3-1 悪を倒せと奇書が言う - 良い皇族と悪い皇族 -
前章のあらすじ
皇帝の七男アシュレイにはゲオルグとアトミナという双子の兄姉がいた。五男ゲオルグは厳しく、皇女アトミナはやさしかったが、二人は心より弟を心配していた。
そんな中、アシュレイは邪竜ジラントを掘り当てて、邪竜の書を与えられた。
翌日、その書の指示通りに冒険者ギルドにおもむき薬草採集の仕事を受ける。
ところがその採集中、獣の咆哮と戦いの物音を聞く。
それはアビスの飢餓する獣アビスハウンドと、窮地の冒険者パーティの戦いだった。
アシュレイは負傷者を守るために乱入して、黒角のシグルーンと共に敵を倒した。
これにより有角種シグルーンにいたく気に入られ、付近の宿で一晩を賑やかに過ごすことになった。
またある日、アシュレイは帝都を5周回れという邪竜の書の提案に従った。報酬は無尽蔵の体力。
そこで巨大な帝都を体力の限り、何日もかけてアシュレイは回り続けた。
ところがキャラル・ヘズという少女を悪漢から守ることになった。
キャラルはヘズ商会の女主人で、ヒャマールという悪徳商人の傘下に入るよう脅されていた。そのヒャマールの背後には、アシュレイの叔父であるモラクがいる。
キャラルと別れ、アシュレイはついに帝都5周という、誰もが耳を疑う大偉業を達成した。
VIT+50によるタフな肉体を手に入れると、さらに邪竜の書がアシュレイに新たな目標を示す。
ヘズ商会の経営を立て直せ。
無茶な要求ばかりする書にアシュレイは困惑していた。
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スコップ背負った用心棒
無職の皇子は汚れた富を穿ちて軌跡を描く
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3-1 悪を倒せと奇書が言う - 良い皇族と悪い皇族 -
翌日、俺はゲオルグ兄上にキャラル・ヘズについて相談した。
しかしゲオルグ兄上は俺を守ることで精一杯だそうだ。余計な行動を取れば、立場を危うくすると俺を心配した。
皇帝への謁見の方はいつになるやらわからない。
ただでさえ俺は疎んじられている、会ってくれる可能性の方が低かった。
そこで俺は叔父上の元に押し掛けた。
断られると決まったアポイントメントなど取らない。ちょうど叔父上が宮殿にきていたので、感情任せに彼の部屋を訪ねたのだ。
「モラク様、今日は頼みがあってきた」
「誰かと思えばお前か、忌み子のアシュレイ」
モラク・グノース・ウルゴス。口ひげをピンと伸ばした調子の良い老紳士だ。
だがその性根は歪んでいる。俺やゲオルグ兄上には受け入れ難いイヤな男だった。
「俺に会いたくない気持ちはわかる。ただでさえ不吉な存在だ、最低の一日の前触れになるかもしれんしな」
「わかってるなら何故現れた、怪物め」
「頼みを聞いてくれたらすぐ帰る。この哀れな甥に情けを見せてくれ」
「まあいい……お前は兄の汚点、兄の子は怪物だった。お前は存在しているだけで、私の心を慰めてくれる」
ほら、イヤな男だろう。
コイツは何かに付けて嫌みばかり、腹の底では皇帝である兄を恨んでいた。
自分こそがその地位に相応しいと思っているのだ。
「ヒャマール商会についてだ。実は知り合いが傘下に入れと脅されている。頼む、見逃すように言ってくれないか」
「それは私のメンツに関わる、タダでは難しいな。で、どこの店だ?」
「ヘズ商会という弱小だ、頼む」
「ああ……それは無理だ。ヘズ商会は私とヒャマールの顔に泥を塗った。むしろ下れとお前が説得しろ。呪われた子なりに、この叔父の力になってみせろ」
思っていたより根深い対立だったらしい。
叔父モラクの説得は不可能、それだけはもうハッキリしていた。いや、俺の考えそのものが甘かったのかもな……。
「残念だ……。わかった、説得はしてみるが期待はしないでくれ」
「アシュレイ。他人の心配より、自分の心配をしたらどうだ。今の皇太子が即位したら、お前は確実に殺されるぞ。お前には墓も与えられない、無惨に野に捨てられて地獄に堕ちる宿命だ」
「処刑が確定事項とは初耳だ」
「おお、それはすまないことをしたな。まあそういうことよ、生きたければ今から身の振り方を考えておけよ、兄の汚点アシュレイ」
どこまで本当かわからんが、悪党の叔父上が言うと妙な信憑性がある。
このままではやはり暗殺されるのか。
こうなると父上には長生きしてもらわんと困るな……。
◆
◇
◆
◇
◆
日付をまたいだ昼前、疲れも十分に癒えたところで俺は宮殿の兵舎に顔を出した。
目当てはゲオルグ兄上だ。捨てろと言われたスコップを背負って、彼の手が空くのを待った。
「お前が自発的に訓練に来るとはな。さて、早速始めるか」
「ああ、せっかちな兄を持ったものだ」
返事代わりにゲオルグ兄上にスコップを向けると、訓練用の長剣がすぐに襲いかかってきた。
俺よりずっと強い苛烈な兄。帝国の栄えある将軍、武門を極めた男と俺は刃とスコップを打ち合う。
「む……先日のアレは、大言壮語ではなかったか。いいぞアシュレイッ、やるようになったではないか!」
「くっ、このバカ力め……だが、いつまでも簡単にやれると思うな!」
筋力ではやはり圧倒的な劣勢にあった。
この前は本気ではなかったというのか、一撃一撃がとんでもなく重い。それでいて素早く、体力しか能のない俺を、後ろへ後ろへと追い込む。
「はぁっはぁっ、まだ耐えるかアシュレイッ!」
「今のところ、くっ、それが俺の、取り柄だ……息が上がってるぞゲオルグ!」
優位があるとすれば体力だ。
VIT値83による人間離れしたスタミナが俺の心肺を安定させた。そろそろ腕が痺れてヤバいがな。
「うっ……」
そればかりはどうにもならなかった。
ついに俺はスコップを落として、長剣を突きつけられてしまった。
「ふぅ、また負けたか」
「はぁっはぁっはぁっ……見事だアシュレイ、というより、何だその、スタミナは、う、ぜぇぜぇっ……」
結局最後には負けた。しかしだ、俺は負けたのに立っている。
ゲオルグ兄上が息を乱し、俺は軽く呼吸を早めるだけ。確かに俺は負けたが、スタミナの上ではゲオルグ兄上を越えたと言ってもいいだろう。
「特訓の成果だ。帝都5周はさすがにハードだったがな」
「アシュレイ……見事、見事だ。まさか、ここまで急成長してくれるとはな……」
まだゲオルグ兄上に届かない。そうなるとDEX、器用さ+50が欲しくなってくる。
それさえ手に入れれば、力ではなく技でゲオルグ兄上をやり込めるかもしれない。
「実はちょっとした出会いがあってな。ではすまん、特訓の続きに行く。許可をくれゲオルグ兄上」
「直々に鍛えてやりたい兄の気持ちを台無しにするか。まあいい、行ってこいアシュレイ! その成長力で俺を越えて見せろ!」
ならばヘズ商会の立て直しという無茶振り、実現させてみせるしかないだろう。
俺は兄上、俺を親族と認めてくれる数少ない皇族に背を向けて、竜眼をレンズで覆い帝都に出た。




