12-1 禁断の同盟 - 禁断の同盟者たち -
12-1 禁断の同盟 - 禁断の同盟者たち -
・禁断の同盟者たち
その翌日――
白の杭・第六柱迷宮、7層目にて――
奇妙な一行が道を進んでいた。
金で雇われたゴロツキたちが8名。その後ろに重装の騎士が2名。そして最後尾には、貴人とおぼしき2人がブラブラと緊張感もなく歩いている。
「はぁ……野望のためだとはいえ、こんなド田舎のさぁ、糞詰まりみたいな穴に入ることになるとはさぁ……。もう帝都が恋しいよ……」
「なら一人で帰ったらどうだ。兄さん」
「おおっ弟よ! あまり私を挑発しない方がいいよ……? なにせ私は、いずれ、わかるだろぅ……?」
「あまり調子に乗っていると、足下をすくわれることになるのではないか」
貴人の片方は華美な装飾の長剣を腰にさし、もう片方は武器も持たずにただヘラヘラと、中年らしくもない笑いを浮かべる。
そんな異様な雇い主に、ゴロツキたちの中には不快そうな目を向ける者もあった。
「つまらないやつだな……。これではあのド変人――可哀想なアシュレイ坊やの相手をしていた方が、まだマシだ。おっと、そういえば昔――」
騎士風の貴人は、貴族風の貴人を無視して前を進む。
その話は彼にとって汚点で、自業自得ではあるが不快なものだった。
「それより前が片付いたようだ。あの辺りが約束の場所ではないか?」
「おお、君はよく気づくねぇ。うん、これは全軍を任せるだけの器だ。頼もしいじゃないかねぇ?」
「白々しい……」
「おっと、いらっしゃったようだよ。あちらの、貴族様が」
一行は色あせた鏡が飾られた大部屋にたどり着いた。
その鏡の前の空間が突如として歪み、貴人2人を除く全ての者が動揺した。
「ヒッ……あ、あれは、まさか、アビスゲート!?」
「何か現れるぞ、逃げ、あ、あれ、足が……ああああっ!?」
アビスゲートの向こう側より、白い鎧を着込んだ騎士が現れた。
しかし騎士と呼ぶにはいささか小柄で、甲冑の中に女性が入っているのかと見紛うほどだ。事実その声もまた高かった。
「フッ……ずいぶんと薄汚い手みやげだが、これはいただいておこう」
「な、なんのこと――なっ、か、身体が、埋まって、ヒッヒィィィィーッッ!?」
ゴロツキたちの足下でアビスの扉が開いた。
それは底なし沼のように生者を飲み込んでゆき、やがてゲートの向こう側にさらわれて鳴き声すら聞こえなくなった。
「白公爵様もお喜びになられるだろう。アビスはとにかく、退屈な世界でね」
「こ、これはどういう――」
残る騎士2名は動揺にうろたえていた。
それを貴族風の男が制止して、臆することもなく白騎士の前に立った。それに弟の方も続く。
「お初にお目にかかる。私は魔貴族の端くれ、白騎士ウェントスと名乗る者。ようこそ、アビスと地上の境界へ」
「ああ、わざわざこの私が、アビスの辺境くんだりまできてやったんだ。早く約束を果たせ」
騎士風の貴人は、白騎士を名乗るアビスの怪物に近付けずにいた。
剣を抜けば殺される。絶対に勝てないという確信が、彼の足を凍り付けていた。
「早く帝都に帰りたい。そんな顔をしているな」
「ふんっ、アビスの騎士風情が私に馴れ馴れしい言葉を吐くな。それより早くよこせ、約束の、デミウルゴスの涙を!」
「その恐れを知らぬ性格、ある意味で君も器だね。いいだろう、これこそがデミウルゴスの涙。ご存じの通り、所有者に理想の夢を見せる禁忌の宝石だ」
「おおっ!」
「ただしこれは警告だ。中を見るのはいいが、けして触ってはならない」
貴族風の男は化粧箱をひったくり、中を開いた。
どす黒く、邪悪で黒いオーラが渦巻く、謎の宝石がその中にあった。
「なんだこれは! ゴミではないか!」
「それは所有者に合わせて色合いを変える。どうやら前の持ち主の色が残っているようだ」
「それを、皇太子に寄贈すれば、いいのだな……? そうすれば――」
「皇太子は現実への興味を失うはずだ。石がもたらす甘い夢から、二度と抜け出せなくなる。その時点でもう廃人も同然だ。その後は頃合いを見て、皇太子より盗み取って、潰したい相手に所有させれば」
「それは殺し合いになるな! ハハハハハハッ、実にいいではないかっ!」
歪んだ笑顔に勝利への確信を浮かべて、貴人は化粧箱を閉じて懐に収めた。
続いてアビスの白騎士が己の腰に吊した剣を、騎士風の男に差し出す。
「さて、君には最強の魔剣をあげよう。逆らう者を手当り次第これで斬り殺すといい」
「ッッ……!? い、いただこう」
臆しながらも剣を受け取ると、彼は驚いたようにその魔剣を見つめた。
ただ所有するだけで、自信と力が溢れてくる。白騎士への恐怖心すら薄れていった。
「ずるいぞっ、私の分をよこせっ!」
「ああ、君にはこっちだったね。少し重いから、そこの騎士にでも持たせるといい」
以前より貴人風の男の夢枕に、この白騎士は繰り返し現れてはある説明をした。
人間の命を材料に、最強のゴーレムを作り出す方法を。
白騎士が差し出したそれは、一冊の指南書と、黒ずんだ一本のインゴットだった。
「ありがとう、アビスの怪物くんよ。お前たちの力は、私が有効活用してやろう、ハハハ」
「代価は君たちが新たな皇帝となった時に、後から支払ってくれればいい。例えば、古の神々の崇拝を許してくれ。その程度のものだ」
「クククッ……皇帝になるのは私だよ。この、僕が皇帝になるべきだって、マァマァが言うからさぁ……。ねぇ、君もそう思うだろぉ?」
「そうだ。貴族寄りのあなたが皇帝になってくれた方が、騎士団側も都合がいい。はぁ……それにしても、素晴らしい剣だ……。これがあれば、俺は、俺は、ようやくゲオルグの小僧を――」
杭の迷宮。アビスとの境界で、禁断の同盟が結ばれた。
どんな手段を使ってでも帝国の皇太子を排除し、皇帝を目指したい愚か者どもがそこにいた。




