13-1 特別編 沿海州のキャラル・ヘズ - 姐さん -
前章までのあらすじ
アシュレイとカチュアは杭の町ラタトスクに戻り、杭の迷宮に挑戦した。
気の荒い冒険者たちに、スコップで戦う姿に総ツッコミを入られてしまうも、無双の活躍でシンザは評価をひっくり返す。
やがて迷宮7層目に到達すると、シンザは邪竜の書の要求を満たし、30倍の採掘能力を獲得した。
しかしその迷宮にて、一行は太古の殺戮兵器ケルヴィムアーマーと遭遇してしまう。
圧倒的な破壊力と装甲を持つこの怪物に、パーティは半壊することになった。
だが運良くもシンザは壁の向こうに別の迷宮に発見し、30倍の採掘能力で脱出路を掘り当てる。
そこから仲間に撤退させると同時に、自らはその場に残って、ケルヴィムアーマーとの死闘を繰り広げて、最終的に勝利した。
そんなシンザとジラントの前に、アビスの白騎士ウェントスが現れる。彼は魔霊銀をシンザに授け、意味深な口振りと共に、ジラントを紛い物と言い捨てた。
彼と別れて地上を目指す。
ところがその道中、四男のヨルドと遭遇し戦いに発展する。
結果、ゲオルグとアトミナから寄贈されたスコップが破壊されることになったが、ヨルドに凍傷と矢傷を与え、どうにか撤退することに成功した。
ヨルドに同行していた次男ジュリアスはシンザに言う。これから混沌の時代がやってくると。
地上に戻り、宿へと入ると、カチュアはシンザが皇子であったことに大きなショックを受けていた。
憧れていたシンザが身分違いの皇子であることに、失恋にも近い感情を抱く。
シンザは不器用なりにそんなカチュアを慰めて、彼女の暗い気持ちを、ジラントと共に楽しい夕食で吹き飛ばした。
こうしてその晩、食べ過ぎたジラントによる嘔吐きが、一晩中シンザの耳元に木霊することになった。
彼らの知らぬところで、ジュリアスとヨルドがアビスの魔貴族と手を結び、皇太子を陥れようと暗躍を始めている。
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沿海州の果てと同盟を結べと奇書が言う
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13-1 特別編 沿海州のキャラル・ヘズ - 姐さん提督 -
・キャラル
帝国より遙か南方、沿海州の彼方に私はいる。
その昔、ここは不毛の大地で、海は枯れ、サンドワームと呼ばれる怪物が住む恐ろしい魔境だったらしい。
私たち帝国出身の人間にはまゆつばだけど、ここでは本当にそう信じられている。
枯れた世界に緑を生み出し、汚れた世界を清めていった偉い神様が沿海州を作ったそうだ。
「船長っ、姐さんっ、積み荷の積載が終わりやしたぜっ!」
「よくやった。だがそこは、キャラルさんとか、お嬢と呼んでやれ。あまり勇ましい呼び方をすると、うちの提督はヘソを曲げちまうからな」
「あっ、これはすみません、キャラル提督!」
「べっつに……。別に呼び方なんてなんでもいいけどー……。ふんっ」
「ほらこれだ。言わんこっちゃない」
わたしの名前はキャラル・ヘズ。ヘズ商会の代表だ。
ずっと船団を指揮しているうちに、いつしか姐さんとか、提督なんて呼ばれるようになってしまっていた。
「提督ぅ~、機嫌直して下さいよぉ~?」
「別に不機嫌になんかなってないよっ。それより丘の連中は?」
「へい、昼過ぎの鐘が鳴ったら、ここに戻ってくる手はずですぜ」
「予定通り、今日中には出航できますな」
ここはポート・アケ。沿海州の南に位置する貿易港で、私たちの拠点の一つだ。
事実上の海上貿易の最南端でもある。ここから南の海は危険過ぎて、大陸ぞいの陸路を選ぶしかない。
だけどその分だけ、南部の物資が集まる豊かな港でもあった。
