくれもなくテーブルに着地して、神と呼ぶには幼い姿を君臨させた。
「なっ、女が空から現れただと……!?」
「えっ、ジ、ジラント様ッ!?」
「あら、この子もかわいいわ……」
ゲオルグが剣に手をかけたので、慌ててその腕を俺が押さえることになった。
ジラントめ、わざわざこんな目立つ現れ方をしなくてもいいだろう……。
「我が輩の名はジラント。古くよりこの帝国を見守ってきた者だ。いや、もっと別の言い方をするならば、そこのアシュレイに憑り付いて、成長のきっかけを与えてやった古い神でもある」
「ご満悦のところ悪いが、アンタと俺は無関係だと、今は嘘を吐きたい気分だ……」
「伝説の竜神様っ、実在してたキャンッ!?」
やむなく俺はジラントの身分を保証するために、まずは行儀が悪いからテーブルから降りろと小さな手を引いた。
ジラントもそこからは喋りにくいと思ったのだろう。
元気にそこから飛び降りると、皆の注目を浴びながら颯爽と、食堂の奥に駆けてゆきこちらに身をひるがえす。
「うむ、その竜神とは別ではあるが、同じ竜である我が輩が助言しよう。初代皇帝アウサレウス――いや、アウサルは、かつて竜神ユランと共に世界を回り、己の味方をかき集めた」
何を始めるかと思えば、それはジラントが執着する初代皇帝の話だった。
誇らしげに、そして上機嫌に、彼女はまことしやかに語り続ける。
「当時の亜種族の国々はな、長い年月の果てに劣勢に追いやられ、散り散りに分断されていた。それをアウサルは、地下トンネルで全ての国を繋いで、数の不利を覆したのだ」
「地下トンネルだと? それが事実なら、ソイツはとんでもないバカだな」
分断されていた国と国を地下トンネルで繋ぐなど、まともな人間の発想ではない。
よくもまあ、そんな気が狂いそうな作業を自ら行おうとしたものだと、感心以上にあきれを覚えた。
「もう少し育ってくれれば、そなたにだってできると我が輩は踏んでいるぞ。それにな、既に地下道は存在しているのだ。よって必要なのは、それを再整備する力――すなわち、そなただ、アシュレイ」
「ジラント、だがアンタは大事な部分を見落としているな」
「む、なんだ?」
「説得力がない。俺は信じるが、他の連中には絵空事だ」
突然のこの乱入者をどうしたものかと、ゲオルグもプィスも様子をうかがっていた。
特に兄上には説明しかねる。
趣味の発掘をしていたら、竜のいる空間を掘り当てて、邪竜の書を与えられ、憑かれたなどと言っても信じるとは思えん……。
「ならば勝手にやらせるのみよ。初代皇帝が生み出した地下隧道を整備すれば、はるか東方のエルフの国々。西方の有角種の国。南方の獣人の国カーハとの隠し通路を生み出せる。その結果を後から見せればよいだけだ。ククク、我が輩の神々しさに言葉もな――ふぎゅぅっ!?」
ただな、姉上は柔軟というか、俺たちとは思考のベクトルが根本的に異なっていた。
「なになにっこの子かわいい! アシュレイのお友達なのっ!? ジラントちゃん、今日は私の部屋にこないっ!?」
「な、何をするこのっ、この皇女ごときめっ! 乳がでかいからとっ、いい気になるなよっ、は、離せっ、はーなーせーっっ!!」
「無理だと思うでしゅ……。こうなったアトミナ様は、絶対にはがせないでしゅ……」
ジラントはアトミナ姉上の好みにドストライクだった。
ちなみにドストライクとは異界の言葉だ。
ショートソードを意味する『ドス』と、好きという言葉である『ライク』が組み合わさった複雑怪奇な言葉だ。
ドスは度々暗殺に使われる武器らしく、つまり――異界の言葉は全くよくわからんということだ。
もしや元々は、殺したいほどに好きということ意味だったのだろうか……?
「すまん。虚言癖を持った痛い少女にしか見えないかもしれんが、一応それは神様だそうだ」
「フォローになっておらんぞっ! えいこらいい加減離せっ、わ、我が輩は神であるぞっ、いかに皇女といえど、我が輩にこのような、不敬を――とにかく、早く離せぇぇーっっ!」
「お前の知り合いは有能だが、扱いにくい変人ばかりだ……」
兄上が疲れた目をほぐして、軽いため息を吐いた。
それからプィスに目を向けて、まとめろと指示したようだった。ならばそろそろ潮時か。
「まあいい、どのプランも面白そうだ。ならば一つずつやっていくとしよう。だがまず俺は、魔霊銀を加工できる鍛冶師探しからさせてもらう。後の細かいことは、兄上とプィスに任せる。ではな」
これ以上、この混沌とした会議に付き合ってなどいられない。
まずは魔霊銀の加工とスコップの調達。これを進めてゆくとしよう。
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会議の結果を後で聞かされた。
当面はエリンという基盤の強化と練兵、俺たちの組織化のための調整作業を進めるそうだ。
組織の名前も決まったらしい。今日から俺たちは[ベルゲルミルの影]だ。
この帝都の名でもある、霧の巨人ベルゲルミルそのものとなって、影からこの帝国を動かそう。という意だそうだ。
そもそも巨人ベルゲルミル伝説の真相は、ジラントが言うには、初代皇帝の築いた常識外れの偉業が、口伝によって変異していったものだったそうだ。
まあ何はともあれ、武器作りからだ。これから最強のスコップと剣を作ろう。




