11-6 偽善と独善の境界線 - 必中のカチュア -
巡礼の旅はその後順調に進み、二日目には野盗に道をふさがれる些細な事件も起きた。
「……巡礼者か。おいお前ら、これは冗談じゃないからよく聞けよ。死にたくなかったら、金目の物を置いていけ」
今は上がったが先ほどまで長い小雨が続き、辺り一帯は昼間だというのに薄暗く霧に包まれていた。
場所は鬱蒼と木々の茂る林道だ。レンガの道はボロボロに欠け、草木の生命力に半ば敗北している。
「そうは言われましても、金目の物など、わたくしたちは持ち合わせておりません。あるのはわずかな路銀くらいなもので……」
「ならそれをよこせ。どうせお前ら、神様の国に行くんだろ……。なら、一足先に俺たちを助けてくれよ……」
そいつらは見たところ軍人崩れに見えた。
たった三人で徒党を組んで、街道を通る者に恐喝をかけてきたとなると、腕にそれなりの覚えがあるか、ただのバカかだ。
「わかりました、少額ならお譲りします……。わたくしたちも、手荒なことはしたくないですから」
ロバ車の陰に目を向けると、カチュアが身を潜めて弓に矢をつがえるのを確認できた。
たまたま後列に下がっていたのが幸いして、俺たちはまだやつらに注目されてはいない。
正確に伝わるかわからんが、不意打ちをしようとカチュアの前で野盗を小さく指さした。
「ダメだ全部出せ! 俺たちは腹が減ってるんだっ、イライラしてんだよっ!」
「ですが、それではわたくしたちが……」
ユングウィ神父はマイペースだな。
しかし相手が三名となると、カチュアによる狙撃だけでは難しい。神父が矢面に立ってしまうからな。
「シンザ……注意を……」
彼女のささやき声に小さくうなづき、俺はみすぼらしい野党の前に進んでいった。
スコップを背負った妙な男が現れて、彼らは見るからに怪しいと警戒したようだ。
「なんだお前は……」
「ああ、敬虔な信徒その1だ」
ただし、邪竜ジラントただ一人のな。
「嘘を吐け、お前みたいな信者がいるか!」
「国教会の信者とは言っていない。それよりアンタたちしばらく食ってないんだろう? なら金よりこれをやる」
事前に準備しておいたやつを3枚取り出して、それを彼らの鼻先に突きつけた。
それは何の変哲もない、ただの塩辛い干し肉だ。
「に、肉……」
「ぅっ……。こんなときに、腹が……」
すると立て続けにやつらの腹が鳴った。
これはしばらくまともに食えてないやつの反応だ。若干の哀れみを抱いたが、飢えれば頭すら鈍る。仕方あるまい。
「それも貰うっ! は、早くよこせ!」
「そうがっつくな。やると言ったからにはやる。ほらっ」
そこで俺は指先だけで、三枚の干し肉を野党たちの頭上に投げ飛ばした。
すると飢えた男たちはやはり頭が鈍っているのか、無防備にも顔と手を空に向る。
後は射線の確保だ。俺はユング神父を体当たりで転倒させつつ、敵に向けて腕を振った。
「放て!!」
ヒュン、ヒュン、ヒュンと風を切る音と、哀れな悲鳴が三つ繰り返されることになった。
カチュアの放った三本の矢が、それぞれ野盗のふとももを貫いて、見事に立ち上がる力を奪ってくれていた。
「大丈夫ですかっ、ユングウィ神父!? おいシンザッ、もうちょっとやり方があるだろっ!」
「ク、クソ……騙したなお前ら……っ! うっ、うがっ……」
野盗には目もくれず、カチュアが神父を助け起こす。
俺の方は妙な気を起こさないよう、体勢を立て直してやつらを上から見下ろした。
「アンタを信じていたから、最も無難な手を取っただけだ。それよりよくやったな、カチュア。さらに腕を上げたようだ」
「ただのマグレだよ。だってこんなに上手くいくなんて、思ってなかったもん……」
奇書に選ばれた影響なのか、カチュアの技術は飛躍的に向上していた。
