12-2 白の杭・第七柱迷宮を下れと奇書が言う - 問題ないな -
「ザンシだ、今日はよろしく頼む」
「カ、カチュアです! こういうのは初めてですが、よろしくお願いします!」
あまり真面目な態度を見せると、かえって舐められると思うのだが、そこはカチュアの性格だろう。
帝都在住の冒険者たちとは毛色が違って、ラタトスクの連中は良い意味でも悪い意味でもガツガツしていた。
「へっ、よろしくな、ルーキーども」
「どうでもいいが、ヘマだけはすんじゃねーぞ」
「もし足引っ張ったら見捨てるからな、覚えとけ」
「は、はいっ!」
迷宮は富をもたらすが、その分だけ命の危険が跳ね上がる。
おまけに外からの出稼ぎも多く、この命を掛け金にした仕事になれ合いなど始めからなかった。
「おいお前、剣はどうした?」
「剣か? 剣はないが、別の物ならここにある、これで戦う」
「ほぅ、斧使いとは珍しいな……」
「まあそんなところだ。少し変わった武器でな、戦闘になったらお見せしよう」
スコップの先を袋で包んだのは正解だったようだ。
包みの内部が、まさか穴掘りに特化した形になっているとは思いもしないだろう。
彼らは迷宮に到着して、俺が鋼鉄のスコップの切っ先を披露するまで、穏やかな態度を取ってくれた。
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「スコップじゃねーかっっ!!」
「ふざけんなこのアホッ、命かかってんだぞっわかってんのか、このアホッッ!!」
「ぅぅ……当然こうなるよね……。って、シンザッ!?」
やれやれ、物の良さがわからんやつらだ。
そこで俺は突出して、迷宮の奥に発生していたゴブリンの群れに飛び込んだ。
コリン村で戦ったあの頃とは違う。今の俺には筋力も敏捷性もあった。
敵の粗末な短剣を破壊し、低い顔面を殴り倒して、時に石畳を掘り抜いて投げつけつつ、カチュアたち射手の援護を受けながら、前衛たった一人で敵を全滅させた。
遅い。弱い。未熟。ゴブリンではもう俺の相手はつとまらないようだ。
「何か文句はあるか? スコップが剣の代わりだとしても、何も問題ないな?」
「ス……スコップ、つええ……」
「な、なんじゃそりゃ……なんじゃお前っ!?」
そうだ。スコップは剣よりも強い。
少なくとも俺の世界では、スコップこそが最強武器なのだ。
「驚いた……。だが強ければ俺はなんだっていい。よし、あらためてよろしくな、ザンシ」
「おおっそれもそうだな!」
「おうっ、よく考えたらこりゃ楽ができるじゃねぇか!」
「って、こいつら切り替え早っ!?」
杭の迷宮は12名編成が基本だそうだ。
一つの柱に4時間ごとに12名のグループが下り、一日4交代でローテーションしている。
「ああ、少し変則的な戦法が多いが、足は引っ張らないつもりだ」
「いや、オレは少しどころじゃないと思ってるけど……」
こうして俺たちは本格的な迷宮探索を始めた。
白い杭の迷宮は、白い石壁と石畳を持った不思議な空間が続いていた。
ここはあの杭の内部だそうだ。
杭の下に広がる巨大な空間に、魔物と財宝が漂着して、人間がそれを倒し獲得する。それが杭の迷宮だ。
地下3階に到達すると、巨大な木槌を持ったオーガタイプがゴブリンたちを率いて現れた。
「気をつけろ! ってスコップ強っ、ていうか汚ねぇだろっ!?」
「うっせーっ、今がチャンスじゃねぇかっ、タコ殴りにしちまえ!」
そこで小さな落とし穴を作ってやると、それに足を引っかけてオーガが転倒したので、後は後ろに任せて俺とカチュアはゴブリンを狩った。
「よっしゃ勝利! よくやったぞ、ザンシ!」
「やべぇっ、お前がいるとメチャ楽じゃねぇか! でけぇのきたら、また頼むぞ、このスコップ野郎が!」
「元気だよねこの人たち……」