「うーん、みんなちゃんと戻ってくるかなー……。悪いけどさ、遅刻したら次は雇わないって、みんなに伝えてきてくれない? ……まあ、今さらだけど」
「姐さんの頼みなら、お安いご用――あっ……」
「もーっ! だからぁっ、姐さんって呼ぶなぁーっ!!」
「す、すみません姐さんっ、ひとっ走り行ってきやすっ!」
「やっぱり気にしてるじゃねぇですか、お嬢」
「そりゃ気にするよっ、私まだ姐さんって呼ばれるような歳じゃないもん!」
帝国の支配の及ばない、少し危険だけどとても自由な世界。それがここ沿海州だ。
晴れやかな青い空と、時々やってくる土砂降りのスコール。豊かな南国の果物と、大きくて艶やかな花々。帝国よりもずっとここは色鮮やかで、そしてとても蒸し暑い。
「水夫たちに尊敬されている証拠ですぜ。さて、今回は何人欠員が出ますかね」
「こっちの人たちはルーズだよねー。帝国本土じゃ信じらんないよ、デタラメ過ぎ!」
港を出航するたびに2、3人の欠員が出る。
丘に上がった水夫が仕事に戻らず、酒場で飲んだくれたり、別の船に乗船したり、とにかく沿海州の人たちはいい加減だった。
「帰りたくなりましたかい? 彼の元に」
「うっ……。ホームシックにかられるから、そういうの止めてって言ってるでしょっ!」
「すみませんね。ただ俺は、意地を張る必要なんて、全然ないと思うんですがねぇ」
「気持ちの問題だよ! ああ言った手前、会いたくなっちゃったから、中途半端だけど帰ってきましたとか、言えないじゃん!」
「提督は戻るのが怖いんですかい?」
「う……うぅぅぅ……。もうっ、ほっといてよっ!」
最初は中古のスクーナーが一隻だけだった。
だけど今は元軍用のガレオンを旗艦にして、キャラック4隻とスクーナー1隻を有する中堅の商船団にヘズ商会は育っていた。
ある日を契機に、頭が急に冴えるようになって、不思議な幸運が続くようになった。
運――とだけではとても言い表せない、順風満帆の航海生活が続いている。
けど、アシュレイに見せるにはまだまだちっぽけだ。
私は大船団を率いて帰るって、あの人に言ったんだから。これじゃ全然足りない。
「しかし提督の想い人が、まさか帝国の皇子だとは思いませんでしたな」
船長は私の頭の中をときどきこうして読んでくる。今回も図星だった。
お兄ちゃんがヘズ商会を経営してた頃からの付き合いだから、それもしょうがない。
「うん、ホントだよね……。こんなに大事なこと隠してただなんて、もう、ホントにホントだよっ!」
おかげでもっともっと大きな船団を作らなきゃ、戻るに戻れなくなっちゃったじゃない……。
「アシュレイ皇子も微妙な立場にあるようですからな。思えば皇子という身分でありながら、悪徳商人の倉庫を破るとは――やはり痺れますな。提督が惚れ直すのも、もっともかと」
「うん……。皇子様なのに、あそこまでしてくれるだなんて……。今思うと、信じられないド変人だよ……」
皇子様なのに危険を冒して私を助けてくれた。
平民の私に時間を費やして、最後はこの船団を生み出す元手と、兄の復讐までしてくれた。シンザ……ううん、アシュレイ皇子様……。
「はぁっ……。もう一隻、ガレオン船が欲しいなぁ……」
「ハハハ、それはもう少し稼いでからですな。金を惜しんで、竜骨が痛んだやつをつかまされては大損ですよ」
「だよねー。あ~~、どこかにさー、楽してガレオン一隻分稼げるおいしい話とか、ないかなぁー……」
「そんなのあるわけないですよ、お嬢。うちは最近調子いいですし、コツコツがんばりましょうや」
せめてもう一隻だけでも大型船があれば、アシュレイに会いに行く顔が立つのに……。
大丈夫かな、アシュレイ。厳しい立場だそうだし、今度は私がアシュレイを助けないとな……。




