11-6 偽善と独善の境界線 - スコップ背負った追撃者 -
教会は辛気くさくて息が詰まりそうだ。
やりたいこともあったので町に抜け出して、俺は酒場を回った。そしてまずは確認をしたのだ。お人好しのユングウィ神父に敬意を払ってな。
「なぜ軍を首になった」
酒場は町に3軒しかないそうなので、探すことそのものは容易だった。
エール酒に、黒いパンと豆のスープを注文して、美味そうにがっついていた。
「ひっ……」
「あんたさっきの…っ!?」
「ま、待ってくれ! 俺たちの話を、どうか聞いてくれ……っ」
そんな至福のひとときに乱入すると、やつらは俺の姿に青ざめた。
命の覚悟を決めたようにも見えたな。
「なぜそんなに怯える。肉を分けてやったのに、アンタたちは酷いな」
4人掛けの席に俺も腰を落として、スコップをイスへとかけた。
ここにきたのは様子見だ。この先も野盗を繰り返すようならば、近辺の民に矛先が向く前に片付けるべきだ。
食い詰めた連中の命と、民の幸せを天秤にかければ、生ぬるい偽善など選べない。
「お……俺たちには、わかるんだよ……」
「わかる? 一体、何がだ?」
そんな俺の決断を見抜くかのように、やつらは老け込んだかのように縮み上がっていた。
ガタガタと震えるリーダー格が、どうにか振り絞るような声で言葉を発している。
「その目だ……。アンタみたいなのを、俺たちは戦場で、何度か見てきた……」
「生憎俺は軍人ではないぞ、ただの気ままな冒険者だ」
「違うっ、立ち会ってわかった! あのカチュアという射手も凄まじい腕だったが、もっと怖いのは、あんただ……! あんた、俺たちを、殺しにきたんだろう……」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。それに最初に言っただろう、なぜ軍を首になった?」
元軍人の嗅覚が、俺のもう一つの顔を見抜いたのだろうか。
うかつだったな。あのまま街道に放置すれば、ユングヴィ神父の言うとおり他の盗賊や、あるいは獣が片付けてくれただろうに。
「なんで俺たちが元軍人だってわかったんだよ……?」
「ああ、それは手口が、真正面からのバカ正直な恫喝だったからだな。干し肉に目を奪われて矢で撃たれるほどに、飢えに飢え切るまで犯行に及ばなかったのも、判断基準だ」
やつらは俺の推測に反論も訂正もしなかった。
腹が満たされたからだろうか。あのときは粗暴な連中に見えたが、今はずっと落ち着いていて善良にも見える。
いやそれどころか、軍人であることを見抜かれて大きく動揺すらしていた。
食い詰めた軍人崩れにも、最後の誇りがあったのかもしれん。俺は少しだけ彼らへの評価を改めた。
「そうだ、俺たちは元々帝国軍人だった……。だが知らず知らずのうちに、権力争いに巻き込まれてしまって……。上官が将軍に意見したら、隊ごと解散させられたよ……」
「それはついてないな。まさかその将軍とは、ゲオルグ将軍か?」
「バカ言え! 俺たちが所属してたのは、帝国の東側を受け持つ辺境の田舎将軍だ! ゲオルグ様と一緒にすんじゃねぇよ!」
彼らはその田舎将軍によっぽど頭にきていたのだろう。
怒り丸出しに歯を食いしばり、ジョッキでテーブルを叩き、悔しそうに拳を握った。
これは憶測だが、皇帝の病状はもうどうにもならないと、軍上層部にも広まりつつあるのだろう。
しかし意外にも兄上を慕っているのか。さらにもう少しだけ、彼らへの評価を改めることにしよう。
「では質問を変える。その上官は何を抗議したのだ?」
こちらがテーブルに軽く身を乗り出すと、リーダー格はイスを引いて、傷痕の目立つ顔を近付けてきた。
「将軍は、騎士団とつるむつもりらしい……」
「それはまた、そこはかとなくきな臭いな」
騎士団は騎士階級の集合体で、帝国軍は皇帝に従う国軍だ。
どちらも正規軍であることに違いないが、立場の違いから古くより深い対立がある。
「俺たちにはてんでわからん話だよ……」
「わかんないうちに首にされてよ……。兵舎を追い出されて……。腹が減って……。本当にごめんよ……もうしない……」
「ああ……。腹が満たされたら、俺たちは途端に情けなくなってきた。ただの野盗として、あんたたちに若者に軽くあしらわれて……。だが、他になかったんだ、すまない……」
悔しいな。事情を聞いてみればまさか、あのユングウィ神父の方が正しかったとは。
だがどちらにしろ、誰かがこいつらに手を差し伸べなければ、結末は同じだ。多くの者を不幸にし、最期は誇りを失った野盗として討たれる。
「なら冒険者になるというのはどうだ? あながち悪い商売でもないぞ。……というより、盗賊はもう止めた方がいい。アンタたちはまるで向いていない。元軍人ならその武勇を活かせるだろう」
どちらにしろ命を掛け金にした危険な仕事だが、盗賊よりはまだ割がいい。
「だって、あいつらは軍人を嫌ってるんだ……」
「こっちだって頭を下げたくなくて……」
「そうしてえり好みした結果、盗賊になっていては世話ないぞ」
だが困ったな。本当に困ったぞ、これは。
こいつらを始末するために教会を抜け出してきたというのに、これではできん。ちゃんと話してみれば、彼らは根っからの悪党ではなかった。
「言葉もない……」
「俺たちはもうダメだな、ははは……」
それに貴重な情報もくれた。
辺境の将軍と騎士団の結託。それはまるで、反乱や独立の準備を進めているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
ゲオルグ兄上や爺にこのことを伝えたら、もっと正確な分析をしてくれるだろう。ならばこいつらは、間接的にではあるが証人ということにもなる。
俺が一人一人の顔に目を向けて最終確認を進めていると、やつらはついに殺されるのかと思ったのか、真っ白に青ざめていった。
まずいな。手を染めすぎて、俺は顔つきが変わっているのだろうか。
そこで俺は浮かべることのなかった微笑みを演じて、決断を下した。
「傷が治ったらエリンに行け。帝都から西に行った先にある、最近アシュレイという皇子が皇帝陛下より賜った土地だ」
「ぇ……」
声をそろえて元悪党は驚いた。
「アンタたちが軍人しかできないというなら、軍人の仕事をくれてやる。本狂いのシンザに紹介されたと言えば、プィスという男がアンタたちを雇ってくれる」
「し、仕事……?」
「そうだ仕事だ。仕事をやるから盗賊から足を洗え」




