13-3 田舎娘、ひょんなことから皇族の晩餐に招かれる - 百発百中 -
こうして爺が戻ってくるまでに、俺は晩餐を平らげた。
その後はカチュアが弓と矢を構えて、食べ頃のリンゴを立て続けに3つ、枝から落として見せてくれた。
「当たっちゃった……」
カチュアが一番驚いていたようだ。
確か、皇帝の円卓スキルの影響で、俺が近くにいると補正がかかるんだったか。
「凄いじゃないカチュアちゃんっ! 凄い凄いっ、カッコイイわ! 私ますます貴女が気に入っちゃった!」
「これは確かにしゅごいでしゅ……。ドゥリンも、カチュアを尊敬するでしゅ!」
「むむむむ……。まあ腕は確かなようですな……っ」
いい歳して、爺は何を張り合っているのだ……。
兄上の方もカチュアの技を本物と認めてうなづき、俺を誇らしい気持ちにさせてくれた。
「これは使えるな……。カチュアよ、よければ軍に入らないか?」
「えっ……!?」
「待て兄上、何を勝手に勧誘している」
「プィスを横取りしたお前に言われたくないな」
「ぁぁ、やはり根に持っていたのか……」
だが軍はまずい。これから混沌の時代が訪れるとなると、割に合わない危険な仕事になる。
何よりカチュアは、冒険者になりたくて帝都にきたのだ。
「おやおや、兄弟で私の奪い合いですか?」
「プィス、ややっこしいからアンタは口を挟むな」
「百発百中の射手は、猛将一人にも勝る逸材だ。使いようによってはカチュアの技一つで、戦局を一変させることもできるだろう」
確かにな。だがそれよりも俺は、アンタが内戦が起こること前提で考えていることに不安を禁じ得ない。
しかしそうだった。兄上にまだ報告していないネタがあったのだった。
「兄上、悪いが二人だけで話したいことがある」
「聞こう」
兄上が席を立つと、俺もその背中を追った。
俺たちは庭園の奥に移動して、茂みに身を隠すと軽くにらみ合う。
「本気であの娘が欲しい。あれは鍛えれば、かなりの武将になりそうだ」
「それはカチュアが決めることだ。それより話というのはそっちではなく、旅先でのことでな……。俺はそこで、無視できないものを見てしまったのだ」
「それはここ一ヶ月、姿をくらました分に釣り合う情報なのだろうな?」
「ああ、残念ながら肯定だ。飛び切りにヤバいネタをつかんだ」
すると兄上は静かに話せと言わんばかりに、こちらに顔を近付けてきた。話が早くて助かる。
「実は先日、ラタトスクの迷宮にカチュアと共に挑んだ」
「おお、迷宮か。俺も一度くらいは迷宮に入ってみたいと――いや、待て、皇子という身分で、お前は何をやっているんだ……」
「そう言われるのをわかった上で、報告しているのだ、そこは流せ」
「お前はいつだってやりたい放題だな……」
羨ましいなら地位を捨てて自由になれ。
そう言ってやりたいところだったが、話の腰が折れるので止めた。
「単刀直入に言おう、その迷宮内でジュリアスとヨルドにと出会った。アビスの騎士ウェントスと名乗る怪物ともな」
「む……。想像力のない俺には、なかなか受け止めがたい話だな……。つまり、どういうことだ?」
「あの二人は、アビスの魔貴族と結託したようだ。その証拠にヨルドは、とんでもない切れ味の魔剣を受け取っていた。アレを持ったヨルドは危険だぞ、兄上……」
「ほう。それがスコップを背負っていない理由か」
そこを突かれると、俺は気弱な子供になったような気分を味わうことになった。
せっかく兄上と姉上がプレゼントしてくれた鋼鉄のスコップを、俺は壊されてしまったのだ。
「はぁ……そうだ。俺は仲間を守るためにヨルドと交戦し、兄上たちがくれた贈り物を失った……。ヤツの刃と鋼鉄が交わると、まるで粘土のようにひしゃげ、使い物にならなくなった」
兄上は半信半疑だ。真実を俺の顔色から伺おうと見つめてきた。
悪いが嘘じゃない。嘘じゃないから困っている。
「ヨルドが鋼鉄を斬ったと言われても、なかなか信じられんな……」
「そうだろうな。だがヤツは兄上を目の仇にしている」
「……うむ、困った男だ」
俺を人質にされて、若き日の兄上はヨルドとの試合に負けるしかなかった。
おまけに一方は騎士団の長、もう一方は帝都を守護する将軍だ。両者の因縁は俺の想像以上だろう。
「さらにヨルドが魔剣を受け取ったとなると、ジュリアスの方も何かしら厄介な物を貰ったと見るべきだ。兄上、気を付けろ、何が起こるかわからん」