正確無比のアーチャーというのは戦術的に見て、想像していたよりずっと使いやすいな。
南に行ったきり戻らんシグルーンの無双の武勇も頼もしいが、後ろを任せられる弓手がいると、かゆいところに手が届いて心地いい。改めてカチュアを見直した。
こいつは使える。もっともっと育ちそうだ。
「とっさにこれだけ動けば十分だ。では行こう」
「ま、待て……。勝負はまだ――く、うぐっっ……」
「アンタたちは襲う相手を間違えた。運がなかったと思って諦めろ」
まあそれはそれとして、俺はユング神父に出発を促した。
巡礼者の前で人殺しなどできん。そもそも飢えた者に手を出す気にもなれなかった。
「え、でも、盗賊を野放しにしちゃってもいいのかな……」
「さあな。後は街道警備隊に連絡すれば、あっちでどうにかするだろう」
いやところがだ。リーダーのユングウィ神父が隊列から消えていた。
よく姿を探してみれば、なんと彼女は出立の準備をするどころか、干し肉を拾い上げてそれを野盗たちに渡し、哀れみの眼差しを向けていたのだから、対処に困る……。
「あの、よければ町まで送りましょうか?」
「へ……」
その女は自分を襲った連中に情けをかけていた。
足に突き刺さった矢を引き抜き、塗り薬を取り出して傷の治療まで始めたのだ……。
「アンタな……さすがにそれは甘すぎる」
「いえ、ここに放置すれば他の盗賊に襲われかねません」
「お、俺たちを、許してくれるっていうのか……? ぉぉ……なんて、心の広い人だ……」
理解できん。その程度で野盗が足を洗うようなら、世界はもっと平和なはずだ。
カチュアもどうしたものかと、賛成も反対もできない顔つきだった。
「アンタたちを襲った連中だぞ。命を救えば同じ事を繰り返す。同情すれば相手は反省して改心するなど、そんなものは理想に酔った者の思い込みだ。自己満足に――」
「シンザッ、そういう言い方はダメだよ!」
ところが信心深いカチュアに怒られてしまった。
だが確かに言い過ぎか。
あえて罪を重ねる覚悟で、悪党を断罪してきた俺の生き方とはまるで正反対なので、神父に反感を抱いたのだろう。それこそ自己満足だというのにな。
「それでもかまいません。私たちは許します」
すると残り23名の巡礼者も、神父の判断に従うとうなづいていた。
それを見て俺は肩にかけていたスコップを杖にして、そこに軽くもたれかかって、お人好しどもにため息を吐く。
「お、俺たちは……」
「ああ、襲う相手を間違えたかな……」
「ははは、本当だな……。すまねぇ、俺たち腹が減ってたんだ……。本当に、すまねぇ……」
俺のやり方とは真逆だが、こういう連中がいてもまあ別にいいだろう。
理解したいとは思わん。俺は俺のやり方が正しいと信じている。
「お願いします、シンザさん」
「わかった。俺たちはただの雇われの身だ、アンタの好きにしたらいい。ああそれと、干し肉をもう一枚ずつやる。本当に腹が減っているみたいだからな……」
今度は一枚ずつ手渡しで肉を譲って、俺はお人好しに代わって出立の指揮を取った。
巡礼者たちはロバ車に押し込んだ荷物を背負いなおし、自分を襲った野盗をそこに乗せた。
やがて近郊の宿場町までたどり着くと、少しの金と食い物まで与えて、本当にやつらを解放してしまったのだから、もう頭が痛い。
理想は理想に過ぎん。傷が癒えれば、やつらは生きるために同じ犯行を繰り返すだろう。それでは何も解決していない。
それはさておき、その日は行く先に大きな町もなかった。
なのでその宿場町の小さな教会で、一晩屋根を借りることになっていた。
寝床は参拝用の長イスだそうだ。
それでも文句一つ言わず、巡礼者たちが絶対神サマエルの像に祈りを捧げるのだから、居心地がずいぶんと悪かった。