「ああ。だが冒険者たちはだいたいこんなものだ」
命尽きたオーガが灰となって崩れ去ると、やつは財宝に姿を変えた。
これは大量の金が混じった金鉱石か。それを運搬役のでかい男が、背中に背負った木箱に入れた。
恐らく布だと底が抜けるのかもしれんな。
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サクサクと皆で敵を片付けながら、地下5階に到達すると、またちょっとした大物が立ちはだかった。
「ガーゴイルだ!!」
「くそうっ、あんなのと戦ったら剣がダメになるぞ、撤退するか、リーダー!?」
「くぅぅ、ここまできてついてねぇな……。そうだな、アレと戦うくらいならそうするしか――」
それは身長2m半の動く石の悪魔像だ。
剣やメイスでどつくしか脳のない連中には、確かに天敵なのだろう。
「よし、撤退――」
「ああいうのは得意だ、俺に任せてくれ」
「やっちゃえっ、えっと、ザンシッ!」
ジリジリと後退を選ぶ冒険者たちをよそに、棒立ちで相手を眺めていた俺は、目前のガーゴイルに向けて突っ込んだ。
こういうやつを待っていた。肉と骨には効力を発揮しない、鉄をも穿つスコップで、伸びてくるガーゴイルの腕をぶった斬る。
「強っっ?! ていうかふざけんなっ、どうなってんだよそのスコップッ!?」
「い、石を斬りやがった……こいつ、スコップの達人だ……ド変態だ」
「いやおかしいだろっ、ガーゴイルを斬るとか、絶対こんなのおかしいだろ!」
「おいおい……まさか瞬殺かよ……。うし、撤退は無しだ。おいタンク、準備」
少し張り切ると、ガーゴイルは両手両足、首を断たれて灰に変わった。
その灰に埋もれるように、無数の宝石が生まれていたようだ。
「これは凄い。退かなくてよかったな」
「ハハハハハハハ! マジでスゲェッ、お前最高だよ、ザンシ!」
「ジャラジャラあるぜ! 12人で分けてもちょっとしたもんだろ、コレ! ジャラジャラあるぜぇ!」
「おいっ、くすねたらブッ殺すぞ、テメェ!」
現金な連中が、タンクの持つ木箱に宝石を投げ込む。
中には手癖の悪いやつもいたが、そいつは見つかるなり殴り倒されていた。
「なんか、こっちの冒険者って荒っぽいな……」
「ああ、帝都ギルドの飲んだくれどもが、かわいいお嬢様に見えてくるな」
「いや、それはないよ……。あいつらオレにエッチなこと言ってくるもん……」
そこはああいう男社会の宿命かもしれんな。
俺も宝石をタンクの木箱に詰めるのを手伝って、それからさらに奥にいこうと促した。
「地下7階に行きたい? お前強いけど変わってんな……」
「あっわかったぜ! 7階まで行ったら、女がヤらせてくれる言ったんだろ! えぇっ?」
「うぇ……」
その言葉にカチュアがげんなりとしていた。
いや、俺はそういう頭の悪い発想は嫌いではない。
残念ながら、現実は女ではなく奇書からの頼みごとだがな。
「違うのか? あっ、まさかその相手って、このカチュアか!?」
「なんだよっ、そうならそうと言えよ!」
「若いねぇ……うわ、青臭すぎて吐きそうだわ、ダハハハハハ!!」
なんともやかましい連中だ。
違うな。俺はスコップ30倍とやらで、充実した発掘生活を過ごしたいだけだ。
「な、なななっ、何言ってんのコイツらぁ!? これ以上変なこと言ったら、次の戦闘でそのケツを射抜くからなっ!!」
「落ち着け、カチュア。こいつらの荒っぽいノリが移ってるぞ」
物語のキャラクターがするように、銀縁眼鏡をかけ直して、俺はさらに先行した。
欲を出した冒険者たちは、地下10階に眠る確定報酬が欲しいと言い出した。
ほぼ確実に、金になる物がそこで手に入るそうだ。
普段は危険なので深入りしないが、俺がいればいけると言ってくれた。