「魔剣にアビスか。信じがたいが信じよう。……そのジュリアスからはな、再三の誘いを受けている。もしも世が荒れたら、共に皇太子を廃しようとな……」
「ヤツは皇帝の座が欲しいだけだ、平和なんて望んでいないぞ」
「お前に言われなくとも、嫌になるくらい知っている」
兄上のその返答で、やはりジュリアスに与する気はないのだと確信した。
ヤツは荘園拡大法を通した男だ。民にとっては最低の皇族に違いない。
「幸い、ヨルドに対抗する手段はある。なぜかアビスの魔貴族ウェントスに気に入られてな、魔霊銀とやらのインゴットを貰った」
「な、何をやっているのだお前は……。アビスの存在と、接触しただと……っ!?」
「向こうから俺に話しかけてきたんだ。白騎士ウェントスはよくわからん。兄たちと陰謀を画策しているなら、計画の邪魔者として、ヤツは迷宮内で俺を殺すべきだった。だがそれをせず、ヨルドの魔剣に対抗する材料をくれた。正直、わけがわからんやつだ……」
だが今はこの魔界の銀に頼るしかない。
魔剣を受け止める得物を作らなくては、ゲオルグ兄上が斬られることになる。
「ならばその銀は、お前のスコップに使え」
「何を言う、合金にして二人で分けよう」
「それでアビスの魔剣に対抗できるかわからんぞ」
「そうだな。世界広しと言えど、アビスの銀を加工したことがある鍛冶屋など、この世にはいないだろう」
まあ連絡事項はこんなところだろう。
これからはやるべきことをやりながら、魔霊銀を扱える鍛冶屋を探すことになるな。
「待て、誰かきたようだ」
「話は終わりだ。侍女に関係を怪しまれかねない密会は、ここまでにするか」
「プィスのようなこと言うな。む……どうした」
茂みから外に出ると、顔見知りの士官がこちらを見つけて駆けてきた。
そいつはゲオルグの足下に跪き、報告のために顔を上げる。なぜか、兄の次に俺へと目を向けてきていた。
「お話中に申し訳ありません。しかし、妙な報告が入りました。あっ、アシュレイ皇子殿下もご一緒で構いません。というより、アシュレイ様に関係のあることでして……」
「帝都に戻って早々、今度は何をやらかしたのだ、アシュレイ……」
「知らん。何もしていないはずだぞ」
信用があると思っていないが心外だ。
さすがの俺も、戻ったその日に騒動を起こすほど――いや、以前ドゥリンがさらわれたときは、コリン村から戻ってすぐにやらかしたか。
「本当にご存じありませんか……? 実はですね、アシュレイ皇子に会いたいという者が、エリンを訪れているようでして……」
「妙だな。俺をアシュレイ皇子だなんて名指しするやつは、そうそう世にないぞ」
「はい、妙なのはそれだけではありません。その連中は、武装した獣人たちでして、その数は500名に達します。彼らの話を信じるなら、海を越えてこちらにやってきたそうで……。彼らは口々に、アシュレイ様の家臣になりたいと……」
ゲオルグ兄上と俺は顔を見合わせた。
俺たちのあらすじにはない展開だ。海の向こうから、500人の家臣志願者だと……?
まさかとは思うがジラント、アンタの差し金ではないだろうな?
『バカを言え。そんなことよりあのステーキを茂みに運んでおけ。我が輩に供え物を捧げよ』
……それは野良にゃんにゃんに、残り物を餌付ける図によく似ているな。
ともあれ、エリンに向かってみないことにはわからんだろう。
「よし。明日朝一番に向かうと向こうに伝えろ、俺も行く」
「兄上、それはお節介が過ぎる。軍の仕事をしてくれ」
「獣人の国カーハから500名の志願兵。十分に将軍の仕事の範疇だ。仮に受け入れるとして、当然役所仕事がつきまとうことになるぞ」
「頭の痛い話をしないでくれ……」
何もかもがとぐろを巻いていて、もはや何がなんだかわからんな……。
それとジラント、本当にアンタの仕業じゃないんだな?
『しつこい男だ。だが面白い流れだぞ』
面白いわけがあるか。
家臣だの家来だの、そんなのを受け入れたら、ますます高飛びしづらくなるではないか……。
『それより早くステーキを……。カチュアに全て食われてしまう前に、早くしろっ』
アンタ、だんだん俺に似てきていないか?
『違うわっ、復活にはエネルギーがいるのだっ、我が輩に肉を捧げよ!』
そうか……。
その後、俺は竜のような野良にゃんにゃんに餌付けをして、約束通りカチュアに自分の部屋を紹介して、その日は寝た。




