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12-3 奇書は逃げろと言うが聞く気はない - 紛い物 -

『これは、隣の迷宮か……!? でかしたぞアシュレイッ、これで退ける!』


 勘任せに掘り抜いた先に、こちらと同じ白亜の迷宮があった。

 俺は2mほどしか掘っていない。杭と杭との間にはかなりの距離があるはずなのだが、ジラントが言うならそうなのだろう。


『いや間違いない、向こう側だ! 見ろ、あそこに上り階段がある!』

「ならば俺たちはデカブツを引き付けるとしよう」


 俺は脱出路から元の大部屋に引き返し、斬撃をかいくぐりケルヴィムアーマーの背後に回り込んだ。


「シンザッ、大丈夫!?」

「ああ、あそこの壁に脱出路を作った! 進んだ先に上り階段がある、アンタは負傷者を護送しろ!」


「う、うんっ、わかった!」


 この鎧人形に知能らしい知能はないようだ。

 ただ機械的にその鎧は、目前の標的である俺を狙って大剣を振り回す。


 重量相応に鈍重ではあるが、動きが瞬間的に加速するときがある。

 それを敏捷性(AGI)任せにやり過ごせば、多少のリスクを承知で対処できなくもない。

 時間を稼いだ。


「『鬼さんこちら、手のなる方へ』という言葉は、こういう状況を示すのかもしれんな」

『余計なことを考えるな! それよりもあちらの退避がそろそろ終わるぞ』


 敵から目を離すわけにはいかないので、そういった伝達は助かる。

 一瞬だけ向こう側に目を向ければ、しんがりにカチュアが残っていた。


「早くっ、シンザもこっちに!」

「先に行っててくれ」


「……何言ってんのっ、早く合流してよ!?」

『そうだっ、そなたは何を考えておるのだ! 退け、我が輩の命令だぞ!』


「いいから行ってくれ、もう少しだけ時間を稼ぐ。逃げた先で魔物と遭遇したら、挟み撃ちになるぞ。俺を信じて先に行け」

「そ、そうだけど……。もうわかったよっ、早く戻ってよねっ!」


 カチュアが立ち去るのを見届けて、俺はケルヴィムアーマーとの追いかけっこを止めた。

 カチュアにはああ言ったが、本音はそうではない。これに負けるくらいでは、俺はこの先の時代を生き残れないだろう。


 いやもっとシンプルな言い方をすれば、スコップが歯が立たないコイツに、俺はただ単に勝ちたいのだ。勝利が欲しい。


『バカなことを考えてないで退け!』

「断る。俺はコイツを倒して、もっと強くなる」


 再び俺はやつとの死闘に身を投じた。

 邪竜の書は、俺にとんでもない身体能力をもたらしてくれたが、同時に苦戦のチャンスを奪い取った。


 苦戦が人を成長させるのだ。ならばこれは絶好の機会だ。

 俺は命を掛け金にした経験(あたい)稼ぎとやらを始めた。


 超古代の装甲に何度もスコップを叩き付ける。

 隙を見つけるたびに装甲の間接部をシャベルで串刺しにして、俺は無尽蔵の体力(VIT)のままにヤツと張り合った。


「少し動きが鈍ってきたか」

『この、この、異常者め……あれを一撃でも食らえば、そなたは死ぬのだぞ……』


「承知の上だ」

『ええい、もう見てられん……! 内側から力を貸してやる!』


 どういうからくりかはわからんが、その途端に身体がほんの少しだけ軽くなった。

 ジラントの魔法が敵に効かないのなら、俺に力を与えることにしたということか。


「地味だが悪くない」

『地味ではないっ、そなたの身体能力が既に狂った域にあるのだ!』


 しかしなんというかな。

 繰り返し武器を殴り付けてみて、なんとなく敵の脆い部分がわかってきた。


 このケルヴィムアーマーには古傷があるようだ。

 わざわざ狙おうとは誰も考えない、剣を持つ方の右肩――そこだけ、金属の反響がおかしい。


「ジラント、ヤツの足を狙う。一時的に凍らせろ」

『なんて横柄な使徒だ……。策があるのだな?』


「そんなご大層なものではない。物は試しだ」

『ならばその試しがダメだったら、諦めて退け。それが条件だ』


「わかった、そろそろ潮時だろう」


 身体能力の強化が消えて、代わりにスコップが冷気を放ち、霜に包まれる。

