11-8 神の御使いだと人は言う - 絶対神サマエルの名の下に -
「なぜ出てきた……。俺もアンタも、何かと存在していてはまずい立場であることを、ちゃんと自覚しているのか……?」
「クク……姿を見れて嬉しいと素直に言え、全く愛いやつよ。しかしそう焦るな。そなたは後でゆっくりと、個人的にかわいがってやる」
竜の目を持つ少女が次に都市長へと振り返った。……背もたれの上でな。
すると、外見とは一致しない存在感があふれて、人々を注目させると同時に大聖堂を沈黙させていた。
「我が名はジラント、忘れられた古の神にあたる。そしてそこのシンザは、何を隠そう我が輩の使徒だ。いや、使徒筆頭と言っておこう」
何を言い出すかと思えば、筆頭も何も、アンタの使徒は俺しかいないだろう。
しかもなし崩し的に、なんとなくそういうことになっただけの、悪く言えばノリで決めたような関係に過ぎん。
だというのに、今や誰もがジラントというただの少女の足下に跪いて、直視を恐れるかのように平伏する。
竜の目、鱗を持つ身体、竜の尾まで持っているというのに、ジラントは無条件の崇拝を受けている。
異形に生まれた俺には衝撃の光景だった。
地上にいる、どの種族にも似ないこの姿が、崇拝の対象になるだなんて普通は思わない。
だというのに崇拝されるジラントに、うかつにも誇らしさを覚えてしまったくらいだ。
「なんと神々しい……。ああっ、この存在感と清浄さ……まさしく神様そのものです……」
「美しい……。少女の未熟さを残しながらも、うっ……まぶし過ぎて、まっすぐに見ることができない」
ユングウィ神父と都市長が、俺には理解しかねる賞賛をジラントに捧げていた。
ジラントはご満悦だ。俺から見れば、小さくてかわいらしいお節介さんに過ぎないのだが……。現れて早々に神のごとく崇拝されていた。
「すまぬな。それゆえシンザは、そなたらに貸し与えることはできぬ。というよりもだな、無理なのだ。その男は既に、己の領地を持っているのだよ」
「ぇ……。りょ、領地……っ!? シンザってまさかっ、偉い人だったのっ!?」
断り文句としてはまあ悪くない。だがカチュアに聞かれたのが痛いな……。
違う、今の俺は冒険者のシンザだ。第七皇位継承者のアシュレイではない。
「おお神よ、感謝します。貴女がアビスゲートを閉じるよう、シンザ様に命じて下さったのですね!」
「うむ、まあそういうことだ。そなたはラタトスクの都市長、ボガードといったか。特別に我が輩がその名を覚えておいてやろう」
ジラントよ。それ以上ベラベラと喋ると、俺たちの関係は決裂したと見なすぞ……。
俺はただのシンザだ。誰でもありはしない。もう黙れ。
『何を言う。帝都東部の有力者と知己を得るチャンスではないか。それとも、カチュアに本当の自分を見せるのが怖いのか?』
怖い以前に嫌に決まっている。もしカチュアに喋ったら、もう二度と口を利いてやらん。俺は本気だ。
『む……それは、それはかなり困るな……。別にそなたとずっと、お喋りをしていたいわけではないが、だが、だがシンザよ……。これはそなたのチャンスなのだぞ……?』
何が悪かったのか、ジラントが心細そうに俺を見た。
すると俺の中で罪悪感と、彼女を悲しませたくないという感情が先立って、譲歩という甘い発想が脳裏に浮かぶ。
「はぁ……わかった……。ならばそこの三人には伝えてもいい。カチュア、ここは居心地が悪いから酒場に行こう」
ギルド長、都市長、ついでにユングウィ神父に手をかざして、俺は逃げるようにカチュアの手を取った。
「お、オレ、お酒とかまだ飲めないよっ……。って、あ、また素が出ちゃった……」
「無理に別人を演じなくともいいだろう。アンタは元から魅力的だ」
「ぇ……本当……? シンザから見てオレ、魅力的、だったの……? オレ、まだ全然、女らしくできてないよ……?」
「ああ、胸を張ってもいい、アンタは魅力的だ。俺が思っていた以上に成長していた」
「せ、成長……っ」
「ああ、立派になった」
何やら妙におとなしいカチュアの手を引いて、俺は大聖堂を抜け出した。
カチュアは魅力的だ。その巧みな弓の腕は、俺には届かない遠方の敵を貫き、的確な技で相手を弱らせる。
こんな魅力的な冒険者仲間、他にいない。
シグルーンに至っては、もう勝手に何をしでかすかもわからんからな……。
頼もしさと信頼性を引き算にすれば、当然カチュアに軍配が上がる。
「お、お酒……飲もうかな、少しだけ……」
「奇遇だな。俺も酒で現実を忘れたい気分だ」
大聖堂を出た頃には、もう薄暗く日が暮れていた。
それから俺たちはブラブラと歩きながら賑やかな繁華街に抜けて、分相応な酒場を見つけると、久々に楽しいひとときを過ごしたのだった。
◆
◇
◆
◇
◆
これはその後の話だ。大聖堂に戻り、宿舎のベッドにカチュアを寝かせると、ユングウィ神父が部屋を訪れた。
一方的に出て行ったせいで、今夜はカチュアと同じ部屋になってしまったのだ。
「アシュレイ様、今後何かお困りの時は、我々ジラントの信徒をどうかお頼り下さい。私たちはあなたの、偉大なる竜神ジラントの味方です。竜神ジラントは、絶対神サマエルの名の下に、この帝国をお救い下さるそうです」
「……そうか」
うやうやしい態度で、敬虔な神父におかしなことを言われてしまった。
邪竜と俺に名乗っておきながら、絶対神サマエルの名を借りるとは、まったく大したしたたかさだ。
「アンタは、その絶対神を崇める、国教会の神父のはずだな……?」
「はい、そうですが?」
「ならば、本当にアレを崇めてしまって、大丈夫なのだろうか……?」
「はい。私たち巡礼者はジラント様に忠誠と信仰を誓いました。都市長とギルド長もです。なぜなら古い神々は、私たちをアビスの脅威から、一度も守ってはくれませんでした。ですがジラント様は違います。あの神々しいジラント様は、私たちが続けてきた形而上学を過去の――」
そこから先の話は、上手く俺の頭が理解できなかった。いや理解しかねたというのが正しいのか……。
確かに何もしてくれない、存在するかもわからない神サマエルよりも、とんでもなくお節介で人迷惑な邪竜様の方が、即物的な神々しさを実感できるのかもしれん……。
「もう寝る。早く自分の宿舎に戻ってくれ……」
「いえ、もう少し、もう少しだけ、貴方様と、貴方の肉体に眠るあの方に祈らせて下さい。お時間は取らせませんので」
己のベッドに入っても、ユングウィ神父がなかなか帰ってくれないので手を焼いたのは、どうでもいい後日談だろうか。
ジラントのせいで、俺はごく狭い界隈で、神の使徒に祭り上げられるはめになっていた……。




