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12-4 皇子アシュレイと冒険者カチュア - 皇子と田舎娘 -

 あのタンクは傷つきながらも、ラタトスクの冒険者らしく荷物を頑なに死守した。

 よって俺たちは町に戻ると、ギルドに財宝の2割を納めて、残りを山分けにしてすぐに別れた。


 迷宮でパーティが壊滅するなどそう珍しくもないことで、彼らは怪物と辻斬り襲われたというのに、当たり前のように元の生活へと帰って行った。

 負傷者はギルドで治療を受けられる。だが俺は分け前を手に、この宿にこもるしかなかった。


 次男はともかく、ヨルドが凍らされた腕と、矢傷の仕返しにくるかもしれなかったからな……。


「シンザ、傷見せて」

「治療は好きではない。なぜ痛い思いをしなくてはならない」


「治すためだよ、ほら早く」

「むぅ……。わかった……」


 上着を脱いでカチュアに傷を見せた。

 擦り傷と打ち身、ヨルドにやられた浅いとも深いとも言えない斬り傷もある。以前受けた銃創の方は痕が残ったがもう癒えた。


「逆に聞きたいよ、なんでこの状態で平気でいられるの……」

「そんなに酷いか?」


「酷いよ! ボロボロだよ!」

「なら応急手当を頼む」


 カチュアに傷を任せると、蒸留酒を含ませた布で傷を拭ってくれた。

 これがかなり滲みる。特に擦り傷がヒリヒリと痛んで逃げ出したくなった。


「はぁ……」

「今度はどうした?」


「なんでもないよ。はぁ……」

「まあ、酷い目に遭ったものだな。魔剣を持った辻斬りに、ジラントの言うところの古代の殺戮人形ケルヴィムアーマー。こうして生きているのが不思議だ」


「いや、あのさ……シンザ。う、ううん、それとも、アシュレイ様って呼んだ方がいいのかな……?」


 その名でカチュアに呼ばれると、俺の方もため息がこみ上げてきた。

 あの二人のせいで、俺は大切なものを失ってしまった。ひとたび皇族と知られたら、これまで通りの付き合いは不可能だろう……。


「ねぇ、聞いてる……?」

「ああすまん……。できることなら、これまで通りのシンザでいたいのだが」


「オレもそうだけど……でも……シンザは、皇子様なんだよね……?」

「一応な。俺の名はアシュレイ・グノース・ウルゴス。現皇帝の七男だ。だが、俺を認める者は数少ない。心だって庶民だ。……うぐっ!?」


 カチュアが消毒を済ませて、今度は薄緑色の軟膏――得体の知れない民間薬を俺の傷に塗り付け始めた。

 見たことも嗅いだこともない薬だが、これは大丈夫なんだろうな……?


「あはは……困ったな……。身分差、凄いじゃん……」

「だから一応だ。最近ようやく認知されたようなもので、とにかく立場が悪い。俺の本質はシンザだ、頼むから、これまで通りで頼む……」


 カチュアは俺の頼みごとに返事を返してくれない。

 沈黙を続けたまま、薬を俺の肢体に伸ばしていった。


「はぁ……皇子様だなんて、聞いてないよ……。こんなの、予定にないのに……はぁ……」

「いや、なぜカチュアが落ち込むのだ?」


 するとその問いかけはダメなやつだったらしい。

 カチュアが俺を鋭く睨んで、悔しそうに歯を食いしばった。


「だって皇子様なんて聞いてないよっっ! オレッ、ずっとシンザに憧れてたのにっ! 言ってよ! 皇子だなんて……絶対に、手が届かない相手じゃないかっ!」

「待てカチュア! 外は安全とは限らん!」


 俺の制止も聞かずに宿を飛び出していった。

 行き先は――あの大聖堂あたりだろうか。それならヨルドは近寄らないか……。


「やれやれ、可哀想なことをしたな」

「……また出しゃばりの竜様が出てきたか。お喋りなら別に――ウガッ!?」


「実体化せねば治療はできんぞ。おとなしくしろ」


 ジラントが肌に残っていた軟膏を、傷口にえぐり込むように塗り込んだ。

 痛い。わざとやっていないか、この女……。


「痛い……」

「当たり前だバカ者。我が輩があれだけ退けと言ったのに、残ったそなたの自業自得だ。まったく……カチュアがかわいそうだぞ……」


「そうだ、教えてくれ。カチュアはなぜあんなに怒っているのだ……?」

「……はぁ。バカ者のそなたには、一生わからんことだ」


「それは酷い決め付けだな」

「酷いのはそなただ」


 幼い頃から塔に幽閉され、爺と乳母に育てられたせいか、どうにも女の子の気持ちというのがよくわからない。

 思えば俺にとっての初めての女の子というのは、アトミナ姉上なのだろうな……。


「話は飛ぶがアシュレイよ。ヨルドが持っていたあの魔剣、アビスの白騎士が渡した物と見て間違いないぞ。どうする、ゲオルグに護衛でも付けるか?」

「いや、兄上は俺より強い。あんな剣に負けるわけがない。ただな……。ただの鋼の剣では、剣ごと斬られるのが結末か……」


 ゲオルグ兄上を襲おうにも、周囲には帝国軍人がいる。

 皇族が皇族に斬りかかれば、ヨルドの方が罪に問われることになる。


 よもや兄上が負けはしないかと、万一の可能性を考えていると、ジラントが俺の背中を荒っぽく叩いた。


「なんだ?」

「終わりだ。カチュアを探しに行け、というよりもだな、まだこの宿にカチュアの気配が残っているぞ」


 それだけ言って、気まぐれなジラントは姿を消してしまった。

 まだ宿を出ていないということは、きっと下の酒場にいるのだろう。


 ちょうど腹も減っていたので、俺は服を着て、少し気に入ってきた銀縁眼鏡をかけてから下に降りた。


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9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活
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ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
[一言] アシュレイが皇帝になったら身分差さらにやばくなるんですが・・・w さてどうなるこの恋路
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