 疲れを知らぬケルヴィムアーマーの左手と、右手の斬撃をかいくぐり、俺は氷結をもたらす一撃をやつの右足に叩き付けた。


 それは大地と足を凍り付けて、やつの身動きを封じる。

 その隙に俺は巨体の背に飛び乗り、無防備な右肩の間接部へとスコップを奥深く突き刺した。


『刺さった!? いいぞっ、切り落とせ、アシュレイ!』


 お節介な邪竜に言われるがままにそうした。

 その部分は鎧が小さく破損しており、暴れるやつの背の上で、4往復ほど内部の何かを突き刺すと、その剣を握る右腕が轟音を立てて大地に落下していた。


「これは――正真正銘の化け物だな」


 ヤツから飛び降りて距離を取った。

 鎧の中にあったのは、カサカサに乾いた干し肉のような何かだ。


 しかし武器と利き腕を失ったというのに、ケルヴィムアーマーは残る左手をこちらに伸ばして、氷の足かせを破ってこちらに進んでくる。


『これ以上は止めろ、握り潰されるぞ。……アシュレイ?』

「すまん、もっと戦いたい」


 ただでさえ高ぶっていた戦意が膨れ上がった。

 俺の中に眠る何かが、やつを倒せと叫ぶ。こんなやつに負けるなと。


「…………ん、なんだ?」

『うむ、何やら、急に止まったな。アシュレイ、その目はなんだ? 光っているぞ』


 ところがケルヴィムアーマーが片膝と左手を地に突き、突然動かなくなっていた。


「それは今に始まったことではないだろう」

『違う、目だ。目だけが光っている』


「まあ目だけが光ることもあるだろう。俺はホタルだ」


 急に視界が暗くなった。どうやらジラントの言う発光が収まったようだ。

 目前のケルヴィムアーマーは動きを止め、まるでひれ伏すように頭をたれている。


『そなたがやったのか……?』


 そんなわけがあるか。

 会ったこともない鎧人形がなぜ俺に従う。矛盾しているな。

 しかしジラントとそれ以上、言い合うことはなかった。突然、乾いた拍手と笑い声が響いたのだ。


「フフフフ……これは驚いた。まさかコレと互角に張り合い、止めてしまう者が現れるとは」


 声に振り返ると、そこに白い甲冑を身にまとった騎士がいた。

 一部始終を見ていたのだろうか。ずいぶんと興奮していたが、何か常軌を逸した雰囲気を持っている。


「それどころか、壁をぶち抜いて、こちら側の迷宮にやってきてしまうだなんて……。おまけに、そんな紛い物に憑かれているというのだから、実に滑稽だね」

「高見の見物か? 見ていたのなら、手伝ってくれてもよかっただろう」


 紛い物というのは、まさかジラントのことではないだろうな。

 だとしたら、アンタは俺とのファーストコンタクトに失敗したことになるぞ。


「おお、自己紹介がまだだった。私の名はウェントス――さるお方に仕える者だ。白騎士のウェントスと覚えておいてくれ」

「そうか」


 鎧が白いだけで、黒騎士と名乗った方が相応しい雰囲気がある。

 体格は小柄な男、あるいは声質から女性にも感じられた。


「下がれシンザ(・・・)、そやつは――」


 これもまた、まずい相手なのかもしれないな。

 俺をかばうように、姿が透けたジラントが目の前に現れて、険悪極まりない声でこう言っていた。


「そやつは魔貴族! 禁断の世界アビスに汚染された、古き神々だ!」

「つまりアンタの昔なじみか?」


「バカを言え! とにかく絶対に気を許すな!」

「そこは安心してくれ。アンタを紛い物と言うやつに、良い感情を持つわけがない」


 白騎士ウェントスは気にも止めない。

 ジラントにはあまり興味を向けず、俺ばかりを見つめていた。


「シンザ。いや、アシュレイ・グノース・ウルゴス。君は()に似ているね。そこの紛い物と並んでいると、当時を思い出す」

「紛い物ではない。ジラントはジラントだ、二度と言うな」


 俺の警告は白騎士には届いていないようだ自分の話に夢中になっているようだった。

 いいかジラント、事情は知らんがアンタはアンタだ、紛い物ではない。アンタこそが俺の知る本物だ。


